カノジョの婚活 11

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 さらさらな金髪。新緑を映した硝子のような瞳。
 佇まいだけなら中学生に見えるけれど、その背には少し窮屈そうな濃紺のランドセルとくれば小学生なんだろう。
 じっと見つめられ、思わず背後を確かめる。それらしき人も物もないから、やはり見ているのは私だろう。
 
 今日は、元々住んでいた地域の役所に手続きに行くべく、午後は半休を取った。窓口がすいていたお陰ですぐに手続きも済み、さて遅めのお昼でも食べようかなと散歩がてら雑誌で見て気になっていたお店に向かっていた時のこと。春に来ればさぞや綺麗なんだろうと思いながら桜並木の続く歩道を歩いていたら、子どもたちに追い抜かれた。
 そのうちのひとりが、やけに勢いよく振り返った
 
 英語で話しかけるべきだろうか。いや、でもさっきまで一緒にいた子たちに「ごめん、親戚きたから今日は無理」と日本語で話していたはずだ。
 親戚。……私ではない。あんな天使みたいな親戚に覚えはない。が、待てよと思う。 もしかしてもしかすると。いや、たぶん間違いない。という気がする。
 綺麗というよりも随分ちんまり可愛らしい姿になってはいるけれども。
 まんばちゃん? と口を開きかけて、相手が覚えていなかった時の惨事が過る。ごめん、人違いだったわ、なんて小学生相手に笑って誤魔化したら事案だろうか。
 
「覚えてるのか?」
 
 記憶よりも少し高い声。そうか声変わりもまだなのか。
 
「覚えて、ないのか?」
「まんばちゃん、だよね」
「──! だからその呼び方はやめろとっ」

 本丸の、いや、私のおかんのような初期刀・山姥切国広。
 懐かしさに笑いが漏れる。世話焼きで、小言を口にしながらも気遣っていつだってフォローしてくれた大切で大好きな初期刀。まさかこんな場所で会えるとは。
 ぐぅぅぅ、と。感慨に浸る体に盛大に響いたのは、空腹を告げるお腹の音だった。
 
 
 
 塾まで時間があるから、親も夜まで帰ってこない、という彼の言を信じて当初の予定通りに、予定外の連れと共にカフェへと向かった。
 昼のピークを過ぎているからか、それとも平日だからか。古いイギリス映画に出てきそうなレトロ可愛い店内は、数組の客がいる程度だ。店の奥、小さなイングリッシュガーデンの屋外席に至っては誰もいない。
 雑誌にはあの庭で採れる自前のハーブティもおいしいって紹介されていったけ。
 そういえば本丸でも、誰かが凝り出したのか執務の合間の休憩時間や食後によくハーブティが出された。
 初めてラベンダーティを飲んだ初期刀は、なんだこれはという顔をした後、おいしいという私を怪訝そうに見ていた。そんなことを思い出して小さく笑うと、あの日と同じように眉を寄せて視線を向けられた。
「お好きな席へどうぞ」と店員さんに微笑まれて、「外がいい」という初期刀の希望に従った。
 給食を食べたからおなかはすいていない、と言いながらも私と同じオープンサンドをぺろりと平らげた。
 育ち盛りの子どもだという認識は頭の片隅にちゃんとあるのに、目の前の子どもよりもかつての姿の記憶の方が遥かに多いせいで、ついつい口も滑らかになる。
 
「セフレだとっ!?」
「ちょ、大きい……」
 
 歳不相応の台詞を慌てて制すると、不満げにオレンジジュースのストローをぐるぐると雑に動かしながら、それでも少し抑えた声音で「大きな声で言えないようなことをしていたのは誰だ」とじろりとこちらを睨む。
 
「……すみません」
「で? セフレとかたちだけの婚約をした、と?」
「なんていうか、大筋そんな感じというか、利用しあってるというかなんというか」
「利用?」
「まあ、……うん」
 
 実家からのお見合い話しは、まるでなかったことのように何も言ってこない。
 大方、兄が忙しいとかであの人の気がそちらにいっているんだろうと思う。いつものことだし、こちらとしてもそのほうが都合がいいわけで敢えて連絡もしていない。
 誰かと婚約をしたとか同棲を始めたなんてことは親に共有しておいたほうがいい情報だという一般常識は私だって持ち合わせているけれど、なにごとも例外というものはある。うちの『家族』のように。
 
「あんたは本当に……」 
 
 その後の言葉はかたちにならず、ただ呆れたような溜め息だけが吐き出された。
 審神者知ってる。
 これ長めのお説教始める前のパターン。そう思って身をちぢこませて待っていたけれど、小さなおかんはちらりとこちらを上目遣いに見てから、ただ徒にストローで氷を弄ぶ。
 自分が知っている姿よりももっとずっと幼い顔つきに、いつも保護者の顔で部屋を片付けろ掃除をしろと口うるさかったあの頃の姿が重なる。
 
「……ふ」
 
 思わず漏れた笑いに「なにがおかしい」と膨れる顔すらまだどこかあどけなさも感じられ、かつては頼りにしていた初期刀が今はもうまったく別の人生を歩んでいるんだと思い知るようで一抹の寂しさも覚えた。
 
「で? いつまでその茶番を続けるつもりだ? 添い遂げるつもりもないんだろう」
「茶番って」
「あんたは『鶴丸国永』を好いていた。だからってそれは鶴丸なら誰でもよかったわけじゃないだろう」
「そ、れは……そうなんだけど。…………って、え? 待って待って。やっぱり知ってたの!?」
「知られていないとでも思っていたのか?」
「う、ん……まんばちゃんとか、三日月とか、……何人かにはもしかして気付かれてるかもって思わなくもなかったけど、さ。でもほら、『主』としてはやっぱりちゃんと平等にしなくちゃだし、実際みんなのこともすごく大切だったし……ばれちゃうくらい、ちゃんと出来てなかったかな?」
 
 必死で取り繕って、みんなの善き主であろうと頑張っていたつもりではあったけれど、無意識にえこひいきでもしていただろうか。あんまりちゃんと出来ていなかったんだろうか。
 
「あんたは誰にでもいい顔しすぎだ」
「誰にでもって」
 
 人聞きが悪いと口を尖らせると、眉を寄せた国広が切なく口の端を引き上げた。子どもには不似合いな表情だ。
 
「来る刀来る刀、誰も彼も大切だと、自分の全部を後回しにして審神者業に精を出して」
 
 どこか責めるような声音に、「いいことじゃん」と反論すれば「あんな終わりじゃなければな」と吐き捨てるように言って残りのオレンジジュースをひと息に吸い上げた。
 
「あんな終わりって?」
「……覚えてないのか?」
「なにを?」
「……いい」
「……終わりって? 本丸になにかあったっけ?」
「いい。終わったことだ」
「えー、そんな風に言われたら気になるよ」
「……どこぞの本丸の三日月が」
 
 言いかけて口を噤んだ先を促すように「三日月って、本丸うちの宗近さん? それとも……」
「お待たせ致しました」
 
 聞き覚えのある声にひくりと固まり、恐る恐る視線をあげる。
 先ほど注文を聞きに来たお姉さんよりももっとずっと高い位置を見上げると。
 
「み、つたださん!? え、な、え?」
「驚かせちゃったみたいでごめんね。ここ、僕の店なんだ」
「えぇぇっ!? あ、すみません、知らなくて……お邪魔してま、す?」
「デザートを持ってきたんだけど。好きなのを選んでもらおうと思って」
 
 目の前に差し出されたトレーには、色とりどりのケーキが並んでいる。ランチセットの本日のデザートにはクリームブリュレと書かれていたと思ったのだけれど。

「そっちの子は親戚かな? いくつでもどうぞ。こっちから、レアチーズケーキ、ミルクレープ、ダークチェリータルト、抹茶のムース、フルーツショート……」
 
 ケーキはどれもおいしそうだ。でも、隠して世話していた野良の子猫を親に見つかったような心地で、心臓がきゅっと縮こまりそれどころではない。

「どういう関係だ? まさか他にもセフ……」
「わぁおいしそうっ! ショートケーキ!! 私ショートケーキが好き! まん、まーくんはどうする?」
「……抹茶のムース」
「ショートケーキと抹茶のムースだね。オーケイ。すぐに持ってくるよ」

 にっこりと目を細めて踵を返した広い背を見送って視線を戻せば、「おい、まだ話していないことがあるだろう?」と詰問する気満々の『おかん』の表情。

「『三日月』『宗近さん』、ね」

 背を向けた光忠さんの小さな呟きが、私に届くはずもなかった。

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