Make the master blessed 【R-18】

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18才未満の方は閲覧をご遠慮ください

*こちらは2018年にアンソロに寄稿したものとなります

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「さて、と」
 
 言葉の先を選びあぐねたのか、ゆるりと息が吐き出された。その微かな音にまで自分への呆れが滲んでいるように思え、いたたまれなさに肩を窄める。
 上目遣いに窺えば、胡座をかいた鶴丸は困惑を浮かべたまま畳を見つめ、己の顎をつまむように指先で撫でている。
 もう後は寝るばかりだからか、彼が纏うのは内番着とは違う黒地に紺鼠の矢絣の単衣だ。少しはだけた濡羽色からのぞく鎖骨や胸元からは、常とは違う色気が漂う。
 
 黒もいいなぁ。格好いい。次に着せ替え用を買うなら黒にしようか。
  
 ――……っと、今はそれどころじゃない。
 
 逃避しそうになる思考を引き摺り戻しながら、神妙に口元を引き結ぶ。
 母屋とそう離れてはいないこの小さな平屋は、私が寝に帰るだけのプライベートスペースで。だから刀剣男士の誰かがこの部屋に座しているというのは本当に珍しい。ましてや寝る前のこんな時間に誰かが居るなんて、初めてのことかもしれない。
 引出箪笥とクローゼットがあるだけの八畳間。襖向こうの続き間には既に布団が敷いてある。そんな夜の離れにふたりきり。といえば艶めいて聞こえなくもないけれど、まったくもって色っぽい状況ではない。
 そもそも、ふたりきりじゃない。いや、ふたりきりだけどそう思えないほどに確かな存在感をもってこの場の空気を重く占拠している元凶が、部屋の片隅に横たわっている。
 その名はNeoTsurumara -Ⅱネオツルマラーツー。等身大鶴丸人形だ。
 さらりとした銀糸の髪、薄く引き締まった唇。今は瞼に隠されている琥珀色の瞳。眠り姫ならぬ白皙の美丈夫は、濃鼠色の単衣を纏う体躯はもちろん、華奢に見える細腕も、はだけた裾からのぞくすらりとのびた白い脚も、何から何まで言い逃れしようがないほどに『鶴丸国永』生き写しのなりをしている。
 その『彼』を微妙に視界の端に映しながら、互いに何を言っていいのかもわからず向き合っている。
 鶴丸にしてみれば、一応は主の、その実ただ己を顕現しただけという女の部屋に己を模した等身大人形があった。それだけで、どんびき案件だろう。
 
「あー……その、なんだ」
 
 困惑が透ける声が聞こえたのと、ウィーン、と電子音が響いたのはほぼ同時。ばっと顔を上げて、横たわる『彼』を見れば瞼が開いていた。
 この先のことを思って短く息を呑み、咄嗟に腰を浮かせる。
 やばい。止めなくては!
 そう思うものの、アレを彼の前でやる勇気もなく、中途半端な姿勢で固まってしまう。
「どうした」
 
 何事かと同じように身構え腰を浮かせた鶴丸の声も耳に入らない。
 なんでなんで。ちゃんとMara-suyaスリープモードにしてたはずなのに。なんで動いちゃうわけ?
 そんななんでの連呼虚しく、ウィーンと二度目の無常な合図の後はウィンウィンウィンとその動きを告げる音が響き渡る。
 
「鶴丸っ、あのねっ」
 
 呼び掛けた声はやけに上擦り、間の抜けた響きになってしまった。それでも、金色の眼差しをこちらに呼び戻せるような効果はなかったようで、鶴丸の視線はそこに釘付けになっている。
 
 『彼』は着物を着ているから大丈夫。な、ワケもない。はだけた股間の合わせからはツルマルのつるまるがこんにちはして、上に下にと揺れ動き存分に存在をアピールしていた。
 やはり褌をつけて固定しておくべきだった。褌のつけ方がよくわからなくて断念したけれど、せめてパンツくらい穿かせていればむき出しでこんにちはせずに済んだのに。そんな後悔先に立たず。
 恐る恐る鶴丸の表情を窺えば、眉を顰めてその動きを凝視している。
 渋面でも少しも損なわれることのない端正な横顔が、からくり人形のようなぎこちなさでこちらに向けられ、慌てて視線を逃がして俯く。往生際が悪いとわかってはいるけれど、侮蔑に染まった眼差しを正面切って受け止めるなんてとても耐えられそうにない。
「説明して貰おうか。主殿」
 
 耳に響いたのは、聞いたこともない低くざらりとした声音だった。
 
 
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
 
 
 
 ことの起こりは三ヶ月前。紅葉が色づき始めた頃のこと。
 検非違使発生の傾向と対策を共有する。
 なんていうのは名目で。年度の半分を越えたタイミングでの各エリアごとの目標値達成状況と、それに対する審神者への尻たたきの為に政府の施設に集められた時のことだった。
 基本的に審神者が一堂に会すことはほとんどない。それはもちろん時間遡行軍に備えてのことで、会議が行われているこの瞬間にもどこかの本丸の刀剣は歴史改変を防ぐ為に戦っている。加えて、襲撃による審神者大量死のリスクを分散する為でもある。
 今回の会議は、相模国と大和国の半数ずつの審神者が集められていた。
 以前はもっと大規模な会議を行うのが当たり前だったようだけれど、敵襲により多くの審神者を喪った経験から小分けで集められるのが常となったらしい。
 それならいっそ呼び集めたりせずに各々が本丸に居るままのモニタ越しの会議でいいような気もするけれど、主が本丸を離れている隙にブラック本丸の刀剣を保護したり、抜き打ちの監査をしたり、会議場で審神者自身の霊力をスクリーニングしたりとそれなりに意味もあるようだ。
 なにより、普段本丸を出ることが許されない審神者の、貴重な外出の機会でもある。
 その辺りも考慮されているのか、会議終了後の帰還制限時間はかなり緩めに設定されていて、すぐに本丸に帰るもよし、政府の施設から出さえしなければ夜九時の閉館時間までは滞在が許されていた。
 政府の施設というと最初は随分堅苦しい役所を想像したけれど、会議が行われる研修センターは大学のキャンパスとショッピングモールを足して二で割ったような場所だ。
 建物の中には会議スペースや研修フロア、各種手続きを行える窓口の他に、宿泊フロアがある。それに加え、衣料品を揃えたショッピングセンターのようなエリアや、図書館、食堂と呼ぶにはお洒落過ぎる飲食店もいくつか収容されている。
 建物周囲の敷地内は緑が多く、温水プールもある体育館やカフェ、ファストフードの店なども点在していた。
 そのなかのひとつ、オープンテラスのあるカフェ。会議の後はそこで同期の彼女と私とで甘い物を堪能するのが常だった。
 この時ばかりは近侍が誰であっても、別行動をする約束だ。今日も、本当に大丈夫かと念を押してきた加州をショッピングモールに残し、女ふたりで愚痴やらなにやらを吐き出していた。
 硝子の向こうでは、彼女の山姥切がベンチに座り、飽きもせずに鳩に餌をやっている。彼女は近侍をローテーションすることなく固定している為、それもまたいつもの光景だった。
 
「もうさぁ、不毛だと思わない?」
「なにが?」
 
 秋限定の和栗のモンブランパフェはいよいよ最下層部のフレークに到達していた。だいぶしんなりしてしまったそれと、モンブランのクリームを軽く混ぜスプーンですくい上げながら尋ねると、彼女はフォークに刺したバナナでチョコフォンデュをかき混ぜて答えた。
 
「経験値を積むほどにノルマは増えてく一方だし、いっくら給料がよくたって遊びに行く自由はないわ、服を買っても着ていく場所もないわで、そうこうするうちに二十代も終わりだよ。……あ、プレゼントありがとう」
「どういたしまして」
 
 先月、彼女の誕生日だった。ああでもないこうでもないと何日も散々悩み、刀剣達には恋人への贈り物かと茶化されたほどだ。結局、和服好きなのも考えて、彼女の大好きな翡翠色の石で出来た千鳥の帯留めと、それに揃いのかんざしを贈った。『友人の誕生日』というには少々高価ではあったけれど、彼女が言う通り、審神者なんてやっているとはっきり言ってお金の使いドコロがない。
 元々の現世の友達とはほぼ疎遠。審神者仲間ですら会えるのはこんな会議のついでばかりだ。
 審神者になりたての頃は高給に浮かれて、洋服や化粧品、アクセサリーもあれこれ買ってはみたけれど、段々とそれもしなくなった。衣食住は保証されているし、レア刀を狙ってやたらな鍛刀を繰り返す真似さえしなければ資材で自腹をきるような事態にも滅多に陥らない。自然お金は貯まっていくものの、それとは反比例に大事な何かが確実に削られ、女が枯れていくとはこういうことかもしれないとまで思うこの頃だ。
 枯れるもなにも、咲いた覚えすらないのだけれど。
 
「で? 相変わらず片想いなの?」
「そっちはどうなのよ」
「どうにかなってたら、こんなとこでため息ついてないよ」
 
 そう言って、彼女は再び硝子の向こうに視線を投げる。山姥切もそれに気付いたのかこちらを見たものの、ニコニコと手を振る己の主に微かに手をあげて応えただけで視線を逸らされてしまった。
 
「あ、でもね。これ見て」
 
 そう言うと、彼女は携帯端末を取り出した。空間照射してくれればふたりで見られるのに、敢えてそれをせず、こちらに見えるようにしてテーブルに置いてくれた。
 
「らぶ、……どーる?」
 
 そこにはピンクのポップな文字で『ラブドールセレクション』と書かれていた。人形の通販サイトらしい。
 ラブドールと言ったって愛らしい人形が並んでいるわけではない。Miyavinoミヤビーノと書かれているのはどう見ても歌仙だし、Utsushiウツシは山姥切にしか見えない。刀剣男士の姿を模した人形を販売しているようだ。
 
「ちょ、ミヤビーノって歌仙が見たら絶対怒るよね」
「そうそう、初めて見つけた時めっちゃフイタよ。あとねぇ、ほら」
 
 画面に現れたのはHoney-stickミツボウ──燭台切光忠だ。すぐ下には赤い字でType-Bigと書かれていた。
 たいぷびっぐ。そりゃ、光忠は背が高い。時々鴨居に頭をぶつけてる勢なだけに、部屋に置くとしたらさぞや場所をとるだろう。……あれ? その場合はトールなんじゃ?
 いや、それ以前に。
 
「ねえ、これってまさか等身大なの?」
  
 一瞬何を言っているんだという顔をした彼女は、当たり前でしょとクスリと笑うと少しだけ声をひそめた。
 
「すごいよ。もうね、隅から隅まで本当にホンモノみたいだよ」
「って、持ってるの?」
「ま、ね。潤いだよ、潤い。あ、ほら、ここ」
 
 顔を赤らめ、少し早口で言った彼女の指す先に視線を落とし、トクンと心臓が跳ねる。
 そこには、ゆっくりと瞬きをする鶴丸の姿が映し出されていた。
 いくら不意打ちとはいえ、たかだか人形の姿を見ただけで心臓を跳ねさせるだなんてどこの小娘だと笑いたくなる。そうやって笑い飛ばすしかないような不毛な片恋は、もう三年目だ。
 レア刀に縁のなかったうちの本丸に彼が降り立ったのは、審神者生活にもすっかり慣れた五年目間近のこと。整った顔立ち自体は他の刀剣男士ですっかり見慣れていたはずなのに、真っ白なその姿に思わず息を呑んだ。
 短刀と一緒になって鬼ごっこに興じていたかと思えば、屋根に上って景色を愉しんでみたりと子供じみているのかと思いきや、近侍を任せれば私なんかよりも遥かに真面目に仕事に取り組み、戦略を相談すれば老獪な平安刀らしい顔つきで話を聞いてくれる。
 軽口を叩いて友達のような言葉遊びをしていたかと思いきや、年長者らしい物言いで窘めてくれたり相談にのってくれたりもして。
 頼りになる、ということなら本丸の誰もがそうなのに、どうして彼だけが特別で、こんなに好きになってしまったんだろう。
 アラサーにもなって、プラトニックな片想い、しかも絶対に叶わないそれにしがみついているなんて、馬鹿みたいだと思うのに、勝手に根付いて育ったそれはどうにも消えてくれる気配がない。
 
「よく出来てるでしょ?」
「あ、うん」
「いいよねぇNeo-Ⅱシリーズはまばたきもするし、体温まで再現されてるんだって」
「体温? 人形になんで?」
「そりゃ……あたたかい方がそれっぽいし、一緒に寝た時に気持ちいいじゃない」
  
 彼女の言葉を頭の中でゆっくり何度も反芻する。
 一緒に寝た時。一緒に寝た時。一緒に寝た時。
 いやいやいやいや、いい年したオトナが等身大人形と一緒に寝るだなんて、それはさすがにどうだろう。
 
「待って待って。一緒に寝るの?」
「腕枕もして貰えるよ」
 
 語尾にハートがつきそうな声音で言った彼女は悪戯っぽく微笑んだ。女の私ですら、くっ可愛い!と思ってしまうような笑顔だ。こんなに可愛いのに、何が足りないんだと抗議の眼差しを硝子の向こうに向けると、山姥切は相変わらずベンチに腰掛けていた。大量の豆も底をついたらしい。先程まで彼の足下に群がっていた鳩の姿も、今はなかった。
 
「ねえ。あんた、ラブドールって何かわかってるよね?」
「……? 等身大人形なんでしょ?」
「……。本丸コード」
「え?」
「本丸コード。言って。贈ってあげる。来月誕生日でしょう? 今、ちょうどキャンペーンしてるから」
「そんなでかいもの」
 
 いらないよ、と即答できない程度には気になる。
 でも、だからといって『彼』を部屋に置くというのはどうなんだろうか。
 
「見つかったら、どう言い訳するの」
「私室、離れでしょ? 寝込みを襲ってくれる男士でもいる?」
「襲ってくれるって」
「いる?」
「いない、けど」
 
 夜這いだの神隠しだのはどこの都市伝説だと誰かの胸ぐらを掴んで揺さぶりたいほどに、まったくもってそういう気配は全然ない。あの大人数の中に女はひとりだというのに、間違いも気の迷いも生じないほど私は女にカウントされないらしい。
 こんなことなら処女なんて後生大事にとっておかずに、さっさと捨ててしまえばよかったのだ。そうしたらこんな風に望みのない恋にしがみついたりせずに、もっとさばさばと割りきれるくらいには成長できていたかもしれないのに。もっとも、そこまでの相手がいた試しもなかったのだけれど。
 だからといって。
 
「ねえ、……却って虚しくなったりしない?」
 
 うぐと言葉を詰まらせた彼女は「我に返ったら負けだよ!」などと言っていい笑顔と共に親指をたてた。
 
「いやもうその発想が既に」
「……なる。もういっそあっちの寝込みを襲ってやろうかと思うくらいにはなるけどね」
「えぇぇ……」
「まあ、そういう欲を抑えるのにも使えるのは確かだよ。だいじょぶだいじょぶ。どうしても無理なら返品していいから」
 
 彼女の言葉と好奇心とに後押しされて本丸コードを伝えたものの、その後立て続けに与えられた特別任務でそんなやりとりを忘れかけた頃、それは届いた。
 
 運悪く、というべきか。でっかい箱を抱えて執務室にやって来た鶴丸に「『   』からだぜ」と彼女の審神者ネームを告げられた瞬間それが何かを覚った。
 部屋へと運んで貰う途中「人ひとりくらいは入ってそうな重さと大きさだな」と笑った彼が「江島生島のためしもあるが、きみ、まさかこの中に男でも入ってるんじゃないだろうな?」などと軽口を叩いても、いつものようには応酬なんて出来るはずもない。なにしろ鶴丸の言うとおり、そこには『男』が入っているのだから。
 戦々恐々、夜を待って開けた真っ白い箱の中。白い百合を模した緩衝材に埋もれた『彼』は膝を抱えるように、丸まって眠っていた。──全裸で。
 最初は思わず見なかったことにして、そっと蓋を閉じたくらいだ。
 首に金の鎖だけをつけた姿はともすれば卑猥だろうに、白い肌を惜しげもなく晒して眠る姿はまるで天使かなにかのようにも見えた。だから最初は『彼』がそういう用途とも気付かなかったのだ。
 なんで裸なのと途方に暮れながら、一緒に届いた小さな小箱を思い出し、衣服なのではと期待を込めて蓋を開けたけれど、出てきたのは白いぽんぽんとパウダー。ツルマルお手入れセットだった。キャンペーン特典プレゼントらしい。
 違う。これじゃない。今、必要なのはこれじゃない。
 動揺しながら、とにかく服だ着物だと端末から注文したのが既に懐かしい。
 リアル過ぎるそれに気付いたのは、届いた装束を着せようと箱から引き摺り出し、布団に寝かせた時だった。
 股間で存在を主張する、ソレ。
 でかかった。しかも、若干色がえぐい。肌が白いだけに、やや赤黒いソレは異様に見えた。これも、原寸大なんだろうか。
 鶴丸のつるまるを想像しかけて、全力で思考を振り払う。
 見て確かめることは生涯ないだろうけれど、こんなところまで忠実に再現しなくていいのに。
 頭の中でぶつくさと文句を言いながら、はたと手が止まる。
 下着を注文していなかった。
 パンツを穿かせればいいのかな。それとも、ここはやはり褌だろうか。
 ……鶴丸はどっち派だろう?
 いくら人形とはいえ『彼』にパンツを穿かせる自分の姿は想像するだけで生温かい気持ちになるし、褌のしめかたなんて知らないし。
 結局、ツルマルには着物だけ着せて下穿きはなにもつけさせないままとしてしまったけれどこれといって不都合もないままに二ヶ月が過ぎていた。 
 
 ラブドールは、肌の質感までも人間のそれを忠実に再現している。その為、劣化を防ぐべく最低でも週に二回は綺麗に拭いて、お手入れパウダーをはたいてあげなくてはいけない。
 手入れの時に使うのと同じような白いぽんぽんに専用パウダーをつけ、全身くまなく、それこそツルマルのつるまるにまで丁寧にぽんぽんを施さなくてはいけない。
 今夜も寒そうだから、湯たんぽがわりに添い寝してもらうか。
 そんなことを考えながら、お手入れを終えて、衣服を整えたツルマルの脇に手を入れて持ち上げた瞬間のこと。
 
「主、ちょっといいか」
 
 部屋の外から声がかかった。
 慌ててよろけ、どさりと倒れ込んだ音に驚いたのだろう。
 
「すまんっ、開けるぜっ」
 
 部屋に入ってきた鶴丸が目にしたのは、ツルマルにのし掛かる私の姿だった。

 終わった。私の審神者人生終わった。審神者人生どころか、私終了。
 もう殺して。いっそすぱっと斬り捨ててください。いやそれすら刀の穢れですよね、スミマセン。
 正座で膝の上の掌をぎゅうと握りしめながら、頭の中に響くのは蛍の光のメロディー。私終了のお知らせだ。
 
 下着がなくとも着物を着てれば問題ないから、まあいいか。
 
 ──などと思った自分を締め上げたい。小一時間、問い詰めたい。
 まあいいか、ではない。お陰で今、鶴丸の目の前で、ツルマルのつるまるが乱舞してるじゃないか。
 部屋の中にあるのは、ウィンウィンウィンという電子音と、いたたまれない空気ばかりだ。
 ツルマルのつるまるがヴヴヴと小刻みに震える横で、「まず」と苦虫をかみつぶしたような顔で鶴丸が口を開いた。
 
 ヴヴヴヴヴ……
 
「そもそもあれはいったい」
 
 ウィンウィンウィン……
 
「……」
 
 ウィーン、ウィーン、ウィーン……
 
「~~~っ、アレはどうにかならないのか!?」
 
 耐えかねたように、ぴしりとつるまるを指さす鶴丸からそっと目を逸らし、「ど、どうにか、というと?」と口にする。
 どうにかもなにも、本当はわかっていた。アレを止めなくてはいけない。いけないけれど、それを鶴丸の前でしたくない。あんな姿を見られたくない。
 
「決まってるだろう。今すぐあれを止めてくれ。生身じゃあるまいし、放って置いても萎えたりしないんだろう」
「止める、の?」
「きみ、この状態で話す気か」
 
 言外に、おまえは正気かという心情を滲ませたその声に渋々腰を上げたものの、やはりどうにも思い切れない。
 股間から顔を出したつるまるときたら、私の心など無視して、無邪気に揺れている。しまいにはピストンのような伸び縮みまで始めて、さすがに顔も熱くなってきた。
 
「きみ、そんなにソレが好きか」
「ち、違っ」
 
 つい凝視していたのを誤解したのだろう。呆れ果てたと言わんばかりの声音に後押しされて、ツルマルの頭の方に膝をついて、後ろから抱き起こす。
 ツルマルの顔を近くで見るのは連日の添い寝で慣れてはいたものの、この操作をしたことがあるのはまだたったの二回。それだって、そういうコトをしたわけでは断じてない。断じて断じてない。うっかり動かしてしまった初めての時と、お手入れ中に誤作動を起こした時だけだ。
 
「向こうっ、向こうむいてて。見ないでね」
 
 ツルマルを背中から抱っこするようにして座りながら、鶴丸に告げる。
 金色の眼差しは、ため息と共に障子の方へと向けられた。
 
 ウィンウィンウィン……
 
 少し重いツルマルの体重と体温とを感じながら、『彼』の躰の前に腕を回す。襟の袷からそろそろと両手を差し入れ、彷徨うように掌を這わせてそれを探し当てる。
 しっとりと吸い付くような肌の上。そこにある突起──乳首を両方とも同時に人差し指できゅっと押し潰す。そのまま白銀の髪の下、うなじにある小さなボタンを舌で押し込む。
 うぅ、恥ずかし過ぎる。なんでこんな痴態を好きな人の前で晒さなくちゃいけないのかな。
 
 ウィーン、ウィーン、ウィーン……
 
 ああ、もう。早くこれをどうにかしなくてはいけない。
 舌と左手とで押したボタンはそのままに、右手をそろそろ伸ばし、躊躇いつつも乱舞するそれを捕まえる。柔らかいのに確かに固く張り詰めたその熱を掌に感じながらきゅうと握り混むと、ウィンウィン音を立て続けたそれはようやく力を失い頭を垂れた。
 
「へえ……」
 
 静かになった部屋の中。上がった声に視線をやれば、逸らされていたはずの金色がこちらを凝視している。ぎらりとしたそれは、獲物に狙いを定める獣の眼差しのようにも見えた。呆れでも侮蔑でもなく、食い殺さんばかりの怒りだろうか。
 
「慣れたもんだな」
 
 慣れてなんかないよ、と。反論など許される立場にはなかった。主が自分を模した人形に、こんないかがわしい真似をしていたのだ。その怒りたるや、相当なものに違いない。
 恥ずかしさや申し訳なさや、いろんな感情がごちゃ混ぜになりただただこの場から消えてしまいたい心地で、ツルマルから手を離し、裾の合わせ目を整えながら横たえた。
 
「いやいや驚いた。人生に驚きは必要だとは思っていたが……ここまでとは、なっ」
 
 立ち上がった鶴丸にぐいと腕を掴まれ、そのまま引き倒される。自業自得とはいえ、怒り露わな男を前に真っ先に湧き上がる感情は恐怖だった。
 
「ごめっ、ごめん、なさい」
 
 無意識に震えてしまう声でどうにかそれだけ口にすると、ひょいとすぐ傍らにしゃがんだ鶴丸は、にっこりと、けれどその目は笑みとは到底違う色を宿す。
 
「謝らなくちゃならんようなことをしてたのかい」
 
 そのままのし掛かってきた鶴丸に息が掛かるほど間近で見つめられ、思わず視線を逃がす。その先では、先ほど横たえたツルマルが眠っているように目を閉じていた。
 寝てないでなんとかしてくれないかな。
 そんなことを思ったところで、やっとスイッチを切ったあれが反応を返すはずもない。 チッと舌打ちが響き、思わず首を竦める。
 が、次の瞬間抱き上げられた。なにごとかと思っていると、続き間の襖を足で乱暴に開けた鶴丸は、「なるほどな」と呟いた。
 続き間はもう寝るばかりだった為、布団が敷いてある。特別片付いてもいないが、物が散乱しているわけでもないこの部屋の何がなるほどなのかさっぱりわからないまま、背中に軽い衝撃を受ける。
 布団に下ろされたと認識したのと、唇を塞がれたのは同時のことだった。
 強引に割り込んできた舌が、咥内をまさぐる。
 窒息しそうになって顔を背け、どうにか唇をほどくと、こっちを見ろと言わんばかりに顎を掴まれぐいと引き戻された。
 抱き締めたことも、抱き締められたこともない。それどころから、手を繋いだことすらない仲だ。なのに、なんでこんなことになっているのか。
 怒りのあまり、彼はどうかしてしまったんじゃないだろうか。
 頭の中をめぐるのは、クエスチョンマークばかりだ。
 
「夜な夜なオタノシミだった割に、随分下手くそじゃないか」
 
 ああ、あの木偶じゃあ口吸いは出来ないか、と。揶揄する言葉と共に再び唇が塞がれる。上顎をつつかれ、舌を絡められてなお、事態が把握できない。
 わかるのはただ、彼が大層怒っているということと、キスされているということだけだ。
 咥内をまさぐられ、撫でまわされて、侵されている。息苦しくて堪らないのに、気持ちよさに頭の奥がぼんやりとしてきたところで唇が解放された。
 
「あんな木偶とするくらいなら、とっくに俺を呼べばよかったんだ」
「……は?」
 
 鶴丸を呼ぶ? なんのために?
 
「なんで?」
 
 組み敷かれたまま困惑すると、金の眼差しがますます鋭くなった。
 
「なんでだと?」
 
 低い声には殺気すら感じられ、なにを言っても怒りを買うか殺されるのではという恐怖にかられ、うまく言葉が出てこない。
 
「俺より木偶の方がお好みかい? だから呼ばなかったのか?」
「こ、好みとかそういうんじゃなくてっ、だいたいそんな」
 
 就寝時に呼びつけて添い寝をしてもらうなど、ましてや伽を命じるなんてどこのブラック本丸だという話だ。
 そもそもがそういうコトをしてたわけでも、したかったわけでもない。確かに冷たいお布団で人肌温度に温かいツルマルに寄り添うのはとても気持ちがよかったけれど。
 
「好みじゃない? おんなじナリをしているのにか?」
「あれはっ、あれは人形だから……鶴丸じゃ、ない」
「ふぅん、そうかい。きみのお眼鏡に適ったのは容姿だけってわけだな」
「そういうんじゃっ」
「俺じゃなく、あっちがいいんだろう?」
 
 開け放たれた襖から差し込む隣室の明かりの下。私に馬乗りになったまま、己の唇をぺろりと舐めた鶴丸が口角を引き上げる。射るような金色を前に、言葉をなくして息を詰める。
 
「そう怯えた顔をするもんじゃないぜ。傷つくじゃないか」
 
 少しも傷ついてなどいない顔で、声ばかりが優しげだ。
 
「準備万端なところを邪魔したようだからな。お詫びに今宵は俺がお相手仕ろうじゃないか」
「な、にを……」
 
 何を言っているのとあしらうことも、違うのだと言い訳することも出来ない。ただ、見たこともないほどに男の顔でそこにいる彼が怖かった。
 支配するように見下ろしながら、私の濡れた唇を親指で辿り金色を弧に細め「なあに同じ顔だ。あれだと思って試してみるといい」と再び唇を寄せてくる。
 
「違う」
 
 ふると首を振る。ただ、そうじゃないのだと訴えたかった。
 互いの鼻先がつきそうなほどに顔を寄せた鶴丸は「違う? 何がだ」と抑えた声音で返した。
 あんな姿を見れば、そりゃ誤解するに決まっている。けれど、せめてその誤解だけは解きたいと思ってしまう。解いたところで、軽蔑されたことに変わりはないだろうけれど。
 
「そ、そういうことをしていたわけではなくて……」
 
 説明しかけて言い淀む。
 言うのか。体温が気持ちよくて、添い寝して貰っていました、と。『彼』を相手に好きと呟いては、その胸に顔を埋めてため息を落としたことを。少しでも鶴丸に似せたくて、彼の愛用する香を取り寄せて、ツルマルの衣に焚きしめたことを。
 
「そういうこと、とは?」
「え、と、だ、だから、その、こういう、こと、とか」
「……同衾したんだろう?」
「動悸?」
「アレと寝たんだろうと訊いている」
「寝た、けど、そうでなくて……だから、その練習というかっむぐ」
 
 それ以上は言わせないとばかりに、片手で両頬を掴まれ河豚のような口になる。怒気を滲ませた鶴丸を前に体がふるりと震えた。
 
「はっ、練習かい。そうかそうか。さして勤勉でもないきみが練習とは……うまくもない言い訳だなァ、主」
 
 少しも笑っていない目で肩を揺すって笑った鶴丸は、顔を掴んでいた掌を離すとそのままするりと頬を撫でる。
 
「練習ならそれでもいいさ。せっかくだ。あんなモノもいわない木偶でなく俺で練習したらいい。見た目は同じだ……見た目だけは、な」
 
 それ以上の反論は許さないとばかりに、噛みつくように唇が塞がれた。

 どれほど時間が経ったのだろうか。それすらももう、よくわからなくなっていた。

「ひぅ、……ッ、や、やぁ……んっ……あっ」
「はは、何が嫌なものか。溢れて止まらないじゃないか」
 
 白い美丈夫が腿の間に顔を埋め、ぴちゃぴちゃと音をたてては舌で舐め上げ、唇で敏感な場所を柔らかに食む。
 頭がおかしくなりそうな快感に身を捩って逃げようにも、がっちりと抱え込むように抑え込まれた脚にそれも適わない。ただ、悶える度に縛られた手首に紐が食い込む痛みが、辛うじて正気の欠片を繋ぎ止めていた。
 
「あれはこんなことはしてくれないものなァ? 口を開いてひくひくと……誘うのは上手に出来てるじゃないか。練習とやらの成果かい?」
 
 膣口の浅い場所に指を差し入れては、くにくにと裡を押したり撫でたりを繰り返す。
 
「挿れてほしけりゃ上手におねだりしてみればいい。……こんな風に」
 
 入り口で遊んでいた筈の指がぐいと押し入られた途端「ひゃん」と自分でも聞いたこともないような媚びた声が上がった。
 
「奥まで可愛がって欲しいと。つっこんでかき混ぜて、突き上げて欲しいと言ってみな」
「やだぁ……も、やぁ……」
 
 涙が零れる。なんでそうなるのかわからない。悲しいわけでもなんでもなく、思考は与えられる悦楽に塗りつぶされるばかりだ。
 
「アレを相手にしていた割に、きみのここは随分狭いなあ。こんなにどろどろにしているのに、裡じゃあ俺を拒んでるってことかい」
 
 じゅると音をたてて陰核に吸い付かれ、思わず布団から背を浮かせた途端、頭の中がまた白く弾けた。
 
「ぁあっ、やッ、も、や、つるっ、やだぁ」
 
 懇願するように声を上げても、執拗に舐めしゃぶる動きは容赦なく、止まる気配もない。痙攣するように腿が震えるのを気にも止めていないように、差し入れられた指が膣内をかき回す。
 
「つぅ、るっ……つるまッ、んっ、やあぁ……」
「はっ、あんな木偶にくれてやるくらいなら、とっくにこうすべきだったなあ」
「ぃあ、……あ、ぁ……ひぅ、……ん」
 
 体中を巡る抱えきれない感覚に翻弄されるばかりで、鶴丸が何か言っているということはわかっても、何を言っているかはまでは思考が追いつかない。
 
「可愛い可愛い俺の主。もっと気持ちよくなろうな」
「や、もう、きもちいの、っや、んっ、んっ、……ぁ」
「刀ごときがきみを犯すなんざあってはならないことだと思ったが、当のきみが木偶との閨事に興じていたとは」
 
 くちくちと膣に差し入れた指をそのままに、ゆっくりと這い上がるように近づいてくる鶴丸が、ちゅうと乳首に吸い付く。それだけで、体中に電気でも流されたような感覚が走り、頭をそらしてしまう。その喉に軽く歯を立てた彼は、耳元に息を吹き込むように「とんだ淫乱だな」と熱い息と共に吹き込み、耳を甘く食んだ。
 
「ちがっ、っ……んっ、やぁッ」
「違うものか。きみのここはおいしそうに俺の指を飲み込んで、きゅうきゅうと締め付けて上手におねだりしてるじゃないか」
「ぁっ、そこっ、そっ、やぁ……ッ」
「ああ、随分ほぐれてきたなァ。いつもは自分で慰めてから跨がっているのかい?」
 
 訊いておいて、答えなどハナから聞く気もなかったのだろう。指の動きを止めることなく、唇を塞がれ、舌を吸い上げられる。
 
「さて、と」
 
 唐突に体を引き起こされた。入れ違うように鶴丸が寝そべり、私はそこに跨がるように座らせられた。
 
「つ、つるま……、ぁ、待って」
 
 先程までの余韻を残す体が、無意識に時折ふるりと震えてしまう。
 
「どうした。あれを相手にするからには、きみが上に乗って咥えこんでいたんだろう」
 
 抑えるように腰を掴む手にグイと動かされ、熱く勃ち上がる昂ぶりに、溢れた蜜を塗りたくるように動かされる。それだけで、甘い声が喉から漏れ出した。
 
「ひぅ、んっ……無、理……でき、できない……」
 
 快楽と疲労とにまみれていても、彼の意図くらいはわかる。これを挿れるのだ。
 今更恥じらう余裕もなく、ただ、こんな大きなものが入るわけがないとこくりと生唾を飲み込んだ。
 
「無理なものか。いつもやるようにやってくれればいいだけだ」
「いつもって、そんな……」
 
 していたことは、一緒にお布団にくるまって、その温度を感じながら眠りについただけだ。のし掛かったのだって、さっき転んだ拍子にそうなったあれが初めてのことだ。それなのに。
 
「アレに許しておいて、なぜ拒む」
 
 再び剣呑な色を宿した金色に、ますます体が強張る。
 もうここまできたら、それで鶴丸の溜飲が下がるなら、と思う。けれど、こんなに大きなモノを受け入れるだなんて、裂けてしまうに違いない。そう思うとどうしても体が動かなかった。
 
「ああ、これはほどいてやろうな」
 
 硬い腹の上についていた両手をとり、寝そべったまま手首を戒めていた紐を解き始めた。固く結ばったそれが、私がどれだけ身もだえていたかを示しているようでいたたまれない。それでも鶴丸は器用にそれをほどき、紐を放り投げた。
 
「可哀想に。赤くなって……擦り剥けてる」
 
 血の滲んだそこに舌を這わせながらも、視線はこちらへと向けられたままだ。たったそれだけの仕草すら艶めいて見えて、背筋を羽でサワサワと撫でられたような快感が走る。
 
「このままオアズケじゃあ、互いにキツイ。そろそろ本番といこうじゃないか」
 
 腰を掴んで持ち上げられて、切っ先をあてがわれる。
 
「待って、鶴丸、お願い。あれは本当にただの人形で」
「あいつがただの人形なら、俺はただの刀だなァ」
 
 逃げようとも、掴んだ腕はびくともしない。そうして身じろぐほどに、彼の眼差しが険しくなっていく。
 
「鶴丸は、ただの刀じゃないよ」
「そうかい。だったらあの木偶としたのより、もっと気持ちいいことをしようじゃないか」
 
 膣口に先端を含まされる。膝をついて、体を支えようとしても、がっちり腰を掴まれてそんな動きすらままならない。
 
「待って、お願い」
「はっ、待てと言われて止まれるものか。きみお気に入りの木偶とは違うんで、なっ」
 
 みちりと音がした気がした。ねじ込まれ、ぎゅうぎゅうに満たされて、息を継ぐことも出来ない。熱いのか痛いのか、それすらもわからず、ただ歯を食いしばる。
 
「きっつ……」
 
 呻くように声を上げた鶴丸も眉を顰めている。私がこれだけキツイのだから、鶴丸だって相当窮屈に感じているに違いない。けれど今はそれを気遣う余裕はない。
 痛い痛い痛い。そればかりが頭を占めている。
 
「ほんっとうにキツイ、な。こりゃまるで……きみ、少し、力を抜いてくれないか」
「……っ、うぅ……っり、む、り……」
「無理なものか。きみの体はちゃあんとわかってるさ。いつものように……」
 
 ぽたり、と。涙が零れた。痛くて痛くて堪らない。その上、大好きな人にはまるでいつもこんなことをしているように扱われて、平気でいられるはずがなかった。
 ほんの先程までみたいに、何がなんだかわからないままに翻弄されて、その勢いのままに全部が終わってしまえばよかったのに。
 ぼとぼとと零れる涙が止められず、それでも小さく息を吸うだけ、ほんのそれだけの動きすら痛くて堪らない。
 
「い、たい……」
 
 涎も垂れそうで、鼻水も垂れそうで。ずっと片想いし続けた相手にこんな顔を晒して。
 年相応の女らしく、セックスを愉しんで鶴丸を気持ちよくすることすら出来ない。当の鶴丸にはそんな女だと思われているのに。
 痛くて情けなくて、ぐちゃぐちゃの感情のまま、ぺしりと白い腹を叩いた。
 
「そんなんで、きみ、いつもあれを相手にどうしてたんだい」
「……ふっ、……うぅ、……っ」
「……俺が相手じゃあ泣くほどお気に召さないってわけか」
 
 落胆を滲ませる声音に、理不尽な怒りが湧いてくる。お気に召さないのはそっちじゃないか、と。あんあん言って、ここで腰を振って欲しかったんだろうと言って八つ当たりしたくなる。
 
「な、い」
「ああそうかい」
「してな、いっ! なにもっ! ツルマルとはっ、何もしてないっ! ……いたいぃぃ、うぇぇ……」
 
 泣き始めてしまえば、嗚咽もとめられなくて。しゃくりあげる己の動きすらも痛くて、もうどうしていいのかわからない。行くも地獄退くも地獄とは、まさしくこういう状態を言うのだろう。抜くに抜けずに、ただただ痛みを堪えるばかりだ。
 ぺしぺしと腹筋を叩き続ける手をやんわりと掴まれて、涙にぼやけた視界を彼に向けると、片肘で少し身を起こした鶴丸は信じられないものでも見るような顔でこちらを見つめていた。
 
「してない、って、きみ……あれを相手にしてたんじゃ……」
 
 重ねてそんなことを言ってくる鶴丸に、ますます涙が溢れてくる。
 
「ふっ……痛っ……してない。なにも……寝ただけで、……寝ただけなのにぃ……」
 
 慌てたように鶴丸が身を起こした。その動きすらも痛くて「いっ……うご、うごかない、で。痛い……」と嗚咽の合間に訴える。
 
「ま、さか、きみ、初めて、か……いや、だってあれはそういう……」
 
 口元を掌で覆い、うろうろと視線を彷徨わせる。
 好きな人に誤解をされて、初めてなのをまさかとまで言われて、困惑されて。こんなことならやっぱり最初にすっぱり斬られて死んでしまいたかった。
 
「は、初めてで、わるっ、悪かった……ぃっ」
「す、すまん。いや、すまんで済む話しじゃないが、とにかく……」
 
 抜いてくれようとしたのだろう。それはわかる。先程とは違う慎重な様子で腰に手を添え、私の身を離そうとしてくれている。でも。
 
「動かないでえ……」
 
 起き上がった彼の首に手を回し、少しでも体を安定させようと試みると「ああ、すまん。だが動かねば抜けないんだが」ともっともなことを口にする。
 大事なのは抜くか抜かないかじゃない。今は一ミリたりとも動かないこと。それが最優先に決まっている。
 
「痛い、から、動かないで……」
 
 すんすんと鼻を鳴らしてしがみつくと、あやすように背が撫でられる。
 己の嗚咽で体が震える度に痛む。情けなくて間抜けすぎて、いっそ笑いそうになるほどだ。
 どれほどそうしていただろう。ゆっくりと往復を繰り返す背中の温度を感じるうちに、徐々に嗚咽がおさまってきた。それとともに、埋められたソコの痛みも和らいだ。厳密にいえば、その状態が続きすぎて慣れてきたのかも知れない。
 腰紐を解いたとはいえ、彼は単衣を身につけたままだ。それでもなお、ほんの先程まで汗ばんでいたはずの肩口も、今は少しひんやりとしていた。そんなことに気がまわる程度には、思考も戻ってきていた。
 ツルマルの存在はこんなことをしてしまうほどに、鶴丸にとって不快なものだったんだろう。それなのに、鶴丸を裡に納めたところで、彼を気持ちよくさせることも出来ないのだからこれではお詫びの足しにすらならない。
 ごめん、と。首にしがみついたまま、ぽつりと呟くと、鶴丸の体がぴくりと震え、背中の掌が動きを止めた。
 
「……きみが、好きだ」
「……ぇ?」
 
 今幻聴を聞いた気がする。そう思った途端、体内に居るそれがビクンと動き、ひぅと息を呑む。
 
「っ、……締めないでくれ」
「そ、んなの、わからない……」
「あ、……ああ、そうだな。すまない……すまない、本当に、その、謝って済む話しじゃないが……刀解してくれていい」
「な、んで、そんな」
「主を手込めにした謀反刀には相応の報いだろう。だが、これだけは言わせてくれ。ずっと、きみが好きだった。きみが愛おしくて、ずっとこうしたいと思っていた」
「嘘……」
 
 あまりに自分に都合がいい展開過ぎて、夢でも見ているんじゃないかと思ってしまう。そうして目の前の金色を確かめるように覗きこめば、「嘘なものか。これでもこれまで随分と堪えていたんだからな」と苦笑を浮かべた。
 
「だから、俺の姿を模したあれを目にした時は正直期待したんだ。もしかしたら、きみも俺を、とな。だが愛でるだけでなく、あれときみとがまぐわっているのかと思って……いや、すまん。言い訳だな。だからといって許されることじゃない」
 
 何がなんだかわからないままに押し倒されてこんな状態になってしまったけれど、鶴丸の言葉にようやく彼の怒りの正体が見えた。
 鶴丸が私を好きでいてくれて。なのに、あのツルマルとそういうことをしているんだと誤解して。それで。それで。
 
「手を離してくれ。きみもこのままじゃツライだろう? 抜いてやるから」
 
 身じろぎかけた鶴丸の首筋にぎゅうとしがみつく。その動きで、呑み込んだままのそれが最奥を突き、互いに息を詰めた。
 
「ッ、きみ、なあ」
  
腕を解こうとして伸びてきた手に抗うように更にぎゅうぎゅうとしがみつきながら「私も好き」と告げる。
 
「ずっと、ずっと鶴丸のことが好きだった」
 
 ツルマル相手に、幾度となく諦めと共に差し出した言葉だ。口にしてはため息をつき、情けなさや虚しさばかりを感じながら呟いたそれは、本人に伝える日など絶対に来ないと思っていたはずなのに。
 
「相手になんてされるわけないって、思ってた。今だって、都合のいい夢を見ているんじゃないかって……ひぅっ」
 
 体内のそれがずくりと大きくなり、裡から内壁を圧迫するのを感じて言葉の先を呑み込む。
 
「ふ、ふぇ……お、おおきく、しないでぇ……」
 
 痛みはなかったものの、埋め尽くされるその感覚が苦しくて泣き言を口にすれば、背に回された手がきゅうと抱き締めてくれながら「無茶を言うな」と頬に口づけられた。
 はぁと、熱い息が首筋に掛かる。それだけで、お腹の奥がきゅんと反応してしまい、裡にある鶴丸を意識する羽目となった。
 
「とにかくいったん抜こう。そら」
 
 促されておそるおそる腰を浮かせかけると、鶴丸も何かに堪えるように息を詰める。
 内壁を擦られる感触に、ぞわぞわと肌が粟立つ。ひと息に抜いてしまえばいいのかもしれないけれど、先程の痛みはまだ記憶に新しすぎて、どうしても体が強張って怖々としか動くことが出来なかった。
 そろりそろりと抜いていく合間にも、零れ落ちる彼の吐息は熱く、眉を寄せて耐える様が何ともいえず色っぽく見えてしまう。
 
「きみ、それは焦らしているわけじゃない、よな」
「そ、んなつもりはない、けど」
 
 ない、けど。
 冷え始めた肌の割に、首筋に落ちる吐息はやけに熱い。私はただただ痛いばかりだったけれど、鶴丸ももしかしてかなり辛かったんじゃないだろうか。だいたい、私は気持ちよくて何がなんだかわからなくなってしまったけれど、彼はまだ一度も気持ちよくなっていないじゃないか。
 
「つ、鶴丸、あのねっ……ひゃんっ」
  
 話しかけようと身じろいだせいで、抜きかけたそれを再び深く埋めてしまった。痛みとは違うものが背筋を駆け上ったのを感じ、言いかけた言葉を一瞬忘れて、ふたつみっつ息を吐く。
 
「きみなあ、いつまでもそんなことをしていると、このまま……いや……そら、俺が抜くから」
「や、だ……」
 
 そう言ってぎゅうと腰を押しつけると、お腹の中がいっぱいになるような苦しさだけではない何かに、ぞわりと肌が粟立った。
 
「……して」
「は?」
「このまま、して」
 
 消え入りそうなその声は、それでも無事に届いたらしい。鶴丸が答えるよりも先に、裡に埋められたそれが反応を返した。
 顔を見られたくなくて肩口に額をつけたままでいると、指先が背中をつーと辿る。たったそれだけがひどく気持ちよくて、甘えた声が上がってしまった。
 ぐいと腰を掴まえられて、ゆっくりと布団に横たえられる。
 
「やめない、でっ」
 
 彼の腰に足を絡ませると、こつりと額を合わされて間近に覗きこまれた。蜜のように蕩けた金色をひどく嬉しそうに細め、「熱烈だな」と鼻先に口づけた。そのまま唇を塞がれて、ぬるりと舌が入り込んでくる。さっきまでの暴くような性急さはなく、もどかしいほどに柔らかなその動きは、時折息継ぎを促しながら徐々に深くなっていった。
 頭の奥がぼぉっとしてくる。はふと息を吸うと、すぐにまた塞がれて、愛撫するように舌を吸われる。そんな口づけに夢中になっていると、やんわりと揉みしだく掌が乳首を掠め、そのままキュッとつまみ上げて、それもまたたまらなく気持ちよかった。
 掌も指先も、舐め上げる舌も。何もかもが緩やかで穏やかで、私に確かな快感を与えてくれた。けれど、鶴丸の額には玉のような汗が浮かび、時折堪えるように眉を寄せている。
 
「つるま、る……んっ」
「なんだい」
「ッ……つ、る……ぁ」
 
 彼のもたらす快感に、紡ぎかけた言葉も思考もすぐに霧散してしまう。だから、腰をくねらせ、それを促す。思うところは伝わったようで、ゆっくりと抜かれ、再びゆるゆると押し込められた。
 
「……っ、はぁっ、痛く、ない、か」
 
 お腹の内側がいっぱいになるような、みっちりと埋め尽くされる感覚は相変わらず少しだけ苦しかった。それでも、襞をこすりあげる感触には痛みとは違う何かが確かに混ざり始めていた。
 口づけをねだりながらそれを感じていると、鶴丸も何かを探るように腰を揺らめかす。
「……ぁ、んっ……ぁあ」
 
 唇が離れる度に漏れる声が自分の声とも思えない、あえぎ混じりの嬌声へと変わっていく。常ならば羞恥で床を転がりまわりそうなその声にまで、頭の奥が犯されていくような錯覚を起こす。
 
「あんっ、やっ」
「ん、……ああ、これ、か」
「やっ、そっ、やだぁ……」
 
 内壁をこねるように突かれて、思わず体が逃げをうつ。許さないとばかりに、肩を押さえられて、強くこねられ、あっあっと意味をなさない音ばかりが唇から溢れていく。
 鶴丸の息も熱い。はっはっと吐き出されるそれが徐々に早くなり、私の裡も悦楽で埋め尽くされていく。
 
「っ、ぁっ、ひっ、……あ、やっ、~~~っ」
 
 波間に放り出されるような不安感に包まれてぎゅうとしがみつく。そのまま体中で真白が弾けたような快感に思わず背を浮かせると、鶴丸も呻くような声を上げて動きを止める。やがて、熱くて深い息を吐くと、私の上に体重のすべてをのせるようにして覆い被さってきた。

 その後のことは、あまり覚えていない。体にはふわふわと気持ちよさの余韻が漂い、間近にあった鶴丸の眼差しが愛おしげで幸せで堪らなかった。
 彼の体重を感じてほんの少し重くて苦しかったけれど、裸の肌ごしに感じる彼の鼓動がやけにリアルで。
 何かを考えることもできず、心地よい疲労感に誘い込まれるように眠りに落ちた。
 
 はず、だったのに。
 
「三十八度二分、か。まだ高いな」
 
 翌朝。目を覚ますと、風邪を引いていた。
 寒さのあまり隣で寝ていた鶴丸にすり寄ると、きゅうと抱き締めてくれたのに、すぐに身を離されて額と首筋に冷たい掌が当てられて、彼は離れを飛び出して行った。
 一瞬呆然として、何かいけないことでもしたかと慌てて身を起こし、世界がぐるりとまわって傾いた。
 冷え込む時間に汗をかいたり、布団もかけずに裸でいたりと心当たりは多すぎて。
 世に言う『はじめての朝』は苦い薬湯での幕開けとなった。
 申し訳なさそうな顔で、枕辺にちんまりと座る鶴丸はいつもよりも小さく見える。
 彼ひとりが悪いわけじゃない。これに関しては、自業自得で、ある意味共犯だ。
 
「ね、鶴丸は今日は畑当番でしょ?」
「ああ、このあと水やりに行ってくる」
「あのね。あれ、あっちのツルマル、こっちに持って来てもらえないかな」
 
 火桶を持って来てはくれたものの、熱のせいか少し寒い。ツルマルを布団に引き込めば、湯たんぽよりもずっとほどよい温度で布団の中で温かく過ごせることは経験済みのことだ。だからそうお願いしただけなのに、目の前の男はまるで浮気を見つけたような顔で「ほぉ?」と目を眇める。
 
「ど、な、なに。あれはほら、あったかいんだよ。人肌機能があってね、だから」
「人肌ねぇ」
 
 言うが早いが、鶴丸が布団を捲り上げる。途端に忍び込む冷気に「ちょ、寒いっ」と抗議の声をあげると、するりと布団に入り込んだ鶴丸は私を背後から抱き込んだ。
 
「これでどうだい」
「あったかい、けど。でも、鶴丸は畑……っ」
  
 前に回された両手で乳首を押さえられて息を呑む。そのまま、ちうと吸い付くようにうなじに口づけられて、ふるりと体が震えた。
 
「ああ、それから、こうだったか……」
 
 脚の間へと伸びてきた指先が、下着のクロッチ越しに幾度かくりくりと押し込むように蠢いて、子猫のような声が上がって、そのまま咳き込んでしまった。
 解除操作を再現して見せた背後の鶴丸は、「さて、これでおとなしくいい子でいる気になったかい?」などと言いながら身を起こす。
 
「ん? まだ駄目そうかい?」
 
 悪戯げに笑うその目の奥には、やはりまだどこか剣呑さもあるようで、気圧されるようにふるりと頭を振った。
 
「追加の毛布と湯たんぽを持って来てやろうな。いい子で寝てるんだぜ」
 
 枕に頭をのせなおして態勢を戻すと、枕辺に膝をついた男は丁寧に布団の襟元を直してくれた後に、触れるだけの口づけをひとつ残して部屋を出て行った。
 
 
 後日。
 人形にまで嫉妬するなんて、と大笑いしてくれた同期は、おめでとうの言葉と共に、彼女の山姥切と手を繋いで歩いた話を、とっておきの宝物を取り出すような顔で話して聞かせてくれた。

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