── 綾華にどこまで聞きましたか
そう問われて、咲良はゆるりと首を振る。
どこまで、というほどのことはきっと何も聞いていない。
《凪さんがリネルを作ったとしか聞いてないです》
綴った文字に、凪は溜め息とも安堵ともとれるように小さく息を吐いた。
それから、咲良の文字に目を落としたまま、言葉を選ぶようにぽつぽつと話し出した。
誰もが気軽に言葉をやりとりできる場所を作りたかったこと。
それで楽しいだけでなく、救われる人もいると考えたこと。
凪自身、匿名のネットであればなんの気負いもなく弱音が吐けたこと。
「ただいま、って書き込むと、誰かが「おかえり」って返してくれるのが嬉しかったんだ」
そういうささやかな繋がりのひとつとして、
「笑ってくれていいんだけど」
そう前置いた彼は、段々自分が世界の創造主になったくらいの気持ちになっていってたんだ、と自嘲を浮かべた。
利用者が爆発的に増えていく。
動くお金は巨額になり、誰もが知る企業が提携したいと頭を下げてくる。
「そうするうちに、どんどん自分の言葉が薄っぺらくなっていくのも感じてはいたんだ」
彼の口から聞かされる言葉は、咲良がネットで見た記事に書かれていたことも、まったく知らなかったこともあった。
そうして、彼自身が、
「いい大人が、自分が傷ついてようやく事態の深刻さを本当の意味で実感したなんて情けないんだけど……。咲良さんが
テーブルを挟んで頭をさげる彼に、違う、と思った。その感情は、ネットでたくさんの記事を目にした時にも、咲良の心を波立たせた気持ちと同じだった。
SNSの負の連鎖。
いじめや犯罪の温床になっている。
数々の問題提起は、とてももっともらしくて、頷ける部分がなかったわけじゃない。
それでも。
──彼のせいじゃない。
咲良は迷いながらペンを手にする。どう伝えたら、どんな言葉ならこの気持ちが伝わるだろう。
ぴったりの言葉なんて見つからない。それでも咲良はノートに文字を綴った。
《凪さんのせいじゃないです。
あやまらなくていいんです。》
《車が事故を起こしたって車や道路を作った人のせいじゃないです》
《公園で殺人が起きたって公園を作った人は悪くないのと一緒です》
《リネルに救われた人だって、きっといました》
《私も、救われていましたよ》
慣れないひとり暮らしの寂しさに、現実世界では会ったこともない誰かが寄り添ってくれた。
持て余した野菜の調理方法を教えてもらったり、なんとなくつけていたテレビのことを呟けば、わかる!とでも言うようなリアクションがついたり。
そんなことを必死で綴ると、硬かった凪の表情に少しずついつもの柔らかさが戻る。
あまりに必死で書き綴るから、いつもより乱れた筆跡で読みにくかったはずだ。それなのに、彼は丁寧に文字を追っては小さく頷いた。
その動きを一生懸命見つめる咲良の前で、そっと顔をあげた凪は「ありがとう」と呟いた。
「前に、咲良さんは俺の言葉を魔法だって言ったけれど、俺にとっては咲良さんの言葉の方がよっぽど魔法だよ」
眩しげに目を細めた凪は、もう一度「ありがとう」と口にした。


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