ハッピー神隠しライフのススメ

八千穂さんのオフ本『第1回鶴さに座談会』(18/11/24発行)にゲスト参加させていただいたお話しのweb再録になります。


「ついに?」

ああ、と頷いた男は「長かった」と喜びを噛みしめるように呟いた。
長かろうとも短かろうとも、とにもかくにも審神者と晴れて番になれた。
それだけで周囲から向けられるのは羨望の眼差しだ。

「それで?隠すのか?」

ゴクリと喉を鳴らして尋ねたのは、審神者と手を繋ぐことが出来たと報告していた鶴丸だ。

よくよく聞けば転んだ拍子に手をとってやっただけのことではあったが、ウブな性質の分霊にとってはそれだけで胸の高鳴る出来事だったらしい。


「俺としては急ぐつもりもないんだが……。そもそも神隠しなどといえばそれだけで怯えさせかねんからなあ」

広場では午後の部の演練が始まったばかり。
多くの注目は今まさに行われている戦いに向けられてはいるが、いかに会場の隅とはいえ白い男が十人たらず集まっていれば悪目立ちするというものだ。

多くの『鶴丸国永』の持つ気質のお陰で、また何か人を驚かせる相談でもしているんじゃないかと思われるのはいい隠れ蓑にはなるが、会話に「隠す」などという単語が混じれば警戒を伴った耳目を集めかねない。

彼らはますます顔を寄せ合い、潜めた声音で話を続けた。

「そこだよなァ。神隠しが怖いと誤解されているのがまず問題だ」

袂の中で腕を組んで深く頷いた鶴丸は、まだ主に告白すらもしてない。
なぜか一期一振との仲を疑われ、一期と一緒にいるだけで彼女に生温かい視線を向けられるのだとため息をついていたのは前回の演練で顔を合わせた時だったか。

「なんでそう恐れるんだか。外つ国に引っ越すのとそう変わらんだろうになあ」

現世から隔離され、人の世の時間の流れからも切り離されることを唯人が怖いと思うのは当然のことだ。
しかし、残念ながら今ここにはそれについて指摘する者はない。
彼らにしてみれば、そこは審神者を愛おしく思う自身とのふたりきりの極楽のような場所だ。

人の子の儚き時間の流れからすらも隔離し、永劫の時間共に在るための真っ当な手段でしかない。
その手段を行使するかはさておき、恐れるようなものではないと思っている。

「神が隠すなんていう名前がいけないんじゃないか?」

「だが古来から神隠しは神隠しだろう」

「もっとこう、彼女たちに馴染みのある横文字を使って楽しげな雰囲気を演出したらどうだろう?」

各々が、たのしげ、たのしげ……と口の中で呟く。

「神……ごっど……」

「うきうきわくわく」

「はっぴー」

「らっきー」

「えもい」

「待ってくれ。なんだ、その『えもい』というのは。萌えの類語か何かか」

足元やら空やらに視線をやっては各々が思いつく単語をあげるうち、耳馴染みのない言葉に声が上がる。

「俺もそう思って尋ねてみたんだが、主自身説明できなくてな」

「説明出来ない言葉を使っているとは、とんちきな話だな」

けらけらと笑う男の隣で、同じ鶴丸国永が「俺も聞いたことがないな」と首を傾げる。

「そもそも俺の主は横文字をあまり使わん」

「そりゃ、江戸の終わりから連れられてきた若君では馴染みがないだろうな。いわゆる現世の若者言葉というやつだ」

「そうだな。いっとき俺の主もよく使っていた。ま、『をかし』と同じだと思っときゃ間違いない」

「なるほど。それは汎用性があっていいな」

真面目な顔で言語について語らっているようにも見えるが、その目的は主を唆し……いや、だまくらかし……違う、恐怖心をぬぐい去って楽しくふたりきりの生活に突入したいという実に欲望に忠実に目的を遂行しようという話し合いだ。

「おっと、すまん。俺はそろそろ刻限のようだ」

「なあ、もっとこうじっくり時間を作って、人目のない場所に集まって話し合わないか」

「神隠しについてか?」

「それもあるが……鶴さにの素晴らしさをいかにして主に説くかについてだ」

もう五年も主に片想いしている男は、掌をぎゅうと握りしめて噛みしめるように口にする。

「なるほど。ならば既に主とそういう仲になっている奴らの手管もいろいろ聞いてみたいところだ。俺も知り合いに声をかけてみよう」

「確かに。先達の言は大事だな」

かくして、鶴さに座談会開催とあいなった。


◇ ◇ ◇ ◇

「えーと、鶴丸さん。これはいったい?」

渡された書類の表紙に踊るポップでカラフルな文字に、思わず眉を寄せて尋ねる。
午前中、万屋辺りを散策してくると言って本丸を出て行った男は、午後には自室に籠もりきりだった。

非番の日には大抵退屈だのなんだのと言っては審神者の傍から離れない彼にしては珍しいと思っていたら、夕食後に紙の束を携えて寝室へとやって来た。
障子を引いて、押しつけるように書類を差し出しながら、なぜかそのままじりじりと壁際に追い込まれる。

常とは違う真剣な表情に気圧されて後ずさるも、ついに背中は押し入れによって阻まれた。

緊張しながら、金色の双眸を窺えば、ふいに弧を描いて空気が緩む。

「かべどん、というのだろう? どうだ? どきどきしたか?」

「壁ドン……」

子犬がぱたぱたと尻尾を振るような笑みに、肩の力がゆるりと抜けて息を吐く。
いつもの彼の笑顔だ。

鶴丸国永といえば明朗闊達、飄々としつつも頼りになる年長者という評が多い。
しかしながら、この本丸の鶴丸は頼りになる年長者というよりは、せいぜい審神者に大層甘いお兄ちゃんといった態だ。

そんな男と恋仲になったのは半年前のこと。赤い顔でかき口説かれて、つい絆された。
褥での雄らしさの割に、年下のような可愛らしさも見せる男に、今では審神者の方も愛しさを感じている。つまり、至極真っ当な恋人関係を築いていた。

「座ってくれ」

彼女の柔い手をとって座らせた男は、「読んでくれないか」と書類を指し示した。
相変わらずぱたぱたと尻尾が揺れているような笑みは、何かを期待しているようにも見える。

「これは?」

「ぷれぜん資料だ」

「プレゼン」

鸚鵡返しに口にすると、こくりと頷いた鶴丸は「きみを隠したいと思ってな」と不穏な発言には似つかわしくない浮かれた声音で答えた。

「かっ、う、え……かく、隠すって」

改めて表紙に目を落とせば、丸っこいパステルカラーのローマ字は確かに神隠しと綴られていた。

「ああ、そんな不安そうな顔をしないでくれ。きみの同意なしにどうこうするつもりはない。ただ、どうも神隠しに誤解があるようだからな。俺はぜひともそれを解きたい」

そう言って、まるで新人の営業マンのようにまっすぐな熱心さで鶴丸は神域が全く恐れるような場所ではないということを語り出した。

「ネズミーランドエリア?あるの?神域に?」

「ある、というか、作る。娯楽施設は重要だからな。俺ときみの貸し切りで遊べるぜ」

あのネズミーを貸し切りにする光景を思い描いてみる。
楽しそうではあるけれど、あれは大勢の人たちがはしゃいでいる雰囲気もセットでこそ気持ちが盛り上がるんじゃないだろうか。

「作るって……鶴丸ネズミーに行きたかったの?だったら今度の現世休暇で行く?」

書類から顔を上げて小首を傾げると、端正な顔はなんてこと言うのだと言わんばかりに顰めれた。

「駄目だ。あそこに恋仲同士が行くと、永遠の別れが待っているらしいじゃないか」

「はは、あるね、そういう迷信」

「迷信、なあ。きみは迷信は怖くないのか?」

「まあ、そうだね。怖くないよ」

「だったら隠させてくれ」

ドウシテソウナッタ?

流れについていけずに凝視すると、鶴丸は不思議そうに小首を傾げる。どこか幼いその仕草が可愛らしくて、思わず笑いが漏れた。

「神隠しが怖いってのも迷信だろう?」

「怖いっていうか……だってね、鶴丸さん。私はほら、今審神者やってるし。この本丸を放り出して行くわけにはいかないし」

「それなら問題ない。俺の神域に住んでくれるなら、きみが望む時にはこの本丸に連れてきてやるさ」

「え? そんな自由に行き来できるの? 普通神隠しって連れ去られたらそれっきり戻って来れないんじゃない?」

「ふはっ、だから誤解を解きたいと言ったのさ。もちろんきみ一人で好きに行き来させてやることは出来ないが、俺が一緒ならこの本丸には連れて来てやれる」

なんだかひどく都合がいい。審神者知ってる。
うまい話には罠がある。
そう考える程度には、この本丸の審神者はいたいけな小娘ではなかった。

「この本丸だけじゃ困るよ。政府の招集で会議に出席しなくちゃいけないこともあるんだし」

「もちろん。きみが審神者である間は、御役目優先で構わないぜ?」

「それって現世にも連れて行ってくれるってこと?」

「ああ。審神者の任務がある時限定だがな。ついでに言っておくと、そこにも書いてある通り『わいふぁい』とやらも用意するから安心してくれ」

「ワイファイって……え、神域って電波くるの?」

「それできみの不安がなくなるというなら、さにったーも繋がるようにしてやるさ。俺もきみのことはふぉろーしているしな」

ぷりんはおいしかったか?と先ほどツイートしたばかりのことを口にされ、審神者は小さく呻く。

待って欲しい。フォローしてるってなんだ。
あの多くもないフォロワーの中のどれが鶴丸のアカウントだというのだろう。
見られてマズいツイートをこれまでしたことはなかっただろうかと記憶を辿っていると、「なんだ、気付かなかったのか。本丸の全員、きみのふぉろわーだぜ」と更なる爆弾が投下される。

「うえぇっ!?」

ということは、ひとりを除いて全員うちの刀剣男士……。

「あぁ、こんのすけもだったな」

フォロワー全員関係者です。アリガトウゴザイマシタ。

こんのすけだけはわかる気がする。揚げ子さんがそうだな。
書類の締め切り一日くらい過ぎてもいいかって呟いたら、

”ダメ!絶対!がんばりましょう!”

ってすかさずリプが来て真面目な人だなって思ってたし、そういえばどこかに出掛ける度にご当地いなり寿司を食べるのが趣味だって言ってたっけ。

待ってまって。

だったら日本の雅を愛するやたら綺麗な写真をアップしまくってた歌麻呂さんは歌仙さん?

野菜の成長を喜んでたダッティーさんは農家の人でなく光忠さんだったりする?

ぐるぐるとフォロワーの正体について答えあわせを始めた審神者の脳内の忙しさをよそに、鶴丸はまるで時代劇の某印籠のように懐から取り出したものをかざして見せた。

「それ!SaniPhoneX!」

「最新型だぜ。驚いたか?」

差し出されたそれを両手で恭しく受け取る。
台数限定で、予約をしても半年先まで手に入らないというレアな代物だ。

「知り合いに、政府所属の分霊がいてな。手に入った」

「すごい」

「ちなみに、かすたまいず済みだから俺の神域とこの本丸でしか使えない。今なら神隠し先着一名にもれなくこのSaniPhoneXがついてくる。どうだ、お得だろう?」

まるで通販番組のように悪戯めいた口調で言った鶴丸は「そうは言っても不安だろうからな。まずは一度見学に来ないか?翌日にはこの本丸に連れ帰ると約束する」と言を継いだ。
だからいいだろう?と訴える眼差しは散歩を待ち構える犬のように期待に輝いている。
邪気のない可愛らしいおねだりのようなそれに、審神者はつい頷いた。
とりあえず、一日だけだからね、と。

神域は鶴丸がプレゼンした通り、少しも怖い場所ではなかった。

入り口だけは霧がたちこめ、幾つもの朱塗りの鳥居が連なるいかにもな場所ではあったけれど、そこを通り抜けてしまえば本丸をコンパクトにしたような、なんというか長閑な田舎の一軒家が現れた。
中に入れば明るく綺麗で、台所には食器洗浄機やオーブンレンジなどが並んでいる。和室もあればフローリングの洋室もあった。
広いお風呂がジャグジーだったのはかなりポイントが高かった。
それなりに大きな庭には本丸同様に池があり、その奥には来た時に見たのとは違う真っ白な石の鳥居があった。鶴丸と共にそこをくぐると、ネズミーランドもどきに行けたり、万屋界隈によく似た商店街に行くことも出来た。

食事はおいしい、好きな本やゲーム、服、なんでも手に入るし、なんの不自由もない場所で、鶴丸も終始機嫌よく笑っている。
そうして約束通り、翌日には本丸にも戻って来られたのを確かめた審神者は、神隠しを了承したのだった。

◇ ◇ ◇ ◇

「ついに?」

「ああ、隠した」

座談会の参加者を見渡した鶴丸は、にんまりと満足げに口の端を引き上げる。

「だが、主の好きな時に本丸に連れ帰っていては、それは単なる別宅なんじゃないか?」

「確かに主が望めばいつでも本丸に連れて行くと約束はしたがな。翌日に連れ帰ると約束したのは最初の一度だけだ」

男は彼女が望めばいつでも本丸へと連れ帰った。
けれど、それがいつの本丸なのかは彼女は気付かなかった。
始めは一週間後に。

次には一年後に。徐々に間隔をあけても、幸せそうに笑う主に仲間は何も言わなかった。
神域に一度でも足を踏み入れしまった人の子だったモノを今更元には戻せないのだということを、誰もが正しく理解していたからだ。
彼女以外は。

こんのすけからの連絡は繋がらないように『かすたまいず』したし、そうやって過ごすにうちに政府からの遣いもついには途絶えた。

「というわけで、俺がこの座談会に参加するのはこれが最後になる」

千の齢を数える付喪の神は、更なる百年を越え審神者に向けたのと同じように邪気のない笑みを浮かべた

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