蜜に誘われ、鶴一羽

サイトに掲載してるからいっか……といくつかpixivから作品を削除したんですが、これは上げてなかった💦
バックアップデータの中に残ってたので上げときます。

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庭先を彩る白梅は、五分咲きといったところだ。
その梅の蜜を目当てに、二羽のメジロが綻び始めた蕾に嘴を寄せては移動するのを繰り返している。同じ番いかはわからないが近頃よく目にする光景で、時折鳴き交わしては枝を渡る様はとても愛らしく自然頬が緩む。
起き抜けに外の様子を見てみようと布団を這い出し障子を開けてみただけなのに、今日もやって来ていたその可愛らしい姿に畳に座り込んだままついつい見入っていしまう。
この本丸で迎える三度目の春も、もうすぐそこまで来ている。
花の時期を過ぎれば、今年もたくさんの梅が実るに違いない。またみんなで梅を摘んで、梅酒や梅ジュースを作るのも楽しそうだ。

「わっ」

唐突に両肩をつかまれて息を呑む。
もう何度となく同じ手で驚かされているのが悔しいけれど、そうは思ったって驚いてしまうのを止めることもできず、振り返って見れば今日もしてやったりと金色の目を細めている。
わざわざ続き間からまわりこんで部屋に来るだなんて面倒だろうに、こういう所に手間を惜しまないところはいっそ感心してしまう。

「きみは毎度いい反応をするな」

驚かし甲斐があるぜ、と笑った白い神様は障子に手をかけて庭を見遣ると、そのまま背後に腰を下ろし、私のお腹のあたりに両の手をまわす。
背中からじんわりと伝わる熱が嬉しくて、でも恥ずかしい。
少し迷って遠慮がちに体重を預けると、もっと寄りかかれと言わんばかりにそのまま抱き込まれてしまった。

「まだ着替えてなかったんだな」

頬に口づけられて、そのまま肩に顎が載せられる。
彼がこの部屋に泊まるのはお休みの前の日と決まっているのに、昨夜はついつい流されて肌を合わせてしまった。
──なんて。もっと一緒に居たいと思ってしまったのは私の方だ。
それでも今日も朝から遠征や出陣、書類仕事も積んでいる本丸通常営業日。
日が昇る少し前に起き出した鶴丸は、布団の中でまだうだうだとしている私の額に唇を寄せて、そのまま自室へと帰って行った。

「あの後また少し寝ちゃったから。……だからもう無理って言ったのに」

恨みがましくお腹にまわされた手に掌を重ねながら言うと「かわい過ぎるきみが悪いな」などと返され、むぅと黙り込むしかない。

「何を見てたんだ? あぁメジロか」

尋ねておきながらすぐに答えを見つけた鶴丸の視線の先で、相変わらず睦まじい二羽の小鳥は互いの近くを飛び交っては蜜を吸っている。

「うん。仲良しで可愛いなって」
「鳥が好きか?」
「好きだよ。子どもの頃うちでも手乗りの文鳥を飼ってたんだ。私は嫌われてたけど」
「きみが? そりゃまたどうして」
「可愛くて大好きだったんだけどね、手に乗って欲しくて追いかけまわしてたら、すっかり怖がられちゃったみたいで」
「へえ、よっぽど好きだったんだなぁ」
「親に怒られて反省したけど、もうあの後は私の手にも肩にものってくれなくなっちゃって……寂しかったなぁ」
 
真っ白な文鳥と、ただ仲良くなりたかっただけだった。だから、部屋に放された小さな鳥を、ここに乗ってと手を差し出しては追いかけまわしていた。
鳥にしてみればずいぶん怖かっただろうと今ならわかるけれど、親の肩や手には迷わず止まるのに私には寄りついてくれないのが悔しくて、尚更追いまわした。仕舞いには私が居ると高い箪笥の上から降りてくることもなくなってしまったのがとても哀しかったのを覚えている。
 
「好き過ぎて追いかけまわすなんて、今のきみからじゃ想像もつかないな」
「まだ小さかったから、加減もわからなかったんだよ」

苦笑しながら答えると、お腹にまわされた腕にちょっとだけ力が込められてますます体が密着する。
感じる体温以上に体が熱くなる気がして、もぞもぞと動いてみても放してくれそうにはない。諦めて再びその胸にそっともたれかかった。

「加減なぁ……。いまなら無用の心配だぞ?」
「へ?」
「きみの飼い鳥を追いかけまわしちゃくれないのか?」
「鳥って……」

追いかけまわすもなにも。この本丸で生き物は飼っていない。池には鯉がいるけれど、あれは飼ったというよりも池に最初からいたと言った方が正しい。
鶴丸の物言いに『鳥』の心当たりがないこともないけれど、『飼った』覚えは一度もない。
どうにか身をよじってその表情を覗き込むと、金色の目が愉しげに細められた。
『鳥』の正解はやはり彼らしい。

「か、飼ってないでしょ」
「よく懐いてると思うがな」

くつくつと機嫌よく笑う鶴丸は、私の手を取ると掌に口づける。そのまま指を絡めるように手を握りこむと、耳に息を吹き込むように「昨夜も乗ってただろう?」などと囁いた。
途端に背中に甘い痺れが走る。
耳を押さえて飛び退くように体を離しかけたのに、そのまま手をひかれ今度は正面から抱きしめられてしまった。逃亡失敗。

「あ、あさ朝から何言ってるの」
「この鳥はきみのことが好きでたまらないからな。朝も夜も懐いてたいのさ。……俺のことは追いまわしちゃくれないのかい?」
「それは……」

こんな風になる前はずっと、叶えようなんて考えることもいけない恋だと思っていた。
だって相手は神様で。触れられるほど近くにいたって気安く話してくれたって、優しくしてくれるのも全部全部私が審神者で主だからだ。それ以上なんてあるはずもない。幾度も幾度もそう言い聞かせてた。

鶴丸から想いを告げられた時には、とうとう妄想が暴走して幻聴が聞こえるようになったと本気で思った。
どうやら幻聴ではなかったとわかっても、だだ漏れになってしまった私の想いに気付いた神様に同情までさせてしまったと自己嫌悪でぐるぐると悩んで。
事態を見かねた初期刀の清光はじめ皆の後押しがなかったら、こんな幸せな時間は得られなかったと思う。

そんなだったから、今でも名残のようにまっすぐ気持ちを口にするのをほんの少し躊躇してしまう。
こんなに素敵な神様が、平凡という言葉をそのまま具現化したような私を好いてくれているのが不思議だと、今でも心の片隅で思っているせいもあるかもしれない。
その気後れが、想いを告げて手を伸ばすことを躊躇わせる。

「それは?」
「あー……はは、ううん、なんでもない」
「答えになってないな」

不機嫌そうに息を吐いた鶴丸が、私の首筋につと舌を這わせる。漏れそうになる甘い声はすんでのところで飲み込んだ。

「っ、つ、つるまるっ」
「なに、きみの肌に咲いた花の蜜に誘われただけだ」
「花って、それは鶴丸がやったんでしょ。だいたい鶴は蜜は吸い……」

ません、と言いかけて、墓穴を掘ったことを悟った。
昨夜のあれこれを思い出して顔に一気に熱が集まる。

「この鶴が君の蜜を好むってのはよくよく教えたつもりだが?」

昼間聞くのとは違う、少し低いその声に体がぞわりと反応してしまう。
指先で私の耳をくすぐりながら反応を愉しんでいるのがわかるから、精一杯の虚勢で睨んでみる。

「はは、真っ赤だな。そんな風に睨んだってかわいいばかりだぜ?」

何を言っても、どうしたって勝てる気がしない。
諦めてぽすんとその胸に顔を埋めると、ぽんぽんと後ろ頭を撫でられた。

「続きはまた夜にでも聞かせて貰おうか。明日は休みだしな」

楽しげな声が直接体から響いて聞こえる。
言葉に不穏な気配を感じなくもないけれど、大好きな鶴丸にこうして抱きしめられているのはやっぱり嬉しい。トクトクと早まっていく鼓動すら、彼にもたらされているものだと思うと愛しくてたまらなくなる。
もう今日はずっと、このままこうしていられたらいいのにな。
ちらりと過ぎる願いを隅っこに押しやって、名残惜しいぬくもりから身を離した。

「も、着替える。そろそろ誰か呼びに来ちゃうよ」
「あぁ、だからこうして呼びに来ただろう?」
「えっ、そうだったの? ごめん、すぐ着替えるね」

主といえど私がご飯に遅れた時には気にせず先に食べていい、というのがこの本丸のルール。みんなはもう食事を開始しているだろう。
この後みんなをスムーズに送り出す段取りを考えれば、私も急いで支度しないと間に合わない。
腕の中から抜け出して立ち上がると、うまく足に力が入らなくてよろけてしまう。

「っと、大丈夫か?」

すかさず立ち上がった鶴丸の腕に掴まって頷きながら「すぐに行くから先に行ってていいよ」と告げる。
今日は鶴丸に第一部隊を任せている。身支度はすっかり整っているとはいえ、出陣前には部隊のみんなと軽く打ち合わせをしたりするだろう彼をいつまでも引き留めておくわけにもいかない。

「いや、ここで待ってるからきみは着替えてくるといい」
「でも……」
「ほら、急いだ急いだ」

部屋の中へと押し込まれ、障子を閉めようとした鶴丸の襟元を両手でクイと掴んで引き寄せる。
そのまま必死で背伸びしたけれど、口づけは惜しくも唇に届かず顎のあたりに触れた。

「お、驚いたか」

そう言ってはみたものの、どう贔屓目に見ても動揺しているのが私で、鶴丸はあまり驚いているように見えない。
『追いかけまわちゃくれないのか?』に精一杯応えたつもりだけれど、失敗したかもしれない。
うぅ、恥ずかしい。

そのまま急いで障子を閉めて、二回ほど深呼吸してから気付いた。
文机の上に、幾つか花のついた梅の枝。それには文も結ばれている。
考えるまでもなく鶴丸からだ。

結局、私が驚かされてばかりなのが悔しい。悔しいけど、心がほっこりと暖かなもので満たされる。
緩んでしまう頬を両手できゅっと押さえてから、私は急いで身支度に取りかかった。
障子の向こうで、珍しく目元を染める鶴丸が口元を覆っているだなんて少しも知らないままに。