白い霧が視界を奪い、振り返ってみても背後にいるはずの珠紀の姿は見えない。それでも、立ち昇る清涼な気に、彼女が魄への同調を始めたことがわかる。
薄暗い霧の中で一筋の光のようなその気配。守るべきはそれだけだ。
賀茂が敷いた結界のせいで力の使えない他の守護者のことも気にはなるが、彼らは彼らなりに珠紀を守っているはずだ。
真弘は珠紀を守るように風を巻き起こしながら、感覚を研ぎ澄まして妖の位置や賀茂の気配を探る。妖は沼の縁、真弘の正面に当たる場所で禍々しい気を放っているが、賀茂の位置が掴めない。
それでも、これだけの術を発動させている生身の人間が、それを維持しながら真弘の作る風の壁と珠紀の作る結界の両方を易々と突破できるはずはない。となれば、今備えるべきは、妖と贄の儀の犠牲者たちからの攻撃だろう。
真弘は、妖と周囲を取り囲む人影に意識を集中した。
置換式結界だと卓は言っていた。確かに内から湧き上がる力は身体に漲ることなく、まるで穴のあいた風船から空気が漏れていくように、体内に行き渡る前に流れ出ている。
守護者の力は強大でも、無尽蔵ではない。力が十分に振るえないばかりか、それを相手に取り込まれているのなら、長引くほどにこちらが不利なのは目に見えている。
相手の出方を待つことなく、短時間でケリをつけたい状況だが、すべきことは時間を稼ぐことだ。しかも、目的は魄の解放であり、それらを消し去るほどに叩きのめしては意味がない。最低限の攻撃に抑えて注意を自分に集め、珠紀を守り続けるしかないのだ。
思いを巡らす間にも、霧の中からは続々と人影が現れその数を増していく。
「ったく、俺様向きじゃねえな」
取り囲む人影を見渡してひとりごちる。
加減して戦うなど性に合わない。全力で仕掛け、思う様暴れる方がよほどラクだ。それでも珠紀に「時間を稼いでやる」と言った以上やるしかない。
圧迫感を覚えるほどに立ちこめる悪意のすべては真弘に向けられているようで、彼女を守るには好都合に思えた。
仕掛けてきたらすぐに対応できるよう周囲に気を配る真弘の前にひとつの影が現れ、鏡のように己を映す。
「またその姿かよ。芸がねえなあ?」
好戦的な笑みを浮かべその手に風を呼び込んで構えると、真弘の姿をしたそれは唇を歪ませるように嗤い、揺らいで霧に溶けていく。入れ替わるように、再び影が人型を形作る。真弘よりも少し細く小柄な影は、やがて少年の姿を成した。
「──っ!」
現れた姿に息を呑む。
中学の制服を着た彼の「真弘」と呼ぶ声変わりもしていない記憶のままの声が、耳朶に触れた。
「おまえ……」
喉に張り付く空気を絞り出すように、その名を呟く。
忘れるはずがない──否。今の今まで記憶の外に押しやっていた。守護者同士ほどではなかったものの、小学校の頃から仲良くしていた相手だ。
「僕を殺すの? また……僕は殺されるの?」
静かな問いに、ギリと奥歯を噛みしめる。
「……人のダチの姿、利用してんじゃねえぞ」
低く発して睨みつけると、彼はおどけたように笑った。その笑みすら悲しいほどにあの頃のままだ。
「ひどいな。利用じゃないよ。僕はここにいる。ずっと、ずっといたよ。ここに……冷たい水の中に」
時間を止めた、かつての同級生の姿。その背後には、生を全うできなかった者たちが暗い目でじっとこちらを見ている。
「贄の子」
「あれが身代わりを押しつけた」
「逃げ仰せた卑怯者がいるぞ」
聞こえてくる声だけでなく、眼差しのひとつひとつが、なぜおまえが生きているのだと責め立てている。
向けられる悪意に気圧されながら、真弘は目の前の少年を凝視した。
カミを視ることのできた彼は人より少し体が弱くて、学校を休みがちだった。
落ち着きなく駆け回る真弘と対照的に、休み時間も席で本を読んで過ごすような彼とは、同じクラスにいながらもろくに話したことすらなかった。
小学校4年生くらいの頃だったろうか。学校帰りに、彼に襲いかかってきたタタリガミを、たまたま居合わせた真弘が退けた。
卓からも静紀からも、人前で守護者の力を使うことを禁じられていた真弘が「このことは黙っていろ」と口止めすると、「正義の味方みたいで格好いいね」と無邪気な笑顔で賞賛し、誰にも言わず秘密にしてくれた。仲良くなったのは、確かそれ以来だ。
祐一たちとのようにいつもつるんでいたわけではないけれど、彼が登校している時は、マンガやプラモデルの話で盛り上がることも多かった。
真弘と同じように背が小さかった彼とは、背の順に並ぶ時の先頭の押しつけあいを中学にあがっても続けていた。あの頃追い越されたはずの身長を、今自分が追い越している。
「背、伸びたんだね。今ならまた僕が先頭かな」
声もなく体を強張らせる真弘に、くすくすと笑い声をたてる。けれど、見上げてくるのは底の見えない暗さを宿す冷たい眼差しだ。
中学にあがって、最初の梅雨を迎えた頃。始業のチャイムぎりぎりに飛び込んだ教室は、いつも通りのにぎやかな朝だった。
斜め向かいの席には鞄もなく、あいつは今日も欠席か、と思いながら席についた。彼が休みがちなのはいつものことだったし、季節の変わり目ともなれば尚更だ。
視界の片隅には既に寝ているらしい祐一がおり、真弘のすぐ近くでは女の子たちが集まって噂話に興じていた。
「知ってる? あのね」
少しだけ潜めたその声が耳に届く。
「……くん、神隠しにあったらしいよ」
「ホントに?」「怖いね」などと口々に言いながら、どこか現実感のない茶化すよう声音で話し続ける彼女たちの会話も、あとはもう真弘の耳には届かなかった。
「……嘘、だろ?」
彼が座るはずの席を、息を詰めて見つめる。
そして気づいた。昨夜までざわついていたカミたちの気配が、静まりかえっていることに。
「ねえ、真弘。なんで僕とおんなじにカミが見えてた真弘が選ばれなくて、僕が先だったの? 真弘が守護五家だったから?」
「……」
「僕聞いたんだ。本当は真弘の役目だったって」
心臓が早鐘を打ち、胸苦しくなって無意識に己の襟元を握りしめた。
カミがざわつく度に、村人がひとり消える。
神隠し。
そう呼びながら、多くはカミの仕業ではないことを、村の大人は皆知っていた。世界の存続という大義名分の元に、続けられてきた因習だ。
カミがざわつく。
村人がひとり消える。
カミが鎮まる。
蔵の書を読んでいた真弘は、すぐにその意味に気付いた。鬼斬丸の封印が揺らぐと、カミが騒ぐのだ。
始めは数年に1、2回ほどだった。それが1年ごと、半年ごとと徐々に間隔が短くなってくるのを感じ、ただ恐ろしかった。
夜、ひとりきりの自室でさざめくカミの気配を感じ、ベッドに潜って震えながら眠りにつく。そして、さあおまえの番がきたよ、と誰かが迎えにくる夢を見ては飛び起きた。
次は自分だろうか。今度こそ贄にされるだろうか。そんな怯えを周囲に悟られないようにいつもの顔で過ごしながら、誰かが消える度に胸を撫で下ろした。
友人が犠牲になったと知って感じたのは、悲しさとやりきれなさと──いつもと同じ安堵だった。
まだ自分の番ではなかった、これでまたしばらくは大丈夫だ、と。そう思う自分は最低だと思った。けれど綺麗事なんかじゃなく、ただ怖かった。生きていたかった。
今、つきつけられているのは、あの時の狡さと弱さなのかもしれない。
「僕じゃなきゃだめだって言われたんだ。でも違ったの?」
「……」
「なんで、なにも言ってくれないの? 真弘。僕待ってたんだ。あの時化け物を追払ってくれたように、真弘が助けにきてくれるかもしれないって」
目の前の少年には、禍々しさの欠片もなく、真弘が知る彼のままだ。だからこそ、なんの罪もない彼を身代わりにした後ろめたさを殊更強く感じた。
その背後で攻撃する隙を窺いながら、暴発寸前のように高まっていく力にすら気付かず、真弘はただ黙って立ち尽くす。
「僕は……身代わりだったの?」
「……」
「答えてよ。真弘が死んでくれてたら、僕は……僕たちみんな死ななくてよかったの?」
言い募る彼に、何を言っていいかもわからないままに口を開きかけたその時、放たれた攻撃を身構える間もなくまともに食らってもんどり打つ。
一撃が、先日沼で戦った時よりも格段に重い。結界の作用なのか、妖が確実に力を増しているのを身をもって感じた。
痛みを堪えながら、次の攻撃に備えようと身を起こすと、すぐ傍までやってきた少年が「ねえ。次は真弘の番でしょう?」と言って満面の笑みを浮かべた。
それが合図だったように、次々と真弘目掛けて攻撃が放たれる。際どく躱しながらも、態勢を立て直して反撃する間がない。
「生きたかったのに」
「なぜお前は生きている」
「贄の子がまだ生きている」
生きたい、イキタイ、生きていたい。
こいつこそが死ぬべきだった、死ね、殺せ、許さない。
生への執着と、恨みの言葉が溢れるその中で、ふいに「玉依姫も死ぬべきだ」という声が響いた。
「玉依姫」
「タマヨリヒメ」
玉依姫。玉依姫。玉依姫。
彼らの口にするその名はさざ波のように広がる。
「あれが選んだ」
「あのオンナが私に決めた」
「玉依姫」
それまで真弘に集中していた気配が何かを探すように揺らいだ。
「玉依姫はそこにいるぞ」
声と共に珠紀目掛けて放たれた攻撃をすかさず相殺しながら「あいつじゃないだろっ。珠紀が選んだんじゃないっ!」と声を張り上げる。
「黙れっ。あれはタマヨリヒメだろう」
「諸悪の根元はあの女だ」
「鬼斬丸と一緒に滅べばよかった」
口々にそう言いながら、犠牲者たちが彼女へと念を放つ。
「やめろっ! あいつはおまえらを解放する為に……っ!」
珠紀を守るように敷いている風の壁をより厚く堅固なものにしようとすればするほど、自身の守りが手薄になる。躱しきれなかった一撃が、真弘の脇腹を掠めた。
埒があかないとばかりに、少しでも彼らを退けるべくその手に風を集める。吹き飛ばそうとその手を振るいかけた、その時。
なぜ、なんで。
どうして私が死んだの?
なんで贄の子が生きている?
嘆きに満ちた眼差しを前に、ほんの一瞬躊躇った。
その隙を逃さないように、再び放たれた攻撃が肩をかすめ、制服を切り裂いた。ドクドクと拍動に呼応するように肩が痛む。じっとりと濡れた感触がするのは、血が流れているのだろう。
でも今は、それを確認する間もなかった。
このままではダメだ、と思う。しかし、胸に生じた躊躇いは消せそうにない。
目の前にいる者たちの多くは、世界の存続の為──真弘が贄になるまでの繋ぎにされた命だ。
自分が死ねば、死なずに済んだはずの多くの命。それらを前にして、躊躇わないはずがない。
迷いにつけこむように、力がどんどん吸い取られていくのを感じる。
珠紀を守らなくては、とそれだけを念じるように思う真弘の背からは、力の証ともいえる翼が消え去った。
「羽、消えちゃったね。格好よかったのに」
少年は残念そうに言った後、じっと真弘を見つめて言葉を続けた。
「僕も、その制服着てみたかったな」
寂しそうなその笑みに気を取られたところに、再びまともに攻撃をくらった。
土に叩きつけられた無防備な体に、念の固まりのようなものが次々と打ち付けられ、真弘はそのまま地面に伏した。
殺せ、ころせ、コロセ、殺せ。
聞こえてくるのはそんな言葉ばかりだ。
倒れ伏した真弘は、遠退きそうになる意識を手放すものかと地面に爪を立てて起きあがろうとする。しかし、思うほどにはうまく体に力が入らなかった。
どうにか顔だけ上げて見ると、少年は悲しげに自分を見下ろしている。
「ねえ。僕たちは、世界の為に切り捨てられたの?」
泣き出しそうなその瞳を見つめながら、ふいに、自分が死ねば彼らはそれで気が済むのだろうか、という考えがよぎる。
「世界は救われたんでしょう? だったら今度は僕たちを救ってよ」
救い。
自分が死ねば、少しは救われるのだろうか。安らげるのだろうか。
死んでしまえば。
「真弘先輩っ!?」
弱って霞む意識に切り込むように、珠紀の声が響いた。遠く聞こえるその声は、迷子の子供のような必死さで泣き出しそうに繰り返し真弘を呼んでいる。
「珠紀……」
朦朧とする意識で呻くように答える。
脳裏に浮かぶ彼女は、泣きながら怒っていた。
「泣くな……」
腕の中で泣いていた珠紀の、細い肩の感触が鮮やかに蘇る。
「大丈夫だから、泣くな……」
うわごとのように呟きながら、空っぽになりつつあった体内の力を絞り出すようにして、消えてしまった珠紀を守る為の風を巻き起こす。
今ここで、死ぬわけにはいかない。
もしも自分が死んでも、きっと彼らは救われないだろう。
真弘が死んでも、犠牲者たちの悲しみは消えない。失われた命は、戻らないのだから。
そう考えることすら、今、生きていたい為の言い訳かもしれないと自嘲する。けれど、言い訳でもよかった。今、守るべきは自分の命ですらなく、たったひとりの存在だ。
真弘は目を開けて、あちこち痛みを訴える体をどうにか地面から引きはがした。片膝を立てて、ひとつ息を吐き出し、ゆらりと立ち上がる。
鉄の味がする唾を吐き捨てて、糾弾する人影を見渡し、己の手に風を集めた。
相変わらず濃い霧に阻まれて珠紀の姿は見えないものの、先程とほぼ同じ場所に気配はある。ただ、魄への同調を解いたらしく、玉依の力を使っている様子がないのが気に掛かった。
「死ぬのは嫌?」
霧の中から少年の声が響く。
「僕だって、もっともっと生きていたかったのに」
そう訴える声に重なるように、多くの声が真弘や玉依姫への憎悪を訴えている。
「悪ぃな」
真弘は誰に向けるともなく、口にする。
鬼斬丸に関わってきた者は、多かれ少なかれ罪を背負っている。
見て見ぬふりをした罪。
手を下した罪。
罪と犠牲の上に存続した世界。
鬼斬丸がなくなったからといって、過去がすべて消えるわけではない。
けれど、ならば珠紀が今ここで裁かれねばならない、どんな罪を犯したというのか。
何も知らずにやって来た彼女は、ロゴスと対峙し、鬼斬丸を壊しただけだ。
珠紀は、村に来るのが遅くなって悪かったと詫びていたけれど、彼女が謝ることは何もない。
彼女が悪いわけではなく、誰かが悪いわけでもなく、ただ傷ついた人がいて、犠牲になった命があった。
その犠牲の上に自身が生き延びているのだということを、真弘は誰より痛感している。
それを罪と呼ぶならば、贖う手段などありはしない。どうしたって、失われた命を取り戻してやることは叶わないからだ。
ただひとつ確かなことは、償いきれるものではないからこそ、赦しを乞うのではなく、痛みごと忘れずに背負っていくのだ。生きている限りは。
「こっちにも譲れないもんがあるからよ」
嫌っているわけではないと言いながら、静紀へのわだかまりを消せない珠紀。
それは裏を返せば、『玉依姫』を継ぐと言いながら、『玉依姫』がしてきたことを許すことの出来ない、珠紀のもうひとつの本心だろう。
彼女の内に息づくその血が受け入れようとするものを、受け入れられないジレンマが静紀への嫌悪となって現れていることに、彼女はきっと気付いていない。
本来息をするのと同じ自然さで、真弘が守護者であるように、珠紀は玉依姫なのだ。
ゆっくりと、儀式を経て受け入れていくはずのその時間を、珠紀は与えられなかった。
真弘が忘れている時間の中で、彼女がどれほど傷ついて葛藤したかなど、記憶がなくとも容易に想像がつく。傷ついて、すべてを受け入れることが出来ないままに、それでも玉依姫であろうとした彼女は覚醒した。世界を、仲間を、そして真弘を救う為に。
もうこれ以上は、傷つけさせない。
他ならない珠紀に、全部よくしてやると約束したのだ。それは、彼女の抱える罪悪感ごと全部だ。
(男が、惚れた女との約束くらい守れないでどうする!)
譲れないものはただひとつだ。だから、心を決めた。
「あいつには手を出させないっ。文句がある奴は俺に言え。俺にかかってこいっ!」
高らかに言い放つ。
彼女の心まで守る。自惚れではなく、それが出来るのは自分だけだと確信している。
だからこそ。
「こんな場所でくたばるわけにはいかねーからな。狡くても汚くても、なにがなんでも生き延びてやる!」
真弘の言葉に呼応するように、霧の中には激しい怒りが渦巻く。
怒りの主たち──彼らだってこんな場所で死にたくないと思っただろう。同情する。申し訳なく思う。でも、譲れない。
視線の先の霧が暗く凝り、少年が再び姿を現した。その目には、怒りも憎悪もなく、ただ途方に暮れたように佇んで真弘に問いを向けた。
「……なんで僕だったの? なんで僕が死ななくちゃいけなかったの?」
その答えを真弘は持たない。ただ、その切望は誰よりも知っていた。
「……生きたかったよな」
生きたくて、死にたくなくて、それなのに周囲は哀れむような顔をしながらも首を振り、けしてその運命から逃れることを許さないのだ。
そして気づく。仕方ないと己に言い聞かせるしかない絶望に。
閉ざされた暗闇の中、それでも他に方法はないのかと諦めきれずに足掻こうとする心に蓋をして、未来を考えることをやめていた日々。
その痛みを、恐怖を、物心ついた時からいつか贄となることを義務づけられた真弘は、誰よりも知っていた。
響く怨嗟の声が真弘に迫る。おまえさえ贄になっていれば、と。
それでも。
「詫びて済む話じゃねえけどな」
仕方ないと諦めなかった珠紀がいたから。彼女がいてくれたから、今ここに自分はいるのだろう。だから。
「あいつが守ってくれた命だ。他の誰にもやるわけにはいかねえっ」
「……狡いな、真弘は」
泣きそうに歪んだかつての友の顔。彼の目に浮かぶ、生ある者への羨望の色が痛い。
「……ごめんな」
ただひと言にすべての思いをこめる。そうして目を伏せた真弘は、次の瞬間振り切るように前を見据え、強い風を巻き起こした。
己の中で堰を切ったように力が溢れだし、翼と共に体には紋章が浮かび上がる。
容赦なく勢いを増す風の渦は、霧を巻き込み、取り囲んでいた者たちを遠く押しやる。人影はその風に削られるように小さくなり、淡く青い光に姿を変えて、妖の中へと消えていった。
微かに耳に届いた己を呼ぶ少年の声にやるせなさを募らせながら、真弘はもう一度「ごめん」と呟いた。
ひとしきり巻き起こした風を静め、霧が晴れた先に真弘が見たのは、銃口を珠紀に向ける賀茂と、彼女を庇うように立つ遼の姿だった。