こじえたうさぎとよるのもり

これも載せたと思ってたけど……以下略

「answer」がリメイク版なんだけど、そもそももしかしてanswer載せて、ない?

データ残ってるかなぁ……
今度から支部から消す時にはちゃんと確認してからにするぅぅぅぅ

ちなみにタイトルを漢字に直すと「虎児得た兎の夜の護」となります

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あたたかい。
腕の中におとなしくおさまってくれている白いモフモフをきゅっと抱きしめながら、来た時と同じく冷たい床を踏みしめて帰る。
外に面する広縁を歩いて行くには少し──ううん、かなり薄着だったのを反省したのは先ほどのこと。もう寝るだけだったとはいえ、なにか羽織ってくればよかった。
けれど今は腕の中にお供がいてくれるぶん、胸もお腹もほかほかと暖かい。
頬ずりしながら角を曲がった途端、自室の前に白い塊を見つけ、ひっと息を呑んだ。一瞬体が竦んだものの、すぐにそれとわかって緊張を解く。
 
「なんだ、虎なんぞ抱いて。部屋で寝てるんじゃなかったのか」
「鶴丸さんこそ、こんなところに座り込んでどうしたんですか?」
「きみの様子を見に来たらいなかったからな。ここで待たせて貰っていたところだ」

立ち上がった鶴丸さんは、単衣姿でずいぶんと寒々しい。膝までしかないワンピの寝間着でこんなところにいる私に言われたくもないだろうけれど、それにしたって夜目にもわかるその白い肌になおさら寒々しさが増して映る。

「それはすみません。寝ようとしたら寒くって、ちょっと粟田口のお部屋に行ってこの子を借りて来たところなんです。鶴丸さんは? どうかしましたか?」

お酒を飲むメンバーはまだ広間で宴の最中かもしれないけれど、そうでないみんなはもう自室で寝るまでのひと時を寛いでいる頃だ。そんな時間にここを尋ねて来る誰かはそういない。
急ぎの用事でもあったのだろうかと尋ねてみると、私の頭からつま先まで、二回ほど視線を走らせてため息を落とす。
やれやれと言わんばかりのその表情に意味がわからず、虎を抱え直しながら「あの、どうか、しましたか?」ともう一度おずおずと訊ねてみた。

「こいつじゃきみを暖めるには小さいだろう。もう少し大きい方がいいんじゃないか?」

用件を口にしないままそう言った鶴丸さんは、虎ちゃんの頭をぐりぐりと撫でた。

「もう少し大きいって……鵺ちゃんですか?」

黒い大きなあの姿を抱いて寝そべる様を思い描いてみる。
確かにあれだけ大きければ、お腹だけでなく足までほかほかと暖かそうだ。一緒に寝るのに少し布団は狭くなりそうだけれど、虎ちゃんと違って私の寝相を心配しなくとも大丈夫だろう。
そこまで考えて、ナナのことが過ぎった。
家で飼っていた猫が死んだとメールが来たのは、昨日のこと。
私が中学にあがってすぐの頃にうちに来た子だったから、もう十歳を超えていた。よく布団に潜り込んできては一緒に寝ていたけれど、いつも上手に蹴飛ばされたりしない場所を陣取っては寄り添って暖めてくれていた。
この次あちらに戻っても、ナナが玄関まで出迎えてくれることがないのかと思うと、鼻の奥がツンとしてくる。
あぁ駄目だ。

『心を揺らすと、霊力が不安定になりやすいので気をつけましょう』
 
研修で何度も言われたことを、もう一度心の中で繰り返す。私はあまり優秀な審神者じゃない。せめて気持ちは安定させておかなくちゃ。
喉にせり上がる何かをぐっと飲み込んで、細く息を吐き出した。
 
「……。あんな毛むくじゃらと寝たら、さすがに暑いんじゃないか?」
「暑いまではいかないと思いますけど。あぁ、でも鵺ちゃんがいなかったら獅子王さんが寒くなっちゃいますね」
「なぁ。きみ、本当に寒いのか?」

少し身を屈めた鶴丸さんが、私の顔を覗き込んできた。
金色の瞳をまっすぐ向けられると、心の内まで見透かされる心地になる。宥めた水面がまた波打ちそうで、私は視線を落として「寒いですよ」と笑って見せた。

「寒い、ねぇ……。そういう時には人肌がいいらしいぜ?」
「人肌、ですか」
「よし、その虎は返してこい。幸い今の俺には人の身がある。添い寝してやろうじゃないか」

名案だといわんばかりに快活な調子で紡がれたその言葉に、すかさず「結構です」と返す。まだこの本丸に人数が少なかった頃、広間で雑魚寝をしたことはあるけれど、いくらなんでも誰かと添い寝となれば、たとえ相手にその気がなくたって眠れるわけもない。

「即答とは驚きだな」
「こっちが驚きですよ。何言い出してるんですか」
「なんでだ?」
「なんでって、これでも一応女なので」
「そう謙遜するものじゃないぞ? きみは立派に女人に見える」
「はぁ、どうも……っていやいやいや、だったらなおさら駄目じゃないですか」
「なんだ、ずいぶん狼狽えて。きみは俺を男だとでも思っているのか?」
「え……違うんですか?」

刀剣男士というくらいだから、刀剣の神様はみんな男なのだろうと思っていた。そもそも見た目が男だ。そりゃもちろん乱ちゃんみたいに可愛い子もいるけれど、基本的にはいわゆるイケメン揃いで、その前提を疑ったことは一度もない。
先ほど鶴丸さんがそうしたように、ついつい顔から足下まで視線を走らせてしまう。
顔はそこいらの美人が束になったって敵わないレベルだし、細い腰は華奢にも見える。けれど、節くれ立った指先や、廊下を踏みしめる足先、見上げる身長と、トータルバランスはやはり紛うことなく男性に見える。
そうは言っても相手は神様だ。もしかしたら、そもそも性別がないのだと言われれば、そういうこともあるかもしれないと納得はできる。
混乱する私を面白がるような顔で見ていた鶴丸さんは、ふと破顔して「まあ、体は男だな」と胸を張った。

「体はって、心も体も男じゃないですか。刀剣男士の皆さんは全員男性だと認識していますよ?」
「ほぉ? そこまでわかっているのにそんなナリでこの夜更けにふらふらと部屋を出ていられるあたり、俺たちはよほどきみに信用されているらしいな」

そうでなくとも近かった間合いを、ついと詰められた。気圧されるように体を引きかけ壁に阻まれる。顔の横に手をつかれて、追い込まれたようになってしまう。
顔は笑っているのに、感じる気配はどこか不機嫌で、心臓を掴まれているような錯覚まで覚える。
刀剣男士が男性で、私が女で、でもだからって間違いなんて起きるはずもない。自分がその程度だということくらいは、ちゃんと弁えている。
それなのに、この神様は何をそんなに怒っているんだろう。

「どうした? 虎の巣穴にでも放り込まれたような顔をして」

白い指先が顎へと伸びてきて、つと上向かされる。
間近な美貌に、これが甘い雰囲気ならばさぞや胸が高鳴ったことだろうと頭の隅で考えてみる。でもあいにく私はそういう要員ではないので、本気で肉食獣に追い込まれた草食動物の気分だ。
なんだこれなんだこれ。
どうしよう。

「なんの心配もないんだろう? だったら何も問題はないな。俺が添い寝して暖めてやろう」
「……」
「なんて」
「そうですね! そうします!」

ぷつりと何かが切れた気がした。
寒い。暖める。人肌。ぐるぐるとそのワードが頭を巡る。
呆然とした鶴丸さんを前に、ただただここから逃げ出す算段をする。

「──……は?」
「うん、そうだっ! そうしよう! 人肌万歳! 人肌最高!!」
「は、え?」
「今夜は粟田口のお部屋にお泊まりさせて貰います!」

顔の横についた腕の下をくぐり抜けた彼女は、「五虎ちゃぁぁぁぁん!」とバタバタと派手に足音をたてて走り去った。
あんな大声をあげていけば、他の者も何事かと気に掛ける。あれなら心配ないだろう。
それにしても。

「『人肌万歳』ってなんだ」

独りごちてこみ上げる笑いをこらえていると、同じように廊下の奥からくつくつと笑い声が聞こえてくる。酒宴にいたはずの三日月が、袖で口元を隠しながら肩をふるわせていた。

「やはり勝ちは三日月だったか」

笑いを納めて問えば、「せっかくの兎を逃がしてくれたな」と返る。

「それほど気に掛かったならば、混ざって勝てばよかったのではないか」
「仮にも主だ。戦利品のように扱うものじゃないぜ?」

先ほどの酒宴でのほんの戯れ。
賭けに勝った者が、今宵主の部屋を訪ねてみるというものだ。
誰が勝っても無理強いすることはないだろうが、それにしたって神の末席に名を連ねる程度には齢を重ねた者に迫られて、それを躱すなどという芸当はあの子には荷が勝ちすぎる。
せっかく外からは開かないようになっている障子を、あまり易々と開けないように釘のひとつも刺しておこう。ついでに、昨日から少し塞いで見える彼女の憂いがなんなのかをそれとなく訊ねてみよう。
そう思って来てみれば部屋の主はおらず、戻ってきたその姿は年頃の娘が男に晒すにはずいぶんと無防備なナリで、つい添い寝などと言って灸のひとつもすえてやる気になってしまった。

「はっは、なあに、誰が勝っても無理強いはせんさ」
「勝算あってのことだろうによく言うぜ。天下五剣が小娘ひとりその気にさせるなんざ、赤子の手をひねるようなものだろ」

それには答えず、三日月は彼女の駆け去った向こうを見遣る。と、途端に肩がふるふると震え「まあ……面白いものは見られたな。ひ、ひとはだ……」と再び笑い出した。

「確かに、あの科白はないな」

一緒になって笑いながら、先ほどの様子を思い起こす。
目を白黒させて慌てふためく様は、なかなかに可愛らしかった。
元々の気質なのか、そう振る舞ってるのかはわからないが、主はあまり己の心を晒さない。その割に、時々さっきのようにこちらが想像もしなかったような突拍子もないことを言ったりやったりするのだから、これまで見てきた人の子の中でも、なかなかに興味をそそられる部類だ。

「して、鶴や。添い寝を承諾されたらどうするつもりだった?」

笑いすぎて濡れた目元を袖で拭いながら言う三日月は、興味深げにこちらを見ている。
そんなに面白い答えなどないものをと思いつつ、もしも承諾されたらと考えてはみたが、添い寝のひとつくらいはしてやっただろうとしか浮かばない。

「寝かしつけてやったさ。大切な主殿だからな」

今夜は特別冷え込んでいるわけでもない。ましてや、もう一番寒い盛りなどとうに過ぎた頃合いだ。
庭が雪で覆われた日にすら何も言い出さなかったあの子が、今日に限って寒いなどと口にして虎を借りてくるなどとは何もないはずがない。
それでも、そういうことで周りに頼るのが下手なタチらしい彼女が言いたくないのならば、せめて安寧な眠りくらいは守ってやっただろう。

今頃、粟田口の部屋では大騒ぎだろう。彼女が泊めてくれといえば、苦い顔をするのは一期くらいで、他は概ね歓迎するに違いない。
あの賑々しい空間で眠りにつくならば、今宵は寒くも寂しくもないだろう。
もっとも、明日は初期刀あたりに説教のひとつもされるだろうが。

そこまで考えてふと気付く。
これまで酒盛りをしようが何をしようが、目の前の男が賭けなどを持ち出したことはない。ましてや、主を戦利品扱いなどしたこともないくせに、今日に限ってそれをしたのは、三日月も彼女の様子に何か察するものがあったのかもしれない。
本気でそうするつもりならばひとりで忍んでくればいいだけで、わざわざ賭けなどと言い出して周囲に知らしめたあたり食えないじじいだ。

「どこに行く?」
「兎が巣穴に着いたかくらいは確認しておくさ」
「過保護なことだな」
「平らけく安らけく、とな。これもお役目というやつだろう?」

答えてやれば天下五剣はなぜか童が玩具を見つけたような目をしていたが、気にも止めずに粟田口の部屋へと向かった。

翌朝、朝餉の席は『主に夜這いを仕掛けた鶴丸国永が袖にされたらしい』という話題で持ちきりだった。