
本気を出した。
そう感じるほどに、送電を奪い返される速度が上がった。
目的に気づかれたようで、車間距離が思うように開かない。
獲りにいくべきかな。
モノレールの制御権を取り返す方に作戦を切り替えるべきか、一瞬迷う。
時刻は11:41。残り20分をきっている。
ここまでで感じた犯人の実力を思えば、二車両同時の奪還を目指すのは、間に合わない可能性のほうが高い。
ならば。
「鬼ごっこ、しよっか」
透子は両手のリストバンドを外して床に落とす。
「透子」
咎める千彰の声にも返事をしない。
リストバンド数ミリの厚さが煩わしく感じるほど、ここからはコンマ0.1秒を先んじていく戦いだ。
犯人はおそらく送電施設EとFのオンオフを反転させながら、モノレールの車間距離を詰めることに注視しているはずだ。
透子はEとFへの干渉を続けながら、予備電源施設Gにアクセスする。
犯人に気取られないように監視の網をすり抜ける。
やはり重要視はしていなかったようだが、トラップだけはいくつも仕掛けられていた。
時間がない。
それでも慎重に、トラップそのものに干渉して、Gのプログラムを書き換えていく。
予備電源施設Gは、モノレールの工事や災害時に使うなど、普段の運行とは違う特別な運用を想定している。
そのため、この施設ではモノレールを徐行する程度の電力だけが供給可能となっている。Gのみの利用では、二編成をトップスピードで走らせるどころか、充分な加速もおぼつかないはずだ。
透子が施設CとDの制御を奪った時、犯人はGを利用しようとはしなかった。
Gについて、正しく把握しているがゆえに、除外しているのだろう。
それを、逆手にとる。
モーターに負荷をかけ続けてきたのは、ちょうど後続の編成だ。
もしも途中でこれが焼き切れたなら、前を走る車両の制御に注力してもいい。
いくつかのプランを想定しながら、時刻を確認する。
残り5分。
最後の勝負だ。
◇ ◇ ◇
「えー、なに、うさぎちゃん、防戦一方じゃん。これじゃあ負け確定だよ?」
問いかけは届くはずもない。
悠長な問いかけとは裏腹に、キーボードを叩く指先は加速していく。
ふたつの電源施設の主導権を取り返しながら、モノレールを加速させていく。
そろそろフィナーレが近い。
「もう少し楽しませてくれると思ったのになぁ……」
二編成の車間距離を少しだけ開いていく。
トップスピードまで引き上げる。そのまま12時調度に追突させてやれば、レールをはずれたそれらは、空へと放り出される算段だ。
残り5分。
「え……」
ふいにモノレールが減速した。
またモーターがいかれたのか。そう考えてモニターに視線を走らせても、異常を知らせるランプは点灯していない。
ハッとして確認すれば、モノレールの送電はすべて施設Gのみが担っていた。
充分な数のトラップを仕掛け、Gに干渉してきたならば即座に対応できるようにしていたはずだ。
軽口を叩くのも忘れて、全力でGの送電を外しにかかる。
外した端から書き換えられていく。
いたちごっこのようなやりとりに、どんどん時間が削られていく。
目の前のモニタでカウントダウンが始まった。
5・4・3……
《The ball is over》
◇ ◇ ◇
「残り一分!」
千彰が声をあげる。
透子はキーを叩き続ける。手首が焼けるように熱い。けれども、手を止めるわけにはいかない。
やがて、モノレールが徐々に減速していく。少なくとももう脱線の心配はない。
Gの排除に必死になっているであろう隙をついて、CとDの主導権を奪い返す。
「CD切ってっ!」
鋭い声がコンクリの壁に反響した。
「切断完了! タイムアップだ」
安堵の滲む声に脱力しかけた途端、「馬鹿がっ」と担ぎ上げられた。
「ちょ、ちーちゃん?」
トイレに連れて行かれ、下ろされたと思った途端強く腕を取られた。
「すぐ冷やせ」
短く告げて、蛇口をひねる。
透子の手首は、赤く熱を帯びていた。
◇ ◇ ◇
《The ball is over》
画面の文字が虚しく躍る。
12:00ジャスト。設定しておいた通りに。
「ちぇー、つまんないのー」
脱力して椅子の背もたれに背を預ける。
「やるじゃん。うさぎちゃん」
上部のモニターでは、のろのろと走るモノレールが映し出されている。
退屈でつまらない光景だ。
「でもさ、本命は電車ごっこじゃないんだよねぇ」
再びキーボードを高速でたたき始めた男は、にやりと口に端を引き上げた。
「安心しておててがお留守になってるのかな。かわいいね」
暗い部屋に、男の声だけが響く。
「やっぱりきみが脱兎だった。……ね? モネちゃん」


