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創作– original –
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File.22 うさぎがいてもいいですか
出勤する川村を見送ってから、何をしていたというわけでもない。 それなのに、気づけば時刻は14時をまわっていた。 今頃バイト先では、昼の混雑時間を過ぎてゆったりとする、狭間のひと時だろう。 特別親しくしている相手がいないとはいえ、長く勤め... -
File.21 うさぎのあなのむこうがわ
明け始めた世界は蒼に染まっている。 もう何日も自宅に帰れていない。 なにもかも、うんざりだ。 フロアの誰もが死んだ目をして、モニタに向かい続ける。 望んだのはこんな日々だっただろうか。 後ろ手に掴む鉄柵は、ひやりと突き放すような冷... -
File.20 うさぎのごはんがかりはだれですか
部屋の中にはコーヒーの香りが漂う。 インスタントもおいしいけれど、やっぱりちゃんと淹れた方が香りがたつので、というのは透子の談。コーヒーチェーン店でバイトをする彼女らしい言葉だ。 もっとも、当の彼女はブラックで飲むわけではなく、砂糖も... -
File.19 うさぎはえづけをされています
詳細は後日共有。 暴走したモノレールが停まり、上から降りてきたものはそんな端的な言葉だった。 現場の対応は所轄のみで収めることとなり、公安の面々はいったん庁舎へと戻ることとなった。 ハンドルを握る東は、助手席の上司をちらりと窺い見る。... -
File.18 うさぎのまほうはとけません
本気を出した。 そう感じるほどに、送電を奪い返される速度が上がった。 目的に気づかれたようで、車間距離が思うように開かない。 獲りにいくべきかな。 モノレールの制御権を取り返す方に作戦を切り替えるべきか、一瞬迷う。 時刻は11:41。残... -
File.17 うさぎはそのてにのりません
「シンデレラ……12時……」 コードを書き上げた透子から呟きが漏れる。 「12時までは脱線も衝突もさせないってことだよね、たぶん」 「そうねぇ。いちいち演出に拘ってそうなところは典型的な劇場型にも見えるし、あのカウントダウンがブラフとは考えに... -
File.16 うさぎはだんすおことわりです
臨港モノレールが制御不能になっている。 その一報で、今日の予定は綺麗に書き換えられた。 システム障害を除外できるほどの制御不能が判明した段階で、公安にも召集がかかった。 乗客はざっと千人超。一周約16kmのレール周辺には、ビルが多く建ち... -
File.15 うさぎは"おちゃかい"にいくのです
重い瞼をこじあける。カーテンの隙間からは陽が射し込んでいた。 時計を確認すれば、8時23分。いつもなら朝ご飯も済ませている時刻だ。 なんとなく頭が重い。 透子はのろのろと起き上がりながら、ゆっくりと息を吐いた。 昨夜は寝るのが遅かったか... -
File.14 うさぎはおさけによわいのです
「透子、起きて。着いたわよ」 ゆっくり意識が浮上する。 今朝はのんびりと起きて、朝昼兼用でホットケーキを食べた。 千彰の指示通りに川村へ帰宅の予定を知らせる連絡を済ませれば、車は滑らかに走りだす。 ほんの先ほど出発したばかりな気がする... -
第7章 言葉の先に 4
ドアを開けると、涼やかな空気が肌を撫でた。九月に入ったとはいえ、まだ真夏のような暑さだ。薄い酸素の中をかき分けるように歩いてきた咲良にとって、ようやく息がつける場所にたどり着けた心地になる。同時に、少しだけ緊張もしている。リハビリ帰りに... -
第7章 言葉の先に 3
昼とも夜ともしれない部屋に籠もっているうちに梅雨入りし、それが明けたと錯覚するような陽射しの下を歩く。 一昨日の夜、凪は久しぶりの自宅で倒れ込むように眠りについた。目を覚ますと、既に翌日の夕方となっていた。 咲良に会いたい。 そう思っても、... -
第7章 言葉の先に 2
会議室に足を踏み入れると、室内には殺気だった雰囲気が充満していた。いっそ懐かしくもある空気だ。 広場でパフォーマンスをしていた凪に助けを求めてきた綾華の様子に、嫌な予感はしていた。各チームの責任者から簡単な状況説明を聞き、確信した。──当... -
第7章 言葉の先に 1
梅雨の最中にある七夕で晴れることは稀だ。幼い頃、雨の七夕で「おりひめとひこぼしがあえないよ」と母の袖をひくと、「雲の上は晴れているから大丈夫よ」と言われたのをふと思い出す。今日は『稀』にあたる日らしく、夏のような陽射しが広場に降り注いで... -
第6章 枯れた花、咲いた花 4
黒板にイラストとひと言を書くのがここ最近の咲良の楽しみだ。週に何日か書き換えればいいと言ってくれた美弥も、咲良が嬉々としてほぼ毎日取り組んでいるせいか、黒板をもう一つ買ってきて、「これで次の分を書いて準備しておきやすいでしょ」と笑ってい... -
第6章 枯れた花、咲いた花 3
リノリウムの長い廊下の突き当たり。解放された引き戸の向こうは、木目の床が温かな雰囲気を醸していた。バレーボールのコートほどの広さのその部屋は、この病院のリハビリルームだ。 咲良は持参したサーモンピンクの室内用スニーカーに履き替えると、受... -
第6章 枯れた花、咲いた花 2
蒼い硝子の一輪挿しは、一人暮らしをしてすぐの頃に一目惚れして買ったものだ。以来ずっと、花を生けない時でも部屋に飾り続けている。主張しすぎない澄んだ蒼は、どんな色の花も引き立てて、より綺麗に見せる。けれど、今飾っているサンダーソニアが特別... -
第6章 枯れた花、咲いた花 1
水族館の翌日──金曜日には、凪は広場に現れなかった。咲良は作業の合間にいつも凪がいる場所に視線を投げながら、姿が見えないことに少し安堵していた。土日も、凪がパフォーマンスに現れることはないとわかっていたはずなのに、客が訪れるたび、咄嗟に肩... -
第5章 小さな一歩 4
音楽にあわせて、イルカがジャンプを繰り返す。そのたびに白い水しぶきがはね、スタジアムから歓声があがる。 ショーには五頭のイルカが参加するらしい。体の大きさや顔つきなどはどれも同じに見えるけれど、一頭だけお腹がうっすらピンク色をしている。... -
第5章 小さな一歩 3
アラームより一時間も早く目が覚めた咲良は、二度寝もせずに起き出した。部屋着のままインスタントのコーンスープをかき混ぜて、壁にかけた服に視線をやる。淡いローズピンクのアコーディオンスカートに、オフホワイトの七部袖シャツ。襟元の刺繍と控えめ... -
第5章 小さな一歩 2
『蒼い森』の営業再開翌日。少し汗ばむほどの陽射しがようやく陰り始めた頃、咲良は広場に視線を投げ、小さく溜め息をついてポケットを撫でた。 明日は土曜日だ。凪は、週末にはここでパフォーマンスしない。今日現れなければ、最低でも月曜まで会えない...
