
「シンデレラ……12時……」
コードを書き上げた透子から呟きが漏れる。
「12時までは脱線も衝突もさせないってことだよね、たぶん」
「そうねぇ。いちいち演出に拘ってそうなところは典型的な劇場型にも見えるし、あのカウントダウンがブラフとは考えにくいわね」
「だよね」
モノレールは円の中を、各二編成が走っている。
内側、外側ともに電源供給は四区分。
送電施設は六つ。
内側がA・B・C・D。
外側がC・D・E・F。
更に、予備施設がひとつ──G。
同じレール上にある電源、例えばCが落ちても、他の三つでカバーができるような仕組みだ。
モノレールそのものの制御権奪還を目指すよりも、電源供給を断つ方が早い。
とはいえ、犯人がそこをおさえていないはずがない。
「ちーちゃん、電源供給してる送電システムは当然落とせないんだよね?」
「そうね。そこも制御不能だそうよ」
ならば──力ずくで奪い返す。
問題は、電源供給を奪取すれば済むという話ではない。
一時電源を落としても、モノレールそのもののブレーキ周りを抑えられていれば、非常ブレーキは作動しない。二編成の車間距離が充分でなければ、惰性で走り続け、衝突は避けられない。
車間距離の制御や、惰性で走る距離を減らすための減速。それらの両立が必須となる。
「どうしよっかな」
犯人は、おそらくモノレールの制御権を取りに来ると踏んでいるはず。
これはきっとそういうゲームだ。
でも。
「……壊すのがいっか」
相手の掌にのってやるいわれはない。
ロジックを追加して、息を吐く。
時刻は10時46分。
透子は姿勢を整えると、「まずはCとDを返してもらうよ」と呟いた。
気づかれる前に。素早く。脱兎の得意とするところだ。
ぎりぎりまで気取られない手順とルートを探る。
送電施設CとDは内外両方のレールで半分の電源供給を担っている。
ここを制御できれば、実質的に制御すべき施設を半分に減らすことができる。
「……正面から来ると思ってたの?」
透子は見つけたルートから全力で侵入すると、相手が追いつくよりも早くトラップを書き換えていく。一度奪還しても、相手に奪い返されたら意味がない。
「ちーちゃんっ、3分後にアクセスできるようになるから、C、Dへの送電とシステムをシャットダウンっ! ネットワークも殺して」
これで意識すべき施設を減らせる。透子の指示に素早く反応した千彰が携帯でどこかへ指示を伝える。
間もなく、CとDからの供給は止まったが、すぐに他の施設からのバックアップを連携され、モノレールは走り続けた。
◇ ◇ ◇
「えらいえらい、ちゃんと気づけたね。せっかく裏口を開けといてあげたんだからさ」
口角をあげた男は、キーボードから手を離すと、ぱちぱちと手を叩いた。
「このくらいはハンデつけてあげないとね。……で、そろそろ取りに来る?」
マグカップに入れたココアを口に含むと、男は再びキーを叩き始めた。
◇ ◇ ◇
「さて、ここからが本番だよ」
この方法は、恐らく乗客にもある程度の負荷がかかる。
それを思うと、透子の指先がほんの少し迷った。
「内側車間距離1キロを切った。さっきからすれすれまで近づけては離してる。遊んでるとしか思えないわね」
千彰の声に、透子は深く息を吐いた。
モノレールの制御権の奪い合いは、四編成同時に奪取できなければ意味がない。それはあまりにリスキーだ。
ならば、この方法が最善だ。
意を決した透子は、力強くキーを叩いていく。
レールの電源供給は、CとDを落とした今、内外それぞれふたつだ。
内側がAとB。
外側がEとF。
送電施設の主導権を奪っては素早くオンオフを繰り返す。
そうすることで、犯人のモノレールの指示を相殺し、少しずつ速度を削っていく。
言ってしまえばそれだけの作業ではあるが、これをすべての区間で四編成すべてに仕掛けていくのはなかなかに骨が折れる。
完治したとまではいかない手首が悲鳴をあげる。その痛みを黙殺できるほどに、深く集中していく。
電源のオンオフを繰り返す。主導権を奪われる。違う施設でオンオフを繰り返す。再び主導権を奪われる。
「しつっこいな!」
犯人の対応も透子と五分五分だ。思うほどには速度を削れない。それでも、車間距離は徐々に半周の距離へと開いていく。
準備が、整った。
◇ ◇ ◇
「なんだ、随分つまらない作戦を選んだじゃん」
男は鼻白んだ声で、キーを高速で叩いていく。
「直接やりあおうよ。そのほうが絶対楽しいって」
少しずつ削られていくモノレールの速度を、脱線しないギリギリまで引き上げる。
「さ、これでどう?」
速度を落としたはずのモノレールがグンと加速し出した。
◇ ◇ ◇
「あら、90キロまであげてきたわね」
「これを待ってた!」
車間距離は開いている。
しかも、速度を削り続けたのは、実際のところ、内外それぞれ一編成のほうだけだ。
もう一編成にはさして負荷はかけていない。追いかける側の編成にのみ、通常ではありえない負荷をかけ続けた。
ここにきて、一気に加速するモーターに、再び電力のオンオフを仕掛けたらどうなるか。
「モーターはそこまで頑丈じゃないって知らないの?」
軽口を叩きながら、時計に視線を走らせる。
11時27分。
犯人のゲームルールを信じるならば、まだ今じゃない。
透子は、いったんEとFの送電施設を無視して、内側の送電施設AとBに集中する。
AとB両方でオンオフを繰り返しながら、制御権を取りに行く。
先ほどのCとDほどあっさり手放してはくれないが、まだ衝突も脱線もさせたくはない犯人のほうが、この場合は不利だ。
「ちーちゃんっ、指示したらすぐに殺せるように準備してっ!」
「オッケー!」
犯人の加速の指示と、透子の電源制御がせめぎ合う。
ふいに、車間距離を詰めていた内側の一編成の速度が落ちていく。
異様な電力供給と加減速。それを幾度も繰り返し、ついにモーターが音を上げて焼き切れた。
「AB止めてっ!!」
「了解」
◇ ◇ ◇
「……は?」
思わずキーを打つ手が止まった。
内側の一編成が減速していく。
次の瞬間、内側の送電施設から締め出されたことに気づく。
キーを叩いても、もう内側のモノレールが言うことを聞くことはなかった。
「なるほどね」
にやりと、さも楽しそうに笑う男は「おっけー、いいよ。そのルール乗ってあげる」と軽やかに答えた。
「きみがどんなにがんばったって、かぼちゃの馬車は消えるんだよ?」
男の──三月ウサギの声はどこまでも愉しげだった。


