command 2  もう一度寝てください 【R18】

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「こんのすけさん、一度だけというお約束ではありませんでしたか?」

 冷静に冷静にと言い聞かせるあまり、敬語になってしまう。そんな暴走寸前の心情もどこ吹く風。愛らしく小首を傾げた管狐は「そんなことはひと言も申し上げてはおりません」ときっぱり言い切る。そんな風に言われてしまえば、そういえば回数についての取り決めはしていなかったような気もして、暴走しかけていたそれはただ吐き出す息に溶かすしかなかった。
 そもそもあの時は内容があまりにあまりだったものだから、段取りだとか、考えてみるだとか、せめて保留にして時間を貰うなんてことすら思いつかないままに、気付けば相手を選択していたような気がする。
 そんな特別任務をどうにかこなし、さあ現実に帰りましょうという矢先。何食わぬ顔で突然の訪問を果たしたこんのすけは、前回同様近侍を含めた人払いをした後、開口一番「次は五日後の予定にございます」と宣った。
 まだあれから三日しか経っていない。
 処女でなくなったところで大人の階段を昇るような年でもなく、かといって心配していたほどは痛いとか辛いとか変調を来すわけでもなく。肌にいくつも散った紅い痕に息を呑んだ以外は、本当に驚くほどにいつも通りの時間が過ぎている。鶴丸とのことを除いては。
 当然ながら、鶴丸は少しも悪くない。ただ一方的に意識して、挙動不審になるのを隠そうと彼を避け続けているだけだ。そうでなくとも好きな気持ちを自覚してからは、あまり気安く触れたり話したりが出来なくなっていた。それに輪をかけて、あからさまに目を逸らされたりすれば、鶴丸だって面白くないだろう。最初こそは様子のおかしい私を気遣って声を掛けてきてくれたものの、とうとう眉を寄せてため息を落とし、どこか遠巻きにして近づいてくることもなくなってしまった。
 望みのない片想いにせめてとひと時の夢をみたばっかりに、これからずっと身を置かなければいけない現実の事態が悪化してしまうとは散々だ。自業自得とはいえ、補充したはずの霊力とは裏腹に何かが大きく削られ続けるここにきて、またあの残酷な夢を見ろという。今度こそ実家に帰らせて頂きますと置き手紙ひとつでいなくなっても許されるんじゃないだろうか。

「せめて、精を受けて頂いたのならもう少し日をあけてもよかったんですが」

 珍しく申し訳なさそうに、けれどもまたどうにもとんでもないことを言われたような気がする。

「せいを受ける、って言った?」
「はい。あぁ、中出しということでございますよ。生でやると言った方が伝わ」
「伝わってるよ! 大丈夫、ものすごくよくわかってる! っていうか何。そんな指示聞いた覚えないけど、だったら最初からそう言ってくれれば」
「してくださりましたか?」
「イタシマセンっ」
「まさかあの方にそのような知識と準備があったとは、私どもとしましてもいやはや」

 つまりは特段の指示は出さずとも、あの鶴丸さんならば何も知らずにヤってくれると高をくくっていたんだろう。ところが、彼はきちんとそういう準備をしてコトに臨んでくれたということになる。
 あの時のことは、途中までは結構覚えている。ただ、その、そういうモノが必要になった頃のことはかなり記憶が曖昧だ。痛かったような気もするけれど、なんというか、好きだとかなんだとかいろいろ恥ずかしいことを口走ったような気もするようなしないような。

「……さま、審神者様?」
「はいぃっ」
「というわけで、避妊の必要はございません」
「ごめん、聞いてなかった。もう一回」
「ですから、刀剣男士と審神者様との間で、妊娠はこれまでもほとんど例がございません。しかも想い合って結ばれた方々以外では、一切例がございませんので、その辺りは心配なさらず、取り急ぎあと二回はまぐわってくださいまし」
「二回はって……せめてあと二回でおしまいって約束して貰えないなら本当にもう嫌っ」

 断固拒否の態で言い切ると、こんのすけはあからさまにため息をつき、まるで子どものワガママに呆れるような目をこちらに向けてくる。でも、これってそこまで理不尽な言い分だろうか。神様にお仕えする仕事ですと連れてこられた先で、突然風俗まがいの仕事が課せられた時の、いたって普通の、ううん、あと二回を許容している分、どちらかといえば寛容な反応だと思うんだけど。

「先日お相手頂いた鶴丸国永様には既に了承は頂いております」
「そんな、私の了承もないうちに……」
「霊力値の変動次第で、同じ任務は何度でも申し渡されると思っておかれた方がよろしいでしょう。それがお嫌ならば確率と頻度を下げられるよう精をお受けになられれば良いのです」
「よいのですって」
「それとも。今回の件、こちらの皆様方にすべてお話して、今後のお相手はこちらの鶴丸国永様に……」
「ちょっ、それって脅しじゃない!」

 そういう任務があるということはもちろん、私が既に他所の本丸の刀剣男士とそういうコトをしたなんて、鶴丸にだけは知られたくない。好きになって貰えないのは当然としても、このうえ軽蔑までされてしまったらなんて考えただけで泣きそうになる。

「脅しているとは人聞きの悪い。実際に、月一定回数夜伽当番を導入している本丸はございますし、自身の顕現された刀剣男士様とまぐわって頂く方が霊力の供給がスムーズなのは必定。回数を危惧されるのでしたら、ここはやはりこちらの本丸のどなたかにお願いされてみては?」
「それは、無理。絶対無理。……わかりました。とりあえずはその二回目、お引き受けします。それでいいんでしょう」

 怒りや悔しさを抑えながらも、そう答えるしかなかった。

◇   ◇   ◇

 コツコツと控えめな音が響く。前回ノックはしたと鶴丸さんが言っていたので、聞き逃さないように室内のドアは開けたままにしていたからすぐに反応できた。

「よっ」

 ドアを開けて息を呑む。そこに居たのはいつもの和服姿の鶴丸だった。
 前回は洋服で、しかもうちの鶴丸が着ているのを見たこともないような服装だったからまだ意識が逸れたけれど、この姿を見てしまうと強く思う。鶴丸さんは、見た目はうちの鶴丸と全く同じだ。わかりきっていたはずのことでも、いざ目の前に突きつけられるとやはり戸惑ってしまう。

「来ることがわかってて、そこまで驚くこともないだろうに」
「はは、そうですよね。あ、どうぞ」

 二度目ともなれば慣れたもの。鶴丸さんはスタスタと前を歩いて部屋まで行くとベッドに腰を下ろした。後に続いた私は、少し迷ってソファに座る。座ってから、しまったこういう時は隣に座るべきだったろうかと思ったけれど、今更立ち上がって移動するのもわざとらしい気がして結局腰をあげることが出来なかった。

「今日は洋服じゃないんですね」
「なんだ、きみはああいう方が好きか」
「その、見慣れた服装だとなんかこう、ホントにうちの鶴丸がいるような気がしてしまいまして」
「そりゃあナリは同じだしなァ」
「ですよね」

 笑いあってはみたけれど、笑いごとじゃない。政府厳選の霊波が近い、つまりは気配そのものが同じ鶴丸が、普段と同じ姿で目の前にいる。これは結構な破壊力だ。よく見れば手袋や防具はつけていないし、帯刀だってしていない。それこそ内番姿に羽織を羽織っただけというような格好ではあるものの、見慣れた姿であることに変わりはない。
 今日はクスリは飲まないでおこうと思ったけれど、これじゃあ飲んだ方がいいんじゃないだろうかとちらりと考える。前回は緊張のあまり言われるがままに飲んではみたけれど、あんなに頭の中がふわふわしてしまうなんて思ってもみなかった。緊張を抑えるということは理性を抑えるということだ。鶴丸と気まずくなってこんなにぐるぐるしている状態であんなものを飲んで、鶴丸と鶴丸さんを混同して失礼があったら申し訳なさすぎる。かといって、素面で鶴丸にしか見えない鶴丸さんとそういうコトをするのも結構キツイ。思わず盛大にため息をついてしまった。

「はは。でっかいため息だな」
「──っ! すみません」

 はっと顔をあげると、ベッドに腰掛けて苦笑した鶴丸さんにちょいちょいと手招きされる。その動作は広間での食事時に、まだ空いている席を他の刀剣に知らせて呼び寄せる仕草そのままで、どきりとした。
 ソファから立ってのろのろと近くまで行くと、手を取られて鶴丸さんの正面に立たされた。

「手、冷たいな。……まあまだ緊張するわな」

 いえ……とバレバレの否定を口にすると、そっと両手を包まれて指先に唇を寄せられる。恥ずかしいと思う反面、鶴丸ならば絶対にしないはずの仕草に、ここにいるのは彼じゃないと再確認できた心地で、ようやく少し肩の力が抜けた。

「もっと気楽に、いつも通りに話してくれていいんだぜ?」

 手を取られたまま上目遣いに見つめられると、それだけで鼓動が加速する。

「いつも通りと言っても……他の本丸の刀剣男士様にそんな」

 しどろもどろに答えていると、もう一度私の指先にちゅっと口づけた鶴丸さんは、面白がるように唇の端を引き上げた。

「確かに俺はきみの本丸の刀じゃないがな。だが、きみの刀ともやらないようなことをした仲じゃないか」
「──っ」
「ふはっ、きみは本当にかわいいなあ」

 耳まで赤くなっているであろう私の手をひいてベッドに座らせた鶴丸さんは、入れ替わりに立ち上がった。羽織を脱いで無造作にソファへと放り投げ、そのまま冷蔵庫へと向かう。

「何か飲むか?」
「じゃあ、お茶をお願いします」

 水とお茶とを手に戻ってきた彼は肩が触れる距離に腰を下ろす。差し出されたペットボトルの蓋を開け、口をつけようとした途端、「なあ」と声が掛かった。

「なんで『鶴丸国永』を選んだ?」
「え?」
「この御役目、相手を選んだのはきみだと聞いたんだが」
「はあ。そう、ですね。鶴丸さんには本当にご迷惑を……」
「迷惑なんぞ被ってはいないが、どうして『鶴丸国永』だったんだろう、とな」

 金色の目を好奇心できらきらさせながら、体を折り曲げて下から私の顔を覗き込んでくる。悪びれた様子もなく、まるで子どものようにまっすぐ訊いてくるから、なんだか言ってもいいような気になってしまった。

「好き、だからです」

 途端にふわりと薄紅の花弁が舞った。目を瞠る白い神様にも予想外の答えだったろうけれど、こんな風に桜が舞ったことに私も驚いた。人間が神様を想うだなんてことが、少なくとも鶴丸さんには不快ではないのだとわかって、少し、ううん、かなりホッとした。

「……はは、俺でない俺だとわかってはいても、そんな風にまっすぐ伝えられるのは悪い気はしないな。いや、驚いた驚いた」

 鶴丸さんは手にしたペットボトルを口にした。みるみる中身が減っていくあたり、随分喉が渇いていたらしい。その横顔と上下する喉仏がやけに艶めいて見えて、慌てて視線を引きはがした。

「で? 好きっていうのは見た目がかい?」
「見た目は、最初は怖かったんです」
「へえ」
「なんというか綺麗過ぎるし、目が笑ってるようで笑ってないっていうか……。初めて会った時は、こんな人間が主かって言われているような気がしました」

 軽い口調で「驚いたか」なんて笑って見せた彼から真っ先に感じとったのは、軽い失望だった。それは、目の前に主として在った人間の容姿のせいか、取るに足らない霊力のせいか、それとも誰かに傅くということそのものを拒んでいたせいかはわからない。とにかく、それまで顕現していた幾振りかの、無条件に主と認めてくれた刀剣とは何かが決定的に違っていた。

「ふぅん……。そうか、見た目じゃないのか」
「あ、今は見た目も好きですよ? ただ、……そうですねぇ。悪戯しては長谷部に追いかけられてたり、短刀くんたちと本気で隠れん坊や鬼ごっこをしてたり、あぁでも、おやつにワサビを仕込むのはちょっとやめて欲しいですけど」
「それだけ聞いていると、きみんとこの『鶴丸国永』は子どもみたいだなあ」
「そんなことないです。退屈嫌いのくせに、近侍になるとすごく真面目だし、戦術とか部隊編成なんかいろいろアドバイスしてくれてすごく頼りになるんです」
「ふぅん」
「戦に出るとすごく強くって、それでも仲間のこともちゃんと考えながら戦ってくれるからレベリングが必要なメンバーで出陣する時なんていつも助けられてます。それに……私が凹んでるといつもすぐに気付いてくれるんです」

 そういう時に限って鶴丸が悪戯を仕掛けてくると気付いたのは、いつのことだったろう。私の苦手な虫の玩具を寄越してみたり、ブーブークッションを仕掛けてみたり、とるにたらない悪戯をして、後からすまんすまんとお詫びにお菓子や花をくれては、頭を撫でてくれる。そうして、まるでついでとばかりに話しを聞いてくれるのだ。時には、それはきみが悪かったな、なんて窘められることもあるけれど、それでも持て余していた暗い気持ちはいつだって軽くなっていた。そんなことが何度もあって。

「いつの間にか、好きになってました。……私、もうずっと鶴丸のことが好きだったんです」

 最初、この想いは胸の奥に隠しておいた宝物だった。けれど、行き場もなく閉じ込めておくうちにいつの間にか重しに変わってしまったらしい。こうして取り出してみてよくわかった。私はぎゅうぎゅうに抑え続けたこの重しを、どこかに欠片だけでも吐き出してしまいたかったんだ。

「きみが凹んだ時にすぐ気付くって? こんなに肝心なことに気付けないなんざ役立たずもいいとこじゃないか」
「そんなこと……。これでもバレないように誰にも言わずに頑張ってたんですから、気付いてくれない方がいいんです」

 大きな掌が髪をかき混ぜるように撫でていく。そうして長くため息ともつかない息を吐いた鶴丸さんは「打ち明けてくれた礼にもならんが」と切り出した。

「実は、俺は俺の本丸の主が、主のことが好きなんだ」
「好きっていうと、その、主を慕う主従関係的な?」
「最初はそう思ってたんだがなァ……色恋的なやつだ。いや、もしかしたらもっとタチが悪いかもしれん。俺は主を誰にもやりたくない」

 じっと見つめられて、少し落ち着いたはずの鼓動が早くなった。私のことを好きだと言っているワケでもないのに、なんだか恥ずかしくなってきて、まさにさっき鶴丸さんが味わったのはこんな気持ちかもしれない。

「だから、驚いた。人の子が付喪神をそんな風に想うだなんて、俄には信じられんというか……」

 口ぶりから、鶴丸さんが主さんに想いを告げていないことはわかった。言えばいいのに、と思ったけれど人の恋愛にとやかく口を挟めるような状況でもない。

「そうか、きみは『鶴丸国永』が好きなのか」

 そう呟いて、ひたとこちらを見つめる金色についつい見入る。今彼が見ているのは私ではなく、鶴丸さんの好きな主さんかもしれない。私が彼に鶴丸を重ねているように。
 そうっと伸びてきた指先が私の前髪を軽くはらう。そうしてひどく優しげに目を細めるから、居心地悪いほどに気恥ずかしくなった。

「え、と。どうかしましたか」
「いいや。きみこそどうかしたかい」
「鶴丸さんの目が綺麗だなって思って」
「きみんとこの俺と何か違うか?」

 問われてみて考える。恐らくは同じはずのこの金色を、こんなにまじまじと見つめたことはない気がする。好きだと気付く前はまっすぐに目を見て話すくらいのことはしていたはずなのに、それすらもう随分前のことのように思えた。

「きっと同じだと思います、けど。好きになってからはこんな風に見つめたりなんて出来なくなっちゃって。いつもこっそり見てるばかりだったから、まっすぐ正面から見つめたのなんていつ以来だろうって感じです」
「きみはかわいいなぁ。……まぁ一等かわいいのは俺の主だがな」

 戯けた口調で言いながらも、眼差しは相変わらずとろりとした蜂蜜みたいだ。こんな視線を一身に受ける鶴丸さんの主さんが羨ましい。

「鶴丸さんが、うちの鶴丸ならよかった」
「おいおい……」
「すみません。そしたら鶴丸さんは主さんに逢えなかったですもんね。でも、それなら私はきっと鶴丸を好きにならないで済んだから」
「その時は、俺のことを好きになってくれるってことにはならないのかい? 俺だって同じ鶴丸国永だろう」
「私はここでの鶴丸さんしか知らないから、絶対に好きにならないとは言い切れないけど……。こないだ、その、鶴丸さんと……してもらって。違うってわかってても、いい思い出になったような気がしてて。同じ鶴丸国永なら好きになることもあるんじゃないかって思っちゃうくらいドキドキしながら本丸に帰ってみたら……やっぱり違うんです」

 いざ本人を目の前にしてみれば、どうしたって鶴丸が好きなんだ、と却って思い知らされた。それなのに、時折過ぎるのは鶴丸さんの唇の感触や耳元を掠めた熱い吐息で。それがそのまま好きな人の姿で頭の中で再生されてしまえば、鶴丸とまともに目を合わすことなんて出来るはずもない。
 今更なかったことには出来ないし、やると言ってしまった分の責任はとろうと思いつつ、霊力よりは気持ちの面でもうあの本丸にはそう長くはいられないだろうと心が既に諦め始めていた。

「なあ、きみ告白すらしてないんだろう? そもそもきみの鶴丸がきみを好きだったらどうする?」
「ないですね。ないない」
「……主を恋う鶴丸国永を前に全否定か」
「え!? いえいえ、鶴丸さんは大丈夫ですよ。私は……告白してみるもなにも、もう嫌われちゃったんで」
「嫌われたって……確かめてみたのか?」
「そんなこと、できるわけないじゃないですか」

 ゆるりと首を振りながら、両手をぎゅうと握りしめた。
 あの日以来、食事時に鶴丸の近くには座らないよう心がけた。近侍でもない限り、会話らしい会話はなくとも本丸での生活は支障がでない。
 日に何度かは話しかけてきてくれていた鶴丸とのひと時がぱったりとなくなったのも、私の不自然な態度を鑑みれば当然の結果だったといえる。このままは嫌だな、どうにか話しかけて以前の状態くらいには戻したい、そう思っていた矢先。それは起きた。

「何があった? ここまで話したんだ。全部話せば、少しはラクになるんじゃないか」
「…………。……昨日、鶴丸が縁側でなにかを一生懸命作ってて」
「あぁ」
「竹とんぼを作ってたんです」

 執務室の前から幾人かの声がして、そっと障子を開けてみると少し離れたそこに、前田と五虎退、今剣に囲まれて縁に腰掛ける鶴丸の背中があった。

「最初は五虎くんたちを喜ばせようとして作ってたみたいなんですけど、やり始めたら楽しかったみたいで。どうしたら高く飛ぶのが作れるのかって幾つも幾つも作ってて。あんまり夢中で作ってるから私もついつい見入ってしまって」

 すぐにこちらに気付いた短刀たちが声をあげる前に、人差し指を唇の前で立てると不思議そうに小首を傾げながらも、こちらに構うことなく視線は再び鶴丸に注がれた。

「そのうちようやく納得のいくものが作れたみたいで、もの凄く嬉しそうに飛ばしてたんです。それが本当によく出来ていて。屋根の上のもっと上まで飛んでって。凄かったんですよ」

 空へと放たれた竹とんぼの行方を追いかけようと縁まで乗り出しながら見上げると、くるくると高く上がったそれが落ちてくる。それをキャッチする五虎くんの笑顔につられるように笑んで、そうして鶴丸がこちらに見ているのに気がついた。
 すごいね、とか、高く飛んだね、とか。以前ならすんなり出てきたはずの言葉がなにひとつ出てこない。迷ううちにすぐに視線ははずされて『すまん。うるさかったな』と背を向けられた。

『え……』

『もっと向こうの広いところで飛ばしてみるか。一番うまく飛ばせた奴に今日の俺の分のおやつを進呈するぜ?』

 サボりかと笑われることもなく。少し休んだらどうだと労われることもなく。以前ならば考えられないほどに素っ気なく背を向けた鶴丸がこちらを振り向くことは、二度となかった。

「普通に話しかけても貰えなくて……私も、どう話しかけたらいいのか、もう全然わからなくなっちゃった……」

 自分でもびっくりするほどに、細く弱々しい声だ。喉の奥が苦しくなって、泣きそうだと思ったその時。
 腰を持ち上げられて、ベッドに腰掛けた鶴丸さんに横抱きされるように抱っこされた。頭の後ろにまわされた掌が私の顔を鶴丸さんの肩口へと導く。普通ならば羞恥心が呼び起こされるはずの態勢も、弱った心に衣ごしの温度はただ優しすぎた。

「泣くことはないんだ。きみはなんにも悪くない……な?」
「……もぉ消えちゃいたい」

 労るような声音に誘い出されて弱音がこぼれ落ちる。好きでいるのが苦しくて。せめて傍にいるだけでもと思ったって、もううまく話すこともできない。傍にいられる時間を引き延ばすはずの行為で却って気まずくなるなんて、だったらやっぱり終わるしかないじゃないか。
 私の手の中からそっとペットボトルを奪っていった手が、背中にまわされる。そうして幾度も撫でてくれる。
 鶴丸国永だけれど、鶴丸じゃない人。その肩におでこを預けて、おずおずと背中に手をまわせば、私の背を撫でていた掌は一瞬動きを止めて、すぐにきゅうと抱き締めてくれた。

「……ここに居る間は俺がきみの鶴丸だ。このひと時だけは全て俺に預けて、嫌なことなど忘れちまえ。だからもう泣くな」
「あんまり優しいこと言わないでください」
「優しい、なァ。弱ったきみにつけこんでるだけかもしれないぜ?」
「そういう人は、きっとそんな風に言わないと思います」
「きみは人がよすぎるな。そういう奴ほど逃げ損ねるんだ」
「逃げようにも、どこに逃げればいいんだか。……なんて。嘘です。ホントに消えたいわけでも逃げたいわけでもないんです」

 大丈夫ですよ、と顔をあげて笑って見せると、少し困ったように眉を寄せた鶴丸さんの顔が近づいてくる。目を閉じると、やんわりと唇を塞がれた。幾度かそれを繰り返して、体を引き上げられたかと思うと、背中を支えられながらベッドに横たえられた。
 さっきまでは穏やかだった拍動が、耳元でバクバクと音をたてだして、一瞬息が詰まった。

「いいんですか」
「何がだ」

 答えながら、首筋に顔を埋めた鶴丸さんに耳を舐めあげられて、ひゅっと息を呑んで首を竦めた。その反応にくつと喉の奥で笑って、そのまま幾度も舐めたり、軽く歯をたてられたりする。

「だ、って、主さん、主さんが好きなのに、こんなの……っ、いいんです、か」
「御役目は御役目だろう? きみが気にすることじゃないさ」

 本当にいいのかな。気になって問いを重ねようとすると、唇を塞がれ、そのままぬるりと舌が入ってくる。熱い感触はこの前もしたキスだ。舌を吸われ、上顎を刺激されて、ふるりと体を震わせる度にそっと息継ぎだけ許される。

「……っ、ふ、待っ」

 口内の刺激と息継ぎとにいっぱいいっぱいになっているうちに、さわさわと服の上から体を撫でられる。脇腹を撫で、もう片方の手が耳をくすぐり、やがて服の下からするりと忍び込んだ指先が下着の上から胸のふくらみをやんわりと包んだ。

「待っ……」

 抵抗にもならない抵抗で胸元をぎゅうと押すと、体はびくともしないながら、口づけをやめた鶴丸さんが「ん?」と瞳を覗き込んでくる。近すぎる距離が恥ずかしすぎて目なんて合わせられないけれど、これは伝えておきたい。

「今日は、あの……痕は、つけないでください。その……あとから、いろいろ恥ずかしいんで」
「……なら、きみがつけてみるか?」

 ほら、と白い喉が眼前に晒される。
 痕をつけてみたいわけではなく、ただ後からいろいろといたたまれなくなる痕跡さえ残らなければそれでいい。それでも、そんな風に差し出されてしまえばなんだかやってみるくらいはしないといけない気になって、羞恥に堪えながら鎖骨の上辺りに唇を寄せてみる。けれども、そっと歯をたて舌を這わせた白い肌にはなんの痕もつかなかった。

「む、無理そうなので私はいいです……」

 上目遣いに訴えればぽすと私の肩に顔を埋めた鶴丸さんは大きく息を吐いた。首筋に感じるその息がひどく熱い。そうして顔をあげた彼の金色に、背筋がぞくりとした。先ほどとは何かが違う。刀を振り上げている時にどこか似ている眼差しに、ふるりと体が震えた。そんな私に気付いているのかいないのか。つと指先で頬を撫でた鶴丸さんは、今のはきみが悪いなと囁いて、「なにが」と問うのも許さず唇を塞いできた。今度は息継ぎすら許してくれない。熱くて苦しくて、頭の奥が痺れてしまうようなキスだった。

 くちゅりくちゅりと湿った音が響く。
 耳に差し込まれた舌は、時折耳朶をねぶり、気まぐれに首筋を滑る。胸の尖りを揶揄う指先は、弾いたりつまみあげたりを繰り返し、もう片方の手はゆうるりと脇腹や内腿を撫で上げては、時折私の髪を梳いて頬を撫でていく。
 いつの間にかすっかり服も下着も取り去られた私とは対照的に、着物の袷をはだけさせただけの鶴丸さんは、時折熱い息をこぼしては私の呼吸を奪っていく。

「る、まるさ……ぁっ……」

 何かを伝えたいわけでもなく、ただひどく恥ずかしい声を堪えたいだけなのに、時折つい呼んでしまう。その度にあやすように目元や頬に口づけられては、甘く蕩けた金色がなにかを確かめるように私の目を覗き込む。

「……堪えてばかりで息が苦しそうだ。もっと声を出せばいい」

 そう言って、内股を撫でていた掌が脚の間へと滑り、とろとろとシーツを濡らすそこを撫で上げた。

「あ──っ、あ……っ……やぁ……」
「上手だな。もっとだ……」

 雛尖を押しつぶされるようにくるくると刺激される。逃げを打つ躰は押さえ込まれ、声を噛もうとするのにうまくいかずに息をする度にひどく高い声が漏れてしまう。

「気持ちいいな?」
「ふっ、ん……、つる……っ……あっ」

 問う声は甘いのに、水音をたてる指先も、胸を刺激する舌先も容赦なくなにかを引きずりだそうとしているようだった。持て余す快感を逃そうと緩く首を振り、腰を浮かそうとも熱は放ちきれない。

「ちゃんと言えたらもっと気持ちよくしてやれるんだがなァ」

 もういいから、と。たすけて、と言いたいのに、溢れるのは吐息ともつかない意味のない音ばかりだ。
 雛尖への刺激はそのままに、ゆっくりと指が差し込まれた。痛みもなく受け入れたそれが中をやわやわと撫でては押す。痛くないなと問われて、どうにかうんうんと頷いて答える。
 抜き差しをしては、時折中をくるりと探るように撫で、そうしてまた雛尖を弄んでは潜り込んでいく。

「つるま、さ、…………ぁ」
「鶴丸、って呼んでみな」

 耳に注がれるその声に、ゆるゆると首を振る。残る理性が違うと言っている。ここにいるのは鶴丸じゃない。私を抱いているのは鶴丸じゃない。
 ふいに、差し込まれたそこから背筋へと強い快感が駆け上った。びくりと腰を浮かせ、なにが起きたのかと問うように鶴丸さんを見れば、にんまりとやけに満足げに唇の端を引き上げている。

「つ、るまるさ……ぁ──っ」

 そこからはもう、声を抑えるなんて出来なかった。いつの間にか増やされた指が、一カ所に狙いを定めて刺激を送る。
 とろとろと溶け出していく。肌に歯を立てられるのも、衣が肌を擦るのも、舌も指先もなにもかもが気持ちよかった。

「鶴丸って呼べばいい」
「やあっ……つる、……鶴丸っ……ん……つ、鶴……」
「そうだな、きみの鶴だ」
「つる、鶴丸っ、鶴丸っ」

 高まる熱が限界まで膨れて、もう駄目だと思ったその時。熱い吐息と共に「『あるじ』」と耳元で囁かれて白く弾けた。

「かわいいなぁ……かわいい」

 ぼうっとしたまま荒い息に胸を上下させていると、鶴丸さんの唇が瞼に降りてきた。そうして幾度も呼吸を繰り返すうちに、少しずつ戻ってくるのは正気と羞恥心だ。私の顔の横で両手をついてこちらを見ている鶴丸さんに気付いて、手近なシーツを引き寄せて、くるまるように体ごと横を向いて顔を伏せた。
 あぁ、やっぱりクスリを飲むべきだったかもしれない。

「こらこら。それじゃあきみの顔が見えないじゃないか」
「……お見せするほどのものでは」

 なんだそれは、と喉の奥で笑った鶴丸さんはこめかみに口付けて、そっと身を離した。そっと窺えば、しゅるりと腰紐をとき、衣を脱ぎ落としてく。恥ずかしいのにひどく官能的なその様に、なぜだか目が離せなかった。
 鶴丸さんが脱いだ衣をごそごそと探り、取り出した小さな包みに歯をたてた段になってようやくそれに思い至った。

『まさかあの方にそのような知識と準備があったとは、私どもとしましてもいやはや』

 嘆くこんのすけの姿が思い出される。

「鶴丸さんは、こういう経験が豊富なんですか?」
「は?」
「いえ、なんか……慣れてるし……そういうそれも、その昔はなかったろうしなって」
「それ? ……あぁ、これか? そりゃ御役目を仰せつかった以上は、俺だって事前にいろいろと調べるくらいはするからなぁ」

 鶴丸さんが、端末を前に必死にそういうコトを調べる姿を思い浮かべる。私なんかよりも遙かに長い時を渡ってきた神様が、まるで思春期の男の子のようにこういう時にはどうしたらいいかだなんて調べていたのかと思うと笑えてきた。
 堪えきれずにくすくすと声をあげると、覆い被さるようにして横向きだった私を転がしながら、こら、そこは笑うところかと不服そうな声をあげる。そうしてまた身を離してそれをつけようとする鶴丸さんに声をかけた。

「つけなくて、いいです」

 思いのほか、声が固くなってしまったのを自覚した。鶴丸さんも気付いたようで、心配そうに覗き込んでくる。
 それまで甘く緩んでいたはずのどこかは、しんと冷えて、私は精一杯の平静を装って、ふふと笑った。

「そのほうが神気を受け取るのに都合がいい、って。こんのすけが。任務は効率的にやらないと、ですよね」
「……きみはそれでいいのか」
「いいも悪いも、それって妊娠しないようにする為の物なので。その心配はないそうです」
「いや、孕むかどうかというよりは……」
「……?」
「いや、きみがいいんならいいんだ」

 降りてきた沈黙に、完全に流れを中断してしまったのを覚った。きっと本当ならさりげなくつけるのを待って、そのまま進んでいくものなんだろう。こんなことなら最初に痕だなんだと言ってないで、ちゃんとこれを言っておけばよかったのに。悔やんだって今更どうにもならない。

「お、男の人もつけない方が気持ちいいみたいですよ」

 なにか言わなければと、まわらない頭の中からどうにか言葉を浚いだす。

「そ、そりゃ直のほうがいいに決まってますよね。あ、はは、私ばっかり気持ちいいのも申し訳ないですし」
「気持ちいいか?」
「は?」
「きみはなかなか教えてくれないからなァ」
「えーと」
「そのあたり、じっくり聞かせてもらおうか」

 喉の奥で笑いながら目を細めた鶴丸さんは再び唇を重ねてきながら、心底愉しそうに私の体を包むシーツを奪っていった。

◇   ◇   ◇

 恥ずか死ぬ。

 枕をぎゅうと抱き締める私を、鶴丸さんが背後から抱き締めてくれる。首筋に鼻が当たるだけでも余韻を残す体は小さく震えて、私はますます枕をぎゅうぎゅうと抱き締める羽目になった。

「もったいないな……」

 吐息ともつかない声に、そうっと枕から顔をあげてそちらを見れば、相も変わらずとろけるような笑みがそこにある。そういうのはぜひ主さん専用にしておいてください、と思うのに、迂闊に口を開けばまた変な声をあげそうで、私は慌てて枕を抱き締め直した。

「……きみの鶴丸国永だと『あるじ』のこんなにかわいい姿は見られないんだな」
「かわいいとかあんまり言わないでください」
「どうしてだ? きみはかわいいぜ」
「鶴丸さん」
「なんだ、またさん付けに戻るのか」

 私のためを思ってか、鶴丸さんは最中には何度も鶴丸と呼べと促す。さっきだって今だって、拒めたのはほんの最初だけだ。しかも、狡いことに時々『あるじ』などと呼んでくるものだから、私はもういろいろと……もぉっ!

「……だって鶴丸さんは鶴丸さんじゃないですか」

 けれどもこうして終えてしまえば、やっぱり線を引き直す。勘違いしないように。間違えないように。夢を夢と終わらせられるように。

「……そうだな」

 肯定してくれるくせに、抱き締めてくれる腕はやっぱり優しいままだった。好きでもない私にすらこんなに優しいのに、主さんの前ではいったいどんな顔をしているんだか。こんな不毛な任務を引き受けていないで、とっとと告白でもなんでもして、幸せになってしまえばいいのに。

「鶴丸さんは主さんに告白しないんですか」
「告白、なぁ。きみならどうする。きみの鶴丸国永に告白されたら」
「そういうの愚問って言うんですよ」
「即受け入れるってことか」
「まさか。そんな有り得ないことは考えないんです。現実とのギャップに打ちのめされるのは今の状況だけで充分です」

 恋を始めた頃には、手を繋いでみたいな、とか、ふたりで万屋に行って帰り道はちょっとだけ寄り道しても許されるかな、とかそんなことをよく考えた。好きって言われたらどれだけドキドキするだろう、とか、キスもしちゃたりなんかして、なんて我ながら本当におめでたいくらいに想像するだで楽しかった。叶わないと知っていたはずなのに、そんなことを考えて。それがどうして今更こんなに苦しいんだろう。

「きみは意外に後ろ向きなんだな」
「現実的と言ってください。だいたい鶴丸さん、例えばですよ。主さんが鶴丸さん以外の鶴丸国永とこんなことしてるってわかったらどう思います?」
「相手をたたっ切るな」
「相手なんだ……」
「主をどうこうするはずがないだろう。待て、きみ俺がなんと答えると思ってそんなことを訊いたんだ」

 脳裏に過ぎるのは冷たい冷たいふたつの金色だ。任務だから。そんな大義名分を掲げたって、やっていることといえば裸のまま他所の刀剣男士サマの温度を感じているだけ。 呆れた、なんて言葉すら与えられずに、もう視界にすら入れて貰えないかも知れない。考えてみただけで、目の前が真っ暗になる。

「……ると」
「なんだ?」
「軽蔑されて、二度と視界にすら入れて貰えないんじゃないかと……」

 私を抱き締める腕にぎゅうと力が入り、鶴丸さんは盛大に息を吐いた。呆れているのは気配でわかるものの、そこまで的外れなことを言ったつもりもない。それなのに、この反応はなんなんだろう。

「悪いことは言わない。きみ、鶴丸国永に告白してみろ」
「そんなつもりが一ミリでもあればこんな風になってませんから。言うだけ言ってさようならってわけにいかないんですよ? 気まずいじゃないですか」
「だがきみ、もう既に気まずいと言っていたじゃないか」
「私が勝手に気まずいのと、理由が明らかで鶴丸まで気まずい思いをするのとじゃ大違いですよ」
「……袖にされたら俺が慰めてやろう」

 いいこいいことでもするように頭を撫でてくれる感触が気持ちよくて、うっかりそうですねと頷きそうになる。こういう人を『タラシ』と呼ぶに違いない。

「洒落にならないです。私なんかより鶴丸さんの方ですよ。私はともかくとして、こんな風に想われるならきっと主さんも幸せですよ。こんな任務引き受けてないで、とっとと告白しちゃえばいいんじゃないですか」
「俺は、……きみ、俺がきみとのこの次を断ったらどうする?」
「私はどうとでもなりますから大丈夫。そんなこと気にせず幸せになっちゃってください」

 鶴丸さんに断られたら。私はもう夢なんか見るのはやめるだろう。言ってしまったからうっかりこんな風に戯れて甘えてしまったけれど、断られたら他の男士で次、なんてとてもじゃないけど無理そうだ。これ以上自分を嫌いになるくらいなら、土下座でもなんでもして、枯渇していく霊力を放っておいて貰うしかない。それが許されないなら、全部を終わらせることだって考えなくちゃいけないのかもしれない。
 そんな不穏な考えを察したように、お腹に回された手が私の手を捕まえて指を絡めてきた。肩に軽く歯をたてた鶴丸さんは、とりあえず、と言って私の項に口づけた。
「この部屋の中にいる間は俺がきみの鶴丸国永だ。そうだったよな?」
「……はぐらかされた気がします」
「お互い様だな」

 くるりと体を反転させて、顔は見ないままにその腕の中におさまる。素肌の温度が心地よくて、すりと猫のようにおでこをその胸にすりつけてみた。普段なら絶対に出来ないはずなのにこんな風につい甘えてしまうのは、体を重ねた後の余韻があるからか、常識では眉を顰めるような理由でこんなことをしているせいでいよいよ感覚が麻痺してきてしまったのか。
 どうせこれは夢の時間だ。

「……だけなのに」

 ひとつ息を吐いて呟けば、もう一度ぎゅうと抱き締められた。

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