午後の降水確率50%。
降っても降らなくても当たりなんて、なんて狡い天気だ。
降り出す前に──そう思って、咲良は買い物に出た。
デニムに無地の長袖シャツ。手にはキャンパス地のトートバッグ。休みの日にスーパーへ行く時と、たいして変わらない格好だ。
せっかくの誕生日にといっても、特別な予定があるわけじゃない。それでも、どうせなら晴れてくれたらよかったのに、と思う。
『蒼い森』は木曜が定休日。今年はちょうど誕生日と重なった。
いっそ、いつも通り仕事だったほうが気が紛れたかもしれない。
家を出る時には、ケーキをいくつも買おうと思っていた。
けれど、こうして外に出てみると、そんな気持ちはどこかへ消えていた。
広場では、今にも降り出しそうな空の下、ナギがパフォーマンスをしている。
そういえば、じっくり見たことはなかった。
咲良は、彼からは少し離れたベンチに腰を下ろした。
彼は今日も、音もなく世界を紡いでいる。
ナギの包んだ両手から、小さな生き物が生まれる。
それは遠くに行きたがり、彼はそれを繋ぎ止めようと必死だ。
見えない糸を手繰り寄せ、張り詰めた糸を慎重に巻き戻していく。
そんなナギとは裏腹に、足を緩める人はいても、立ち止まる人はほとんどいない。
どこにも届かない言葉のようだ、と咲良は思った。
胸の奥では波紋が広がるのに、外には出ていかない。
──それでも、いいのかもしれない。
ふと、鼻先に差し出されたカンパニュラに咲良は我に返る。
視線の先、少し上には、狐面が小首を傾げていた。
差し出されたピンクのカンパニュラは、昨日ナギが迷いに迷って選んだ花だ。
釣り鐘のような花が連なり、可愛らしい音を奏でそうで、咲良の好きな花だった。
けれど、まさか自分に差し出されるとは思わなかった。
おずおずと受け取ると、ナギは恭しく、マリオネットのようにお辞儀をした。
咲良もつられて、ぺこりと頭を下げる。
顔を上げると、ナギが面を外しながら「これだと、キャッチアンドリリースですね」とおどけて笑った。
咲良も思わず笑みを返すと、彼はほっとしたように目を和ませた。
「伊藤さんは、花が似合いますね」
さらりとしたそのひと言に、咲良の身体が固まった。
花が、似合う。
そんな風に言われたのは、生まれて初めてだった。
言葉の意味が胸に届いた瞬間、頬がじんわりと熱を帯びる。
冬の名残を抱えた胸の奥に、小さなぬくもりが灯った。
お世辞だとしても素直に嬉しかった。
咲良はスマホを取り出し、指先で文字を打つ。
《ありがとうございます。嬉しい誕生日になりました》
「え……誕生日なんですか? じゃあ、これからお出かけですか?」
”誕生日のお出かけ”とはほど遠い格好だと自覚して、咲良は恥ずかしさに目を伏せ、、そっと首を振った。
少し考え込んでから、ナギが口を開いた。
「よかったら、このあと、ご飯でもどうですか?」
不意の誘いに、咲良の心臓がトクンと跳ねた。
曇り空のはずなのに、世界が少しだけ明るくなった気がした。


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