1 おわりがはじまった日/ひとつだけ嘘をついた

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【重要】とつけられた担当支局からのメールにはろくなものがない。
それが短くはない審神者生活の中で学んだことのひとつだ。

朝、端末を立ち上げて真っ先に飛び込んだその件名に、無意識に眉を潜めるくらいにはすっかり刷り込まれている。
検非違使の出現を知らせたり、襲撃された本丸に関する情報だったり、確かに重要な情報がもたらされることもあるけれど、それだけではない。
特別任務と称して、本丸ごとに通常業務とは別に妙な任務を課す時にも、件名にはこの【重要】が冠されているのだ。
当初は、刀剣男士と共に寒垢離をしろだとか、刀剣男士の為に神楽を舞ってお見せしろだとか、比較的まともな内容のものもあったのだけれど。
近頃では下着姿で近侍を出迎えてみろとか、猫耳をつけて猫のように一日過ごして刀剣男士の反応を探れだとか、もういったい何がしたいのかと全力で問いかけたいようなものが続いていた。
審神者同士が情報を交換するオンライン上の掲示板では、乳を揉んで貰って神気によるバストサイズアップの可能性を探るとか、同衾したら審神者の霊力が増すかを調べるとか、話半分で考えても審神者の人権が迷子になっている任務も散見されて、うちの本丸に来ている任務は人道的にかなりマシな方かもしれないなんて、だんだんと普通ってなんだっけ?という感覚になりつつある。
そのオンライン掲示板もここ半月はサーバーメンテナンスで他の本丸が最近どんな任務を言い渡されているのかという情報は得られていないのだけれど、それにしたってここしばらく敵の出現頻度もすっかり下がっていることを考えれば、今回もどうせ大した情報ではないだろう、むしろどんな任務をやれっていうのよ? くらいの気持でそのメールを開封した。

はいはい、今回はなんですか。

文机に頬杖をつきながら、ざっと目を通して息が詰まる。
もう一度、隅から隅まで視線を走らせ、そっと近侍を振り返ると驚きの好きな神様は、熱心に棚のファイルを並べ替えていた。
鶴丸がほぼ毎日近侍を務めるようになってから、年単位の月日が流れた。最初こそ、執務室に余計な驚きを仕込まれたらどうしようと身構えていたし、彼がじっと座って仕事をするなんて退屈で無理なんじゃないかと思ったけれど、長谷部や一期ほどではないにしても案外几帳面にそれらをこなすのが意外だった。
今朝も私が報告書を作るのに必要なファイルの幾つかを手渡した後は、もう少し使いやすい配置に変えたいと言い出し、率先して棚の整理を始めていた。
その近侍に見られないように、そっとモニターを閉じて深呼吸する。
心臓が嫌に大きく拍動を刻んでその存在を主張する。手にかいた汗をデニムで拭ってから「鶴丸」と声を掛けた。その声も変に上擦って、思わず机に突っ伏した。

「どうした。具合でも悪いのか?」

平気な顔が出来るだろうか。
恐る恐る顔を横に向けてみると、心配そうにこちらを見ている金色がふたつ。
三日間。私はこの金色に、幾度嘘をつくことになるんだろう。

「ううん、具合は平気。ごめん、鶴丸。急ぎでまんばちゃんを呼んできて」
「なんだ、俺じゃ駄目か?」
「まーた政府からの命令だよ。今日は初期刀を近侍にしなさいってさ」
「なんだ、それは」
「うん……。とりあえず呼んできてくれる? あと鶴丸にはおつかいをお願いしたいんだけどいい?」
「構わんが、何が入り用だ?」
「万屋で、全員分のおやつを買ってきて」
「お、どうした。無駄遣いは敵なんじゃなかったのか?」
「たまにはいいよ」

もう予算の割り振りを考える必要はない。支給済みのものを返せとは言わないだろうし、全部終わった後に私はいないんだから請求しようもないだろう。
どうせ持ってはいけないのだから、私のお金だって使っちゃえばいい。
小引き出しからパスを取り出し、鶴丸に手渡す。ゲートの通過も支払いも、すべてがこれで事足りるというものだ。

「おやつを買うなら一緒に行かないか? きみも自分で見て選びたいだろう」

鶴丸と一緒に万屋へ行く。それはかなり嬉しい誘いだ。いつもなら二つ返事で快諾しただろうけれど、今はそういうわけにいかなかった。
「今日はやめとく」とゆるりと首を振る。

「まんばちゃんと打ち合わせがあるから、私の好きそうなの買ってきてよ。季節限定ものとかいつもと違うのが食べたいな」
「そうか……。よし任せておけ。きみのために驚きを仕入れてくるぜ!」
「驚きより癒やし系にして」
「それじゃあつまらんだろう」
「いやいや、いいから。あと、他に買い物がある人がいないか声かけてみて。そのパスで一緒に買っちゃっていいよ」

「おぉ」と障子を開けて出て行こうとする背中に、鶴丸、と声を掛ける。

「今日は全部の予定を取りやめて、休養日に変更するよ。各自好きに過ごすようにって、みんなに伝えといて」
「おい、本当に妙な任務じゃないんろうな?」

度重なるおかしな特別任務に、私同様、鶴丸もすっかり疑り深くなっている。そりゃそうだ。一番最近では、正月早々見たくもなかったであろう私の下着姿などを見せられて、政府への不信はMAXに違いない。ホントあの時は悪かった。ごめん。

「だいじょぶだってば。でも、まんばちゃんだけ急ぎで」

胡乱げな眼差しでこちらをじとりと見つめつつも、それ以上は何も言わずに鶴丸は部屋を出て行った。
再び机に突っ伏して、肺の中が空っぽになるほどに息を吐き出し、もう一度モニタの画面を眺めていると、すぐにまんばちゃんがやってきた。
この半月の間、一度も姿を現さなかったこんのすけも一緒だ。

「急ぎと聞いたが?」
「うん……こんちゃんも、この件で来たんだよね?」
「……はぃ」

まずは事態を知らないまんばちゃんに、先ほどのメールについて手短に伝えた。

曰く、歴史修正主義者及び検非違使との戦の終息、それに伴い明後日には刀剣男士をすべて刀解し、同日本丸は解体となる、と。

「あんたはそれでいいのか?」
「いいも悪いも、これお伺いじゃなくて通達だし。それに、まんばちゃんが知ってる通り、元々そういう条件だったからそれは仕方ないんだけど。ただ、みんなには急で申し訳ないと思う」
「申し訳ございません。他の本丸には、半月前にはこの告知が出ていたのでございます。ただ、こちらと同じような事情を抱える本丸には、一律本日告知されました」
「……主のためにことを起こす準備をさせないためか?」

まんばちゃんにしては珍しく冷たく尖った声音で問われれば、畳に額をこすりつけんばかりの態のこんのすけはますます縮こまる。

「さようでございます。申し訳ございませんっ。私がここに来ることを許されなかったのも、そういう事情にございます」
「こんちゃんが決めたことじゃないでしょ。そんなに謝らないでよ。そもそもうちはまんばちゃん以外は知らないんだから、そういう心配はないんだけどね。
それより、万屋への外出許可くらいは貰えるよね? というか、もう鶴丸に行ってきてって言っちゃったんだけど」
「はいっ、それはもちろんでございます。ただ、この後わたくしめが帰りましたら、こちらの本丸からは万屋以外のすべての転送ルートが閉ざされます。最終日にはこの本丸の転送はすべて遮断されますので、御用は明日までにお済ませください」

ふさふさの尻尾をふりふりしながら、こんのすけはメールにも書かれていなかったことを告げる。
この管狐と顔を会わせるのは、これが最後ということだろう。
霊力がなんなのかということすら知らなかった私を、最初からずっとサポートしてくれた。そのこんのすけのクリクリとした瞳が、少し潤んで見える。

「今まで、ありがとう」
「……もっともっとお役に立てたらよかったのですが」
「たくさん助けて貰ったよ。最後はあの手順通りに進めればいいんでしょう? 大丈夫だよ。ちゃんと役目は果たすからね」

◇   ◇   ◇     

  

「菓子を楽しむって顔じゃないな」

午後になって、執務室までお茶とおやつとを持ってきてくれた鶴丸は、私の向かいに腰を下ろして盆を置き開口一番そう言った。

「昼も食べる暇がないなんて、いったい今回はどういう任務なんだ」
「うん……」
「やはり面倒な内容だったんだろう」
「面倒というか」
「政府の命令とやらがどれだけトンチキでも、そう驚かない自信はあるがな。きみの顔をそこまで曇らせるとは、よほどの無理難題か?」

この期に及んで言い出すことを躊躇う私に、特別任務だと決めてかかっている鶴丸は持ってきた菓子を差し出す。
橙色の和紙に包まれているそれは、掌にちょこんと乗りそうなサイズで初めて見るものだ。新商品を見つけて、買ってきてくれたのかもしれない。
受け取ろうと手を差し出しながら、「明後日、この本丸がなくなります、って」と告げると、鶴丸の手から菓子が落ちてころりと畳に転がった。

「なくなるって、それは……」
「戦はおしまい。政府軍の勝利です、これまでありがとね、はい解散!ってこと」

敢えてさばさばと簡略化した言葉を選びながら、畳に落ちたそれを拾い上げ、包みを破ると最中だった。四角いその角をひと口囓れば、小倉餡かと思ったそれは杏餡で爽やかな甘みが広がる。かなり好みだ。
いつもならばあっという間に食べてしまったかもしれないそのひと口を、いつまでも舌の上に転がす。
鶴丸は何も言わない。私もただもそもそと最中を含みながら、普段ならば気にもならない秒針の音を聞いていた。その秒針が、一周か二周か、あるいはもっとまわった頃だろうか。「きみはどうするんだ?」と彼がようやく口を開いた。

「……。みんなは本霊の元に送るよ」
「俺たちのことはいい。きみはその後どうするのかと訊いているんだ」
「そりゃ……もちろん帰るよ」
「そう、だな。そうだよな」
「明日までは、みんなに言わないで。本当なら鶴丸にも言っちゃいけなかったの」
「なのに言ったのか?」
「まんばちゃんが言えって」

本当なら、言いたくなかった。他の誰に話しても、鶴丸には言いたくなかった。
ぎりぎりまで、いつも通りに笑って一緒に過ごしたかった。
でも。

『あんたの為にも早く言っておいた方がいい』

まんばちゃんは、迷いなくそう言い切った。

『あれがあんたの様子がおかしいのに気付かないはずがない。今日一日誤魔化して過ごすつもりか? まさか今日会わずに過ごすと?』

返す言葉もなかった。さすがは初期刀サマだ。私よりも、私のことをよく知っていそうな口ぶりで、『明後日なんてあっという間だ』とダメ押しまでして行った。

「きみの意思じゃないのか」

どこか落胆の透ける声に、けれど私は否定しなかった。だって、言わずに乗り切れるならば、今日くらいは軽口をたたいて、こんな気まずい空気でなくおやつを食べて笑いあって過ごしたかったんだから。

「そうだね。今でも、言わない方がよかったんじゃないかって思ってる。こんなの、楽しい話じゃないからね。でも鶴丸だけじゃなく、早く伝えた方がいいとも思ってる。みんなだって、やっておきたいこともあるだろうし。だからね、明日の朝一番にみんなには言うよ」
「そうか……。きみが言うまで他の誰にも言わなければいいんだな?」
「うん、お願い」

考え込むように再び黙ってしまった鶴丸に「これ、おいしいよ。驚いた。ありがとうね」と精一杯明るい声で言ったはずの言葉も、気まずい空気の中ではただ空虚に響くばかりだった。

  
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