File.18 うさぎのまほうはとけません

 本気を出した。
 そう感じるほどに、送電を奪い返される速度が上がった。
 目的に気づかれたようで、車間距離が思うように開かない。
 
 獲りにいくべきかな。
 
 モノレールの制御権を取り返す方に作戦を切り替えるべきか、一瞬迷う。
 時刻は11:41。残り20分をきっている。
 ここまでで感じた犯人の実力を思えば、二車両同時の奪還を目指すのは、間に合わない可能性のほうが高い。
 
 ならば。
 
「鬼ごっこ、しよっか」
 
 透子は両手のリストバンドを外して床に落とす。

「透子」
 
 咎める千彰の声にも返事をしない。

 リストバンド数ミリの厚さが煩わしく感じるほど、ここからはコンマ0.1秒を先んじていく戦いだ。
 
 犯人はおそらく送電施設EとFのオンオフを反転させながら、モノレールの車間距離を詰めることに注視しているはずだ。
 透子はEとFへの干渉を続けながら、予備電源施設Gにアクセスする。
 犯人に気取られないように監視の網をすり抜ける。
 やはり重要視はしていなかったようだが、トラップだけはいくつも仕掛けられていた。
 時間がない。
 それでも慎重に、トラップそのものに干渉して、Gのプログラムを書き換えていく。

 予備電源施設Gは、モノレールの工事や災害時に使うなど、普段の運行とは違う特別な運用を想定している。
 そのため、この施設ではモノレールを徐行する程度の電力だけが供給可能となっている。Gのみの利用では、二編成をトップスピードで走らせるどころか、充分な加速もおぼつかないはずだ。
 
 透子が施設CとDの制御を奪った時、犯人はGを利用しようとはしなかった。
 Gについて、正しく把握しているがゆえに、除外しているのだろう。
 それを、逆手にとる。
 
 モーターに負荷をかけ続けてきたのは、ちょうど後続の編成だ。
 もしも途中でこれが焼き切れたなら、前を走る車両の制御に注力してもいい。
 
 いくつかのプランを想定しながら、時刻を確認する。 
 残り5分。
 
 最後の勝負だ。
 
 
 
 ◇   ◇   ◇
 
 
「えー、なに、うさぎちゃん、防戦一方じゃん。これじゃあ負け確定だよ?」
 
 問いかけは届くはずもない。
 悠長な問いかけとは裏腹に、キーボードを叩く指先は加速していく。
 ふたつの電源施設の主導権を取り返しながら、モノレールを加速させていく。
 
 そろそろフィナーレが近い。
 
「もう少し楽しませてくれると思ったのになぁ……」

 二編成の車間距離を少しだけ開いていく。
 トップスピードまで引き上げる。そのまま12時調度に追突させてやれば、レールをはずれたそれらは、空へと放り出される算段だ。
 
 残り5分。

「え……」
 
 ふいにモノレールが減速した。
 またモーターがいかれたのか。そう考えてモニターに視線を走らせても、異常を知らせるランプは点灯していない。
 ハッとして確認すれば、モノレールの送電はすべて施設Gのみが担っていた。
 
 充分な数のトラップを仕掛け、Gに干渉してきたならば即座に対応できるようにしていたはずだ。
 
 軽口を叩くのも忘れて、全力でGの送電を外しにかかる。
 外した端から書き換えられていく。
 いたちごっこのようなやりとりに、どんどん時間が削られていく。
 
 目の前のモニタでカウントダウンが始まった。
 5・4・3……

《The ball is over》
 
 
 
◇   ◇   ◇
 
 
 
「残り一分!」
 
 千彰が声をあげる。
 透子はキーを叩き続ける。手首が焼けるように熱い。けれども、手を止めるわけにはいかない。
 
 やがて、モノレールが徐々に減速していく。少なくとももう脱線の心配はない。
 Gの排除に必死になっているであろう隙をついて、CとDの主導権を奪い返す。

「CD切ってっ!」
 
 鋭い声がコンクリの壁に反響した。
 
「切断完了! タイムアップだ」
 
 安堵の滲む声に脱力しかけた途端、「馬鹿がっ」と担ぎ上げられた。
 
「ちょ、ちーちゃん?」
 
 トイレに連れて行かれ、下ろされたと思った途端強く腕を取られた。
 
「すぐ冷やせ」
 
 短く告げて、蛇口をひねる。
 透子の手首は、赤く熱を帯びていた。
 
 
 
◇   ◇   ◇
 
 
 
《The ball is over》
 
 画面の文字が虚しく躍る。
 12:00ジャスト。設定しておいた通りに。
 
「ちぇー、つまんないのー」
 
 脱力して椅子の背もたれに背を預ける。

「やるじゃん。うさぎちゃん」

 上部のモニターでは、のろのろと走るモノレールが映し出されている。
 退屈でつまらない光景だ。

「でもさ、本命は電車ごっこじゃないんだよねぇ」

 再びキーボードを高速でたたき始めた男は、にやりと口に端を引き上げた。
 
「安心しておててがお留守になってるのかな。かわいいね」
 
 暗い部屋に、男の声だけが響く。

「やっぱりきみが脱兎だった。……ね? モネちゃん」

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