きみのはじめて

これもサイトに掲載してなかったみたい……
プライベッターには別バージョン載せてたけど、バックアップデータから拾えたので💦
サイトには全部載せてたつもりなのに、案外抜けがあるみたいだなぁ

NMさんのこの絵がかわいくて思わず書いたSSです♡
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「手入れしようか。髪、邪魔でしょ」

障子越しに柔らかな春の陽射しが差し込む執務室。その陽に照らされながら、ふると頭を振って顔にかかる髪をはらうさまに、キーボードを叩く手を止めて声を掛けた。
練度が上限間近の彼は、最近あまり出陣していない。しても怪我もせずに帰ってくるから久しく手入れをしていなかった。お陰で綺麗なプラチナブロンドは、前髪が鼻先に届きそうなほどに伸びてかなり邪魔そうだ。

「言ったそばから、怪我でもないのに資材を使うつもりか?」
「うっ……それはまぁ、そうなんだけど」

今し方まで数日後に迫った政府の対検非違使対策──仮想検非違使戦闘訓練について鶴丸と話し合っていた。十日間ほどのそれで新入りメンバーのレベリングも兼ねるとなると手入れでかなりの資材を消費するに違いないとの結論に至ったのは先ほどのこと。けして潤沢とは言えない資材庫を鑑みれば、髪を整える為だけに手入れをするなどという贅沢はこの本丸では許されない。
万屋界隈に行けば現世でいうところの美容院もあるけれど、審神者や刀剣男士がそこを利用するには事前申請が必要で、手続きもかなり煩雑だ。毛髪があれば呪詛が容易くなるから、というのが理由だと聞いたことはあるけれど現世に行った時に審神者が美容院を利用することについては何も制限されていないあたり、真偽の程は定かではない。とにかく、そういう手続きを嫌ってあそこを利用する人は少ないらしい。
対検非違使訓練が始まれば、鶴丸だって手入れをする機会はあるはずだ。今からあのお店を予約するよりも、その機会を待つ方が断然早い。それにしても、それが始まるまでにはまだ数日。せめて前髪だけでもどうにかしてあげた方がいいような気もする。
ふと思いついて、文机の小引き出しをあさる。ノートや筆記具を避けながらゴソゴソと探れば、目当てのモノはクリップ入れの小箱に収まっていた。髪につけるピン留めだ。
前髪が伸びてくると机に向かう時だけ思い出したように使うそれは、ここしばらく役目を果たすこともなく仕舞い込まれたままだった。
濃いピンク色のそれを手にして、再び鬱陶しそうに髪をかきあげながらマグカップに口をつける鶴丸ににじり寄る。

「なんだ?」
「ちょっとごめんね」

手を伸ばし、前髪をそっと額から流して撫でつける。あまり触ったことのない彼の髪は案外素直で柔らかだ。その感触と近すぎる距離に心の中で平常心平常心と連呼しながら、ぱちりと髪留めをつけ、すぐに身を離した。

「どう? これなら少しは邪魔にならないかなって」

目に掛からなくなるだけで、鬱陶しさは軽減されるはずだ。
髪留めなんて、しかもピンク色ともなれば男の人がつけたら普通は違和感があるものだろう。けれど、彼の白銀にとまるそれは可愛く映えて、綺麗な人というのは男女問わずなんでも似合うらしいと改めて実感する。

「ふふ、かわいい」
「男相手に使う言葉じゃないな」
「そうだけど、鶴丸は私なんかと違って綺麗だからなんでも似合うし。それに、これなら前髪邪魔にならないでしょ?」
「それはそうだが、……きみなぁ」
「ん?」

何か言いかけた鶴丸は、いや、と黙り込んで再びカップに口をつけた。
 
そんなやりとりがあったのが昨日のこと。

おやつの時間よりも遙かに早く仕事を終えて訪ねた鶴丸の部屋。
障子をひけば部屋の隅、胡座をかいた白い神さまはハサミと鏡を手に難しい顔をしていた。

「髪切ってるの?」
「あぁ。存外難しいもんだな。切りすぎた気がする」

一カ所だけハサミを入れてみたのだろう。不自然に短い場所がある。そのあたりを指先でつまんで引っ張り、手鏡を覗き込んでは小首を傾げて確認する姿は常にないもので、つい笑いが漏れてしまう。
なんだと視線で問われ、慌てて笑いを引っ込めながら「それだといつもよりも少し短いかもね」と答えると、ため息混じりに「だよなぁ」と返った。

「ちょうどいい。きみが切ってくれないか?」
「私!? 加州か一期にでもお願いした方がいいよ。私、誰かの髪なんて切ったことないもん」

私の髪を切るのは加州の役目と決まっている。初期刀の特権だよ、と他の誰にも私の髪を切らせない彼は、伸びてくると「そろそろ切る?」と声を掛けては上手に整えてくれる。一度、前髪だけだしと仕事の合間に自分で切ったら泣かれたので、以来全面的に加州にお願いすることにしている。
一期はといえば、天気のいい日には庭で短刀の誰かの髪を切ってあげている姿を時々見かけるから、こちらも間違いなく上手だろう。

「他のヤツの髪を切ったことはないのか?」
「ないよ。だからやめたほうが」
「なら尚更きみがいい」
「なにが尚更なんだか全然わかんないんだけど」
「俺が自分でやるよりマシだろう。……イヤか?」
「……驚きの結果になっても知らないよ?」
「いいさ。どうせまた伸びる」

確かに髪は伸びる。あまりにあまりな時には、自腹で資材を投入して手入れすればリセットだってできる。そう考えると気が楽になった。それに人の髪を切るというのは初めての経験で、子どもの頃のごっこ遊びのような心地でワクワクもしてくる。

「わかった。やってみるね」
「あぁ、頼んだぜ」

彼の髪にとまるピンクの髪留めをはずし、ざっと手ぐしで整える。
昨日も思ったけれど、鶴丸の髪の毛はとても触り心地がいい。猫っ毛というほどでもないのに柔らかで、そのくせサラリと指の間をすべる。ずっと触れていたくなる誘惑を押しのけ、まずは櫛を手にして全体を丁寧に梳る。
その間ずっと、ふたつの金色は観察するようにこちらに向けられていた。

「なに?」
「いいや。別にどうもしない」

笑み含んだ声で答えつつも、彼の視線は私に注がれたままだ。
息がかかりそうなほどに近いこの場所で、じっと見つめられるのは心臓に悪い。やたらと綺麗で、ましてや大好きな相手ともなればなおのこと。意識するほどに鼓動は煩いほどに早まり、ハサミを持つ手にじとりと汗が滲む。

「えーと、鶴丸。目を閉じてくれる?」
「なんでだ?」
「切った前髪が目に入ったら痛いと思うし。ね?」
「そうか。なら切る時にはそう言ってくれ」

ニヤリと口の端を引き上げる様は、わかってやっているに違いない。

「手元が狂って、本当に驚きの結果になっても知らないよ?」

熱くなる顔を意識しながらそう言うと、軽く肩を竦めた鶴丸はそっと目を伏せた。
ところが。
目を閉じてさえくれれば少しは落ち着くかと思った鼓動は、相変わらずいつも以上の早さで体中に熱を送り続ける。
伏せた瞼に白銀の睫。緩く結ばれた唇。その無防備な表情は、まるでキスを待っているような顔だ。
いやいや、そういうんじゃないから。別に鶴丸はそんなこと考えてないから!
言い聞かせながら気持ちを落ち着けようと、密やかに深呼吸を繰り返す。

「どうかしたかい?」

いつまでも手を止めているのを不思議に思ったらしい鶴丸は、再び目を開けた。瞼は閉じていても開いていても緊張することに変わりがないというのを再確認しながら「ドーモシマセン」と答えると、のぞいた金色は小さく笑って再び瞼の奥へと隠される。
もう一度ゆるりと息を吸ってから、プラチナブロンドを指先で挟む。美容師さんがやってくれる様を思い描きながら、切っては整え、櫛で梳いては確かめるのを繰り返す。そうして集中しているうちに、徐々に鼓動も落ち着いてくる。
いつもの髪型を思い描きながら、せめて格好悪くならないように整えるのが目標だ。膝立ちになったり、ぺたりと座ったりしながらハサミを操る。サイドの髪は難しいからほんの少しすくくらいに。後ろ髪は伸びた分を切る程度で。最後にもう一度前髪を整えてから全体に櫛を入れて、バランスの確認をする。
よし。
少し前髪が短めな気もするけれど、初めてにしては悪くないと思う。たぶん。
鶴丸の鼻先や顔についてしまった髪を、自分の袖先を指元まで引き上げてちょいちょいと撫ではらっていく。その間もされるがままの無防備な様子に、なんとなく手が止まった。
キスしたい、かも。
これまでにも何度かされたことはある。深く口づけられた時は、翻弄されるばかりのそれが少し怖くて、なのにちょっと気持ちよかった、なんてことは恥ずかしくてとても言えないのだけれど。
誘われるように薄い唇にそろりと指を這わせ、ハッとして慌てて手を引っこめた。

「お、終わったよ」
「……」
「鶴丸?」

ため息と共に現れた金色は、どこか残念そうだ。仕上がりを見ないうちからそんなにがっかりそうにしなくても、と鏡に手を伸ばした途端、膝立ちでいた腰を抱き寄せられてバランスを崩す。

「わっ、鶴丸、危ないよ。私、ハサミ持ってるんだから」
「そうだな。だから」

暴れてくれるなよ、と常より低い囁きが耳に届いた途端、唇を塞がれた。
先ほど指で触れたそれが私の下唇を柔らかに食み、唇を舐めあげた舌が抗議の声をあげようとした隙を逃さずぬるりと滑り込む。逃げるのを追い、絡めながら上顎をくすぐる柔い感触にふるりと体が震える。頭と背とに廻された手に捕らえられたまま、漏れそうになる声ごと貪られるうちに頭の奥が痺れはじめる。
指先に引っかかるだけになっていたハサミが意識の外へと追いやられて滑り落ちると、ようやくその熱は離れていった。

「どうせ触れるなら、このくらいはするもんだぜ?」

揶揄うような口調に反して、背を撫でる掌がひどく優しい。
何か言ってやりたいのに言葉にはならなくて、ふたつの金色を上目遣いにむぅと睨む。 
 
「なんだ、口吸いをご所望だったんじゃないのか」

見透かされた心地で、上気した顔がますます赤くなるのを感じる。
腕の中から逃れようと身をよじると、それすらも彼の予測の範囲だったのかなんなく押さえ込まれ、抱きしめた手があやすように背を叩いた。

「はは、すまん、悪かった。したかったのは俺の方だ。きみに間近で見つめられて我慢の限界だった」

そんな風に謝られてしまえば、もう何かを言うことも出来ない。
緩められた腕からそっと身を起こすと額に口づけられ、また少し体温が上がった。
こんな時、彼の腕の中におさまったまま、私もキスしたかったよ、なんて素直に言えたらいいのかもしれない。けれど、口から滑り出たのは「はい、鏡」だったのだから我ながらつくづく可愛げがない。
ため息に曇る心の内など知らないであろう鶴丸は、喉の奥でくつりと笑うと、受け取った鏡面を覗き込む。

「ありがとう。これできみに『かわいい』などと言われずに済みそうだな」

これは返そう、と畳に置かれた髪留めを手にして私の髪につけてくれた鶴丸は、かわいいな、と目を細めた。
 
「そ、そんなことな」
「おっと、それ以上言ったらまたその口を塞ぐぜ?」
「──っ」
「きみはかわいい。かわいくて、愛しくて、俺の一等大切な番いだ。忘れてくれるなよ?」

そういうのは惚れた欲目って言うんだよ、と心の中で呟いてみる。それでも、鶴丸がそう思ってくれているならやっぱり嬉しくて、視線を逸らしたまま頷くとぽんと頭を撫でられた。

「髪を切らせておいて今更なんだが、仕事は大丈夫なのか?」
「うん、もう終わった。提出書類もこんのすけが持って行ってくれたよ」 
「だったらこの後、甘味でも食べに出るか?」
「いいの? 鶴丸、甘いの好きじゃないでしょ? なんか企んでる?」
「きみなぁ……髪を切ってもらった礼にと思ったが、そうまで言うならやめておこう」
「行く! 行きたい!」
「俺はここを片付けるから、きみは支度してくるといい。……着替えた方がいいかもしれんな」

そう言いながら、先ほど抱き込まれたせいで微妙に髪の毛まみれになった私の服をパタパタとはらってくれた。

「鶴丸も着替えた方がいいかも。たぶん着物の中にも髪の毛入っちゃってるし」
「あぁ、そうしよう」
「支度してくるよ」

鶴丸とふたりで出掛けられる。それだけでもう心が浮き立つのを止められない。
急いで立ち上がり部屋を出ようとする背に「そういや、きみ」と声が掛かって足を止める。

「なに?」
「ここに来たってことは何か俺に用があったんじゃなかったか?」
「ううん。鶴丸の顔が見たくなっただけだよ」
「そ、そうか。ならいいんだ」
「支度してくるね」

スキップしそうな勢いで廊下を渡る私に、「あの子は時々心臓に悪いな」などという呟きが届くはずもなかった。