記憶の欠片 第5章 護る決意 守られる覚悟

「赤点はないと思うんですけど……」
 午前中で定期テストを終えた学生組にその出来を確認した卓に、珠紀は肩を竦めて答えた。
 久しぶりに全員で歩く、学校からの帰り道。制服のまま軽口を叩きながら肩を並べるその光景は、日常のそれだ。いつもと違うのは、そこに卓が同行していることと、向かっている場所。
「俺はいつも通りってとこすかねえ」
「僕もそうです」
「俺様は記憶がないんだから、赤点のひとつやふたつ仕方ねえな」
 皆が卓の不自然なほどの笑顔から目を逸らして答える中、言葉の内容とは裏腹に腕を組んで偉そうに答えた真弘に、「三つ四つまではいつも通りだろう」と祐一が薄く笑うと、真弘が拳を振り上げて抗議する。
 ようやくテストを終えて、こんな風に平和なやり取りを目にしているのに落ち着かない心地なのは、これからしようとしていることのせいだ。
 
 
 清乃とアリアの来訪後、その日のうちに、珠紀は真弘とふたりで学校に出掛けた。
 用務員に忘れ物を取りに来たと嘘をついて鍵を開けて貰い、校舎に足を踏み入れたふたりは、まっすぐ図書室に向かった。
 陽が落ちたばかりで窓の外はまだ辛うじて明るいものの、生徒の姿もない薄暗い廊下はどこか不気味に感じる。前を歩く真弘の上着の裾になんとなく掴まると、不思議そうに振り返られて、珠紀は慌ててその手を離した。
「なんだ?」
「なんでもないです」
 真弘に告白されたのは、ほんの数時間前のことだ。
 告白もキスも初めてではなかったはずなのに、まるでなにもかもが初めてだったように、思い出すだけで胸が高鳴る。
 諦めていたわけではないけれど、記憶のなくなった真弘は、自分を好きになってくれないのではないかと思っていた。今、彼を前に、わずかばかりの緊張と恥ずかしさが消えないのは、全てが珠紀にとって意外過ぎる展開だったせいかもしれない。
 嬉しさと幸せな気持ちで、なんだか頬が緩んでしまう。それを抑えるように両手で己の頬を包むと、変わった生き物でも見るような顔でこちらを見ていた真弘は「おまえ、また熱あがってんじゃねえのか?」などと言って珠紀の額に手を当てて首を傾げる。間近で見つめられ、本当にまた熱が上がった気がした。
 図書室に着くと、珠紀は先日祐一と共に見た『季封村の歴史』の周辺がアヤシイと当たりをつけて、背表紙を目で追っていく。真弘もそれなりに心当たりがあるのか、迷いのない足取りで棚の前に立つと、取り出してはページを繰っていた。
 30分ほど経った頃だろうか。そろそろ用務員が訝しんで探しに来るのではないかと思い始めた頃、それを見つけた。
 書庫の奥の、目に付かない一番下の棚の隅。背表紙の文字は消え、タイトルもわからないままに手に取ったそれは、読んでみると昔話の短編集のようなものだった。紙の縁は茶色く変色し、文字がかすれて読むことも出来ないページがある本。
 けれど、かすれた部分を指先でなぞるだけで、書かれていたはずのそれらが頭に流れ込んでくるように理解できたのは蔵にある書物と同様で、その本が図書室の中でも異質なものであることを示しているように思えた。
 いくつかの話を読み進めると、人の心を喰らう妖について書かれたものがあった。
 怨霊封じの僧に追われていたその妖は、村人の心を次々に喰らったという。心を喰われた村人は、昏々と眠り続け目を覚ますこともない。そのままにしておけば、やがて死んでしまう。
 困り果てた村人を助けたのは、村の社の巫女姫だった。巫女姫は、鬼斬丸という妖刀を封じ、代々それを守っていた一族だ。
 彼女が妖に取り込まれたたくさんの人の心を解放すると、眠っていた村人は皆、目を覚ましたという。
 巫女姫により力を削がれた妖は、鬼斬丸の力を取り込もうとして刀の封じられた沼へと飛び込み、逆にその封印に囚われたらしい。封印から逃れようともがく妖を、僧と姫とが力を合わせ、深く深く眠らせて、二重三重に封印したという。
 物語は、僧と姫とが夫婦になって末永く幸せに暮らしたと記され、めでたしめでたしと結ばれていた。
 刀の名前が鬼斬丸というからには、巫女姫というのが玉依姫で、清乃のもたらした情報を考慮すれば、僧は典薬寮の者だったのだろう。
「なんつーか……まんま昔話だな」
 そこに書かれたことを語った珠紀に、真弘はそう言って苦笑した。
 ふたりが求めていたのは、記録書であって昔話ではない。
 その本以外にも何かないかと探してみたものの、結局それらしいものは見あたらなかった。
「でも、ここには巫女姫がたくさんの人の心を解放して、皆が目を覚ましたって書かれてるんだから、卓さんの言ってた方法を試す価値はあるってことですよ」
「試すんじゃなくて、確実な方法を探しに来たんだろうが」
 呆れ顔の真弘を見つめ、珠紀は「そうなんですけど……」と答えながら、もう一度手の中の本に目を落とした。
「おばあ……、先代玉依姫は、必要なことは玉依の血が教えてくれるって言ってました。玉依姫が一度出来たことなら、私にだってきっと出来ます」
『私があなたに教えられるようなものは、何もありません』
 玉依姫の術を教えて欲しいと乞うた時の、突き放すように言った静紀の眼差しが思い出される。
『玉依姫は、あくまでも鬼斬丸の封印を守るために存在したのよ。それ以上でもそれ以下でもないわ』
 あの時、静紀がなにを言いたかったのか、珠紀にはよくわからなかった。玉依姫が封印の為に在ったなどということは今更過ぎることで、だからこそ、鬼斬丸のなくなったこの村で、玉依姫としてどう在るべきか、珠紀は迷ったままなのだ。
「……。なあ、ババ様のこと嫌いか?」
 ふいに向けられた問いに顔を上げると、思いの外真摯な視線にぶつかる。
「急に、どうしたんですか?」
 尋ねる声音が固くなるのが、自分でもわかった。
 真弘はなにも覚えてはいない。あの日、鬼斬丸を封印しようとした静紀の策略で命を奪われかけたことも、ツヴァイが襲撃してきた時、守護者を道具のように操って戦わせたことも。
「鬼斬丸の時はいろいろあったって聞いたしよ」
「嫌いってわけじゃ……ない、ですけど」
「……ババ様だって、俺たちが憎くてやったわけじゃないってことはわかるよな?」
「わかってますよ」
 わかっている。玉依姫にとっては、鬼斬丸の封印が何よりも大切なことで、その為には、多少の犠牲を出すことはやむを得ない。そう考えてのことだったのだろう。
 けれど、やはりそれが正しかったとは思えないし、割り切ることも許すこともできない自分がいる。
 冷酷に見えた。真弘を結界に閉じ込めた時も、珠紀が結界を破ろうとして苦しんでいる時にも、彼女の表情に躊躇いすら過ぎることはなかった。
「だったら『先代玉依姫』じゃなくて、『おばあちゃん』でいいじゃねえか。おまえはババ様の孫なんだからよ」
「でも……あの人にとって私は孫というより玉依姫っていう道具だったんです」
 静紀にとって珠紀は当代玉依姫という道具だった。珠紀だけではない。真弘を始めとして、守護者全員が彼女にとっては鬼斬丸を封印する為の手段であり道具だった。珠紀はそれが、悲しくて悔しかった。
 親の都合で村に行くことが決まった時、転校は気乗りしなかったものの、村に来るのは楽しみだった。小さい頃の思い出に残っている静紀は穏やかに微笑んでいて、変な生き物が見えると話す珠紀の話を聞いてくれたり、不思議な昔話を聞かせてくれる、優しくて尊敬できる大好きな『おばあちゃん』だった。それなのに。
「なあ。村の奴らが守護者を化け物だって思ってんのに、俺達が普通に生活できてるのはなんでだかわかるか?」
「それは……鬼斬丸の封印を守るには必要だって」
「違うな。鬼斬丸の封印を守るだけなら、玉依姫だけいればいい」
「じゃあ、その玉依姫を守る為に、守護者が必要だから?」
「ま、そうだな」
 真弘が何を言おうとしているのかわからず、珠紀は問うようにその顔を見つめた。
「玉依姫はこの村で絶対に必要な存在だった。鬼斬丸の封印を守るってだけじゃなく、村の祭事や祓いをやってきたのも玉依姫だしな」
 つまり、玉依姫は必要な存在で、それを守る役目を担うから特別な力を持った守護者も許容されてきた。真弘の言いたいことは、そういうことなのだろう。
「村の奴らが大切にしてる玉依姫は、守護者が守ってきた。で、玉依姫は俺達に化け物じみた力がある意味をくれた。居場所を作ってくれてたってことだ」
「居場所なんて言って、そんなの閉じこめて利用してただけじゃないですか」
「それでも、普通はそんな化け物じみたのがいたら、典薬寮の奴らみたいに狩ろうとするんじゃねえか?」
 諭すように言った真弘は、壁の時計に目を走らせて「そろそろやべーか」などと呟いて、珠紀が手にしたままだった本を取って棚に戻した。
 玉依姫がいることで、守護者が守られていた。それはつまり、静紀が皆を守ってきたということだ。
 けれど珠紀は、それを真弘の言葉通り素直に受け取ることが出来ない。
 役に立つから、都合良く利用する為にそうしてきただけではないのか。
 そう思う珠紀の脳裏に、『間違っていたのかしら?』と呟いた静紀の顔が過ぎる。戸惑いの透けた声音で、少し涙ぐんでいるように見えた。あれは確かに無慈悲な玉依姫ではなく、静紀の──祖母の顔だったはずだ。
「まあ、なんだ。おまえは素直に『おばあちゃん』って呼んどけ」
 珠紀の静紀に対するわだかまりを見透かすようにそう言った真弘は「そろそろ帰んぞ」と背を向けて、珠紀を指先で招きながら図書室の入り口へと向かった。
 普段はガキ大将のように笑っていて、年上とは思えない発言ばかりだというのに、ふいに大人びた顔で何もかもわかっているようなことを言う。その背中を見つめながら、ああ、やっぱりこの人が好きだ、と改めて思う。そして、好きだと思うたび、不安になる。真弘にとって『玉依姫』はどんな存在なんだろう、と。
「先輩は……」
「あ?」
「いえ」
 記憶のなくなった真弘の態度を目にして、珠紀の不安は杞憂ではないのだとより強く思うようになった。
 真弘の想いを疑うつもりはない。
 けれど彼は『玉依姫』を恨んではいないだろうか。
 誰が好きこのんでそんな役割に生まれてくると思う? と言ったのは偽の真弘だった。それでも、それはきっと彼も思ったはずのことだ。
 そしてそれを言い渡したのは、誰だったか。
 考えるほどに思考は後ろ向きになり、珠紀はやはりそれを訊くことが出来なかった。
 
 
「しょぼくれた顔してねーで、背筋のばせ」
 軽く背中を叩かれて、思考が引き戻される。
 いつの間にか隣にやってきた真弘を見れば、気遣うような眼差しがこちらに向けられていた。
「先輩。赤点多そうなのに、元気ですね」
「うるせえ。……おまえ、大丈夫か?」
「多分。でも、もし赤点とって連れ戻されるようなことになったって、絶対村に戻ってくるから大丈夫です!」
 真弘に宣言しながら、半分は自分に言い聞かせるように断言する。
 迷っていることならたくさんあるけれど、玉依姫であろうと思うのも、なにより真弘の傍にいたいという気持ちも、自分にとって大切なものだということだけは確信が持てる。
「そっちじゃねえよ。おい、無理だと思ったらすぐに同調をとけよ?」
 珠紀の決意をよそに、真弘が心配しているのは、これから行う魄との同調についてらしい。
 この森を抜ければ、沼はすぐそこだ。
 沼に施した封印をそのままに同調できればそれが一番だが、出来なければ一度封印を解いて、妖が取り込んでいる魄に同調することになっていた。
 同調して、内側から瓦解させる。
 それだけといえばそれだけなのだが、なにしろ取り込まれている魄の数が、おそらく尋常ではない。以前蔵の書を読みながら数えたことを思い返してみても、軽く千を越えるだろう。
 静紀の作った結界を破った時に感じた痛みは、忘れようにも忘れられないほどの苦痛を伴った。無機質ともいえる結界に同調していくだけでもあれだけの痛みを感じたというのに、おそらくは各々意思を持って反発してくるであろうそれらに同調していくことなど、想像も出来ない。
 しかし、どれほどの不安があっても、やるしかない。それが今の自分に出来る、唯一のことなのだから。
「大丈夫、できますよ。私を誰だと思ってるんですか?」
「泣き虫珠紀で玉依姫サマだろ?」
「もぉ! なんですかその言い方は!」
 真弘にすがりつくようにして泣いた時のことを思い出すと、恥ずかしくてたまらない。誤魔化すように唇を尖らせて抗議すると、ホントのことじゃねえか、と真弘はニヤリと笑った。
 彼の告白で、すぐにふたりの関係が元に戻ったかと言えば結局は少し曖昧なままで、珠紀の送り迎えも変わらず当番制だ。もっとも、以前のふたりがそれほど恋人らしい雰囲気で過ごしていたかと考えてみればそんなことはなく、両想いに戻れたというだけで十分幸せだった。
「ま、その元気がありゃ平気だな」
 目を細める真弘に、珠紀も微笑んで頷く。
 結局真弘を通してすべてを知ることとなった守護者一同が珠紀に何かを訊いてくることもなく、目の前の問題を片づけるということで話が一致したらしい。
 本当は、何も知らせずに皆のことを守りたかった。けれど、自分だけでは出来ないことの方が多くて、少し情けなく思う。
 それでも、真弘は『玉依姫』が守護者の居場所を作ってきたと言っていた。
 ただ守られるんじゃなくて、守ることが出来る『玉依姫』。
 守りたいものは考えるまでもないけれど、鬼斬丸のないこの村で『玉依姫』が守らなくてはいけないものはあるんだろうか。
 答えは出ないままに、木々が開け、沼が見えてきた。
 
「やはり封印を解かないと駄目なようですね」
 卓の言葉に頷いた珠紀は、ひとつ深呼吸して目を閉じた。
 鳥の声すらしない沼の周囲は静まり返り、葉擦れの音がするばかりだ。そのわずかな音すら意識から追い出して、珠紀は閉じた瞼の向こうに水面を思い描く。
 沼に着いてすぐ、守護者は己の力が使えるかを試していた。今のところ特に問題はなく、玉依の力もいつも通りだ。
 しかし、封印を解放し妖が現れることで守護者が再び力を使えなくなる可能性が高く、封印の解除で妖が現れたら、少しでも早く事を成すべく珠紀はそのまま魄への同調に入ることになっていた。
 息を深く吸い込み、静かに静かに吐き出していく。そうしながら、沼を囲むように配した結界の要に、玉依の力を同調させる。ゆっくりと水面に力を流し広げ、幾重にも結んだ結界のつなぎ目を順番に解放する。
 ひとつ解放するごとに沼に立ちこめる気が揺らぎ、妖の意識が浮上してくるのを感じた。
 そっと目を開けると、いつの間にか沼には薄く霧が立ちこめている。
 守護者は皆、珠紀を守るように立ち、沼に意識を向けていた。
 視界がうっすらと白くけぶるなか、最後の結び目をほどいて封印のすべてを消失させると、水面が大きく波立ち妖が水上に姿を現した。
 ふいに背後からパンパンパンと乾いた拍手の音が響いた。驚いて振り返ると、スーツ姿の賀茂が、酷薄な笑みを浮かべてこちらを見ていた。
「偽善もここまでくれば立派なものですね。もっとも、あなた方が解かないならば、私が解き放つつもりでいましたが」
「珠紀、あれが賀茂か?」
 祐一の問い掛けに珠紀が頷くと、いくつかの青い炎が、珠紀を守るように現れる。
 それを見た賀茂は、蔑むように「化け物が」と言って素早く手印を結び、何かを唱えた。途端に珠紀は視界が歪むほどの頭痛を感じ、ぐっと奥歯を噛みしめてそれを堪えた。男は印を組み替え、唱えることをやめない。
「いけないっ!」
 卓が切迫した声をあげ、皆を守るようにして結界を張ろうとした。しかし地面に浮かび上がりかけた光を制すように「央とは王、これ即ち天地の理っ」という賀茂の声が響いた途端、現出しかけた卓の結界は消え去り、珠紀の傍に浮いていた鬼火もなくなってしまった。
 周囲には、暗い目をした贄の儀の犠牲者達が現れ、珠紀達を取り囲み始める。
「不覚でした。私達が力を使えなかったのは、妖のせいなんかじゃない。これは置換式結界です」
「は? 痴漢?」
 真弘の問いの意味を察したように苦笑した卓は「そのチカンではないです。おそらく彼が作った結界内にある力は、すべてあの妖の力に置き換えられ取り込まれてしまうということです」と説明した。
「なら話は早いな。取り込まれる以上の力で、叩きのめすまでだ」
 挑戦的な真弘の言葉に、頭痛を堪えて視線をやれば、今にも飛びかかってきそうな勢いの妖を見据える彼の背にはいつのまにか大きな翼が現れていた。
「先輩、魄を解放するまで待ってください」
「何言ってんだっ、こうなったら予定変更に決まって……」
「やります。だから待ってください」
 霧はどんどん濃くなって行く。取り囲んでいる者達はじりじりと迫り、あまり時間がないことは確かだ。それでも、やる前から諦めて逃げてしまうことは出来ない。
 訴えるように見つめると、真弘はひとつ息を吐いて、「わかった。俺が時間を稼いでやる。但しヤバくなったら速攻同調を解け。いいな?」と言い置くと、霧の中にいるはずの妖に向かって行った。
「卓さん。この結界は封印域を利用してますよね?」
 そうでなければ、こんなタイミングで頭痛が始まるはずがない。確信を持って尋ねると、卓は頷いて「恐らく封印域は中継で、結界の要はその間に配しているのでしょう」と答えた。
「壊すことは出来ますか?」
「恐らく。これだけの結界ですから、封印域の力を引き出すための依り代を置いているはずです。そのうちひとつでも壊すことが出来れば」
「なら、お願いします。みんなはこの結界を壊してください」
「……先輩、頭痛がしてるんじゃないですか? 大丈夫ですか?」
 心配そうな慎司に、どうにか微笑んで頷く。頭痛は、拍動に連動するように珠紀を苛み続けているが、今はそれどころではない。
 周囲に風が渦巻き始める。真弘が皆を守ろうとして、力を振るっているのだろう。けれど、この結界が力を使えなくするだけでなく、奪って相手の力にしていくものならば、真弘だってそう長くは保たないはずだ。
「私は大丈夫です。それより、力が使えないみんなにこんなお願いするのは危険なことだってわかって……」
「ストップ。俺達だって守護者だ。玉依姫の願いくらい、叶えてみせるさ」
 拓磨の言葉に、他の三人が頷く。
「では、ひとりが珠紀の傍に残って、他は結界の破壊に向かうか?」
「ホントに平気だから、みんなで行って来て」
 目の前で印を結んで見せた以上、こちらが結界を壊そうとすることは賀茂も予想の範疇だろうし、それなりに手を打っているはずだ。そうでなくとも力が使えないという大きなハンデがある以上、四人で向かって欲しかった。
 珠紀は、自分の周りに防御するように壁を現出させて見せる。卓に習った結界だ。
「そうですね。もうひとり、居るようですし……」
 ひとりごちた卓は周囲に視線を走らせると、珠紀に「大丈夫ですね?」と念を押すように尋ねる。珠紀はそれに頷いて答えた。
「わかりました。でしたら私達は結界の破壊に向かいます。行きましょう」
 卓の先導で、祐一達が駆け出した。
 それを見送ってから、珠紀は目を閉じて、真弘と戦っているらしい妖に──取り込まれた魄に同調を試みる。
 彼女の周囲には蛍のようにたよりなく飛ぶ光が、漂うようにゆるゆると集まり始めていた。