つながらない空 (みかさに)

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*2017夏コミでの無料配布本。

表紙はたまさんに描いて貰いました。ものっそギリな日程になってしまったのにお話の雰囲気に合わせた素敵三日月♡
たまさんに感謝×∞です✨✨✨
 

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「んん!?」
 転位道を抜けたそこはいつもの政府の施設ではなく、よく知る地元の商店街の一角、辛うじて人目につかない路地裏だった。
 濃い影を地面に灼きつけるように降り注ぐ陽射しの元、路地からそろりと顔を覗かせてみれば、やはりよく知るその町並み。斜め向かいに見えるお肉屋さんのコロッケは絶品でおばあちゃんも好きだった。ほくほく熱々のそれはほんのり甘くておいしくて、中学の頃は部活帰りによくみんなで食べ歩きをしたりして。そんな話をしたら、三日月さんも食べてみたいって、──あれ?
「三日月さん?」
 路地の奥を見遣っても、周囲を見渡してみても、一緒に本丸の転位門をくぐったはずの近侍の姿がない。
 鼓動が跳ねる。
 どういうことだろう。そもそも、転位門の座標軸は現世の政府施設に合わせた筈で、こんな場所に出ること自体がおかしい。遡行軍の干渉ならばすぐに敵が現れそうなものだけれど、どうもそういう様子もない。
 現世にだって何度も来たことのある三日月さんがひとりでどこかに出たとしてもすぐに困ることはないだろうけれど、まさか一振りで居る三日月さんの方に敵襲なんてことになっていたら。
 考えかけて、ふるふると頭を振って両手を頬にあてて息を吐く。
 落ち着こう。まず、事務局に連絡をして状況を把握して、三日月さんの所在を──。
「あ゛ぁ……」
 気付いてどっと脱力してしまう。荷物はすべて三日月さんが持ってくれていた。通信端末どころか、お財布すらもない。
 じわりじわりと汗が噴き出す。こんな暑い最中に、飲み物を買う小銭すら持っていないなんて、それはそれで大層まずい。
 幸いここからは自宅が近い。鍵も荷物の中だけれど、何かあった時の為にとお隣にも預けてあるから家に入ることは出来る。
 まず、家に行こう。やることを決めると、ほんの少し心が落ち着く気がした。
 駄菓子屋さんのアイスのケースを恨めしく横目に見ながらも、慣れ親しんだ道を歩く。幸か不幸か知った顔に会うこともないまま、見慣れた生け垣が見えてくる。
 おばあちゃんの大好きだった白椿の生け垣。
 その生け垣の前に人影が見える。近づいてみれば、お隣のおばさんだ。よかった、これならすぐに鍵を受け取って……。
「え……?」
 思わず声が漏れ、足が止まった。どくんどくんと心臓が喉元までせり上がって音を立てる。
 生け垣の向こう、庭に立って朗らかに笑う人。真っ白な髪の割に、しゃんと伸びた背筋。姿勢が悪いと、いつもすかさずぴしりと私の背中を叩いた、あの人。
「なん……で……」
 まだ少し距離がある。届くはずのない呟きがまるで聞こえたように、隣のおばさんへと向けられていた視線がこちらに向けられる。釣られたようにおばさんの視線もこちらに向けられるけれど、それすらも既に意識の外だ。
「あらあらあら、のんちゃん」
 目を丸くしたその人は次の瞬間くしゃりと笑った。それだけで、胸がぎゅうと締め付けられた心地になる。
 ゆっくりゆっくり歩を進める。駆け寄ったら消えてしまうかもしれないから。壊さないように慎重に近づいて、けれどそれは消えることもなかった。
「おばあ、ちゃん?」
 生け垣の向こうで目を細めるその人は、去年亡くなったはずのおばあちゃんだった。
  
 
 
◇  ◇  ◇    ◇  ◇  ◇

  

 親代わりだったおばあちゃんが亡くなったのは去年のことだ。私が審神者として本丸での生活を始めて、三ヶ月後のこと。
 元々あった本丸を引き継いで三ヶ月。ようやく少し刀剣男士のみんなと打ち解け始めたかな、という頃でお盆休みだなんていって本丸を空けるのも憚られるそんな時期だった。
 夏の始めに、お正月には一日くらいは帰るよって伝えて、だったら今年の夏は旅行に行こうかしらと楽しげな声を端末越しに聞いた、それが最後になった。その旅行の帰り道、バスの横転事故でおばあちゃんは亡くなった。
 
「今年の夏は帰れないって言っていたのに、何かあった?」
「う、ううん。仕事でこっちの方に来て……ちょっと、寄ってみただけ、なの」
 縁側に並んで座る。背後からの扇風機の風を感じながら、氷の入った麦茶のグラスを受け取る。ごくごくと飲み干すと、すぐに新たな麦茶を注いでくれたおばあちゃんは「昼は? 食べた?」とよっこいしょと立ち上がりながら訊く。
「大丈夫」
「ばあちゃんはもう素麺食べたのよ。食べるなら茹でようか?」
「ううん、ホント大丈夫だから」
「そう? ならちょっと台所片してくるから」
「うん」
 日付は八月十一日。おばあちゃんが旅行に出掛ける二日前だ。
「どうしよう……」
 グラスに伝う水滴を指先に感じながら、ぽつりと呟く。
 どうするも何も、元々の予定通りに電話で現世の担当事務局に連絡を取って、指示を仰がなくてはいけない。いけないとわかっているのに、それどころじゃないとざわつく頭の中から声がする。
 三日月さん。そう三日月さんだって、私とはぐれて困っているかもしれない。
 やらなければいけないことはわかっているのに、どうしてもそれをすることが出来ない。だって、会いたかった。会って、もっと話しておきたかったと、いっぱいいっぱい後悔したのだ。
 歴史を改変したい人の気持ちがわかるって、あの時、思った。
 誰だってやり直したいと思う過去のひとつやふたつある。歴史は作られていくものだというならば、望む未来を導こうとして何が悪いのか。
 その瞬間がいつだって『今』ならば、それは改変じゃなくて普通にあり得た事象のひとつでしかない。
 考えれば考えるほど、歴史修正主義者だって間違ってはいないじゃないかと思ってしまう自分が苦しくて、でもそんなことは誰にも言えなくて、ただ蹲っていた。
『思うくらいは許してやれ』
 そう言って抱きしめてくれた淡い白檀の香り。 
『思うだけで罪なものか。そうだろう?』
 宥めるように撫でてくれた大きな掌に促されて、私はようやく心のままに泣いたんだ。
 グラスの中で氷がからりと音をたてた。なんとなく口をつけて、息を吐く。そうして庭を見れば、本丸同様、雑草がきちんと刈られている。
 おじいちゃんが生きていた頃は草むしりはおじいちゃんの仕事だったけれど、おじいちゃんが死んでからは私の仕事になった。その私も家を出てから、おばあちゃんがひとりでこの庭を整えているんだろうか。
『のんちゃんも立派にお仕事に就いて、後はばあちゃんは久則さんのお迎えを待つばかりだわ』
 おじいちゃんの仏壇に手を合わせ、そう言って送り出してくれたおばあちゃん。そんな風に言われたって、もっともっと生きていて欲しかったんだよ。
 肺の中の空気をすべて吐き出すように、ゆるゆると息を吐く。そうして無意識に、手首のブレス、鎖に繋がれたラピスラズリの石を触れている自分に気付く。
 初めて本丸に就任した日。三日月さんは『何もせず、居るだけでいい』と笑った。
 実際、あの本丸はみんな錬度が高く、事務仕事にも明るい刀剣が多かったので、私が何かを指示するよりも任せた方が何もかもが円滑に進んだ。だからそれは、言葉の柔らかさとは裏腹に、実質、黙って引っ込んでいろと言い渡されたも同然だった。
 みんなと仲良くなれるように努力して、それでも三日月さんは迷惑そうに眉を顰めるばかりで。
 いろんな出来事を一緒に経験するうちに、ようやく本当に主と認めてくれたあの日。
 三日月さんの瞳のような、濃い夜空の色をうつした石。ラピスラズリの石のついたブレスレットをくれたんだ。
 今、私がおばあちゃんに旅行には行かないでとお願いしたら。そうすれば、おばあちゃんはあんな風に死ななくて済む。
 でも。
 みんなが時に傷だらけになって、命を賭けて戦ってくれているのは何のためかと戒める。そんなことをして、それで主ですなんて胸を張れるはずもない。
 やっぱり、早く事務局に連絡をとらなくちゃ。そう思って立ち上がりかけたのと。
「主っ!」
 生け垣の向こうから声が掛かったのは同時のことだった。
「──!」
 サンダルすら履かず、靴下のままで縁から降りて駆け出す。そのまま早足で庭へとやってきたワイシャツ姿の彼に、飛びつくように抱きついた。
「無事でよかった……肝が冷えたぞ」
「……」
「……主?」
 白いシャツにぎゅうぎゅうと掴まって、顔を埋める。
 ほんの今し方、審神者としては当たり前の、けれど自分にとっては重大な決意をしたその途端、こんな風に現れるだなんて絶妙のタイミングにもほどがある。張り詰めきった糸が、もうそれだけで切れてしまった。
「主から俺に抱きついてくれるとは、よきかなよきかな」
 能天気なことを朗らかに紡ぐ声音に反して、背を撫でる手はどこまでも優しかった。
 一緒に本丸を出てきた時にはあった黒いネクタイも上着もない。きっと三日月さんはちゃんと事務局かどこかに連絡を取って、そうしてここに来てくれたんだろう。
 法事をするはずだったその場所の、一年前。まだおばあちゃんが生きているこの時間だと全部ぜんぶわかった上で。
「主、俺はこのままでもいいんだが……御婆様が見ているがいいのか?」
 ひぅと息を呑んで身を離し、縁側を見遣る。
 西瓜を載せた盆を手にしたおばあちゃんは、「あら? もういいの?」と茶目っけたっぷりに目を細めた。
 
 
◇  ◇  ◇    ◇  ◇  ◇
 
 

「たった三ヶ月で随分大人びたと思ったら、なるほどねぇ……」
「……?」
「恋をすると綺麗になると言うけれど、ほーんと、のんちゃん綺麗になったわ」
「おばあちゃん」
 三ヶ月ではない。本当はもう私の上には一年以上の時間が流れている。言えるはずのないことを飲み込んだまま、胸の奥の重みは増すばかりだ。それでも、隣に三日月さんが居てくれるだけでさっきよりはずっと上手に笑って話せる気がした。
「恋ってそんな……」
「恋、か。やあ、嬉しいな」
「三日月さん?」
「今更照れることないじゃないの。さっきだって……ああいうの、らぶらぶっていうのよねぇ。神様に見初められるなんて、さすがうちの孫だわ」
「毎日口説いているんだがなあ。なかなか色よい返事が貰えん」
「ちょっ」
 慌てる私を横目に、天下五剣サマはいつもの優美な仕草で麦茶を口に含む。
 三日月さんとは主と認められる前に夜を共にした。それは彼にとって主を適当に満足させて言いくるめておくためのいつもの手段であり、女性を喜ばせる方法のひとつだった。
 そんな関係が先行してしまったばっかりに、私と三日月さんとの関係は順番も距離感も何もかもがとっちらかったままで、妻に鞘にと乞われてもどうにも素直にはいと頷けない。
 だからといって、なにもおばあちゃんにばらさなくてもいいじゃないの、もうっ!
「あらまあ、のんちゃん。大切なものがいつでも傍にあるなんて思わない方がいいわよ? ちゃあんと掴まえておかないと」
 大切なもの。そう言われて、 つきんと胸が痛む。それは三日月さんのことではなく、本当の今にはいない、おばあちゃんを思ってのことだ。
 大好きだった、とか。育ててくれてありがとう、とか。なんとなく伝わっている気になって言わなかった言葉。でも今それを口にするのはあまりに不自然だろう。
「おばあちゃ、肩でも揉もうか?」
「大丈夫よ。最近ヨガを始めたら調子がよくてね。それよりものんちゃんの方が大変なんじゃないの? なんだか顔色も悪いかも……ちゃんと食べてるの?」
「……うん」
「御婆様、主は暑くなった途端食が細ってなあ。厨の担当も主がなかなか食べてくれぬとぼやいているんだが、昔からか?」
「あらあら、やっぱり。そうなのよ」
 ころころと笑っておばあちゃんは楽しそうに私の子どもの時からの話をする。三日月さんはいちいち興味深そうに質問を挟みながら、相づちを打つ。
 私を間に挟んでの会話に耳を傾けながら、やっぱり胸が少し苦しい。私の今は確かに今なのに、ここの時間は今じゃない。それがこんなにも哀しい。
「ほれ、背筋はしゃんとっ!」
 ふいにピシリと背中を叩かれて、びくりと肩が跳ねる。そっと顔を向けると、眉を下げた皺だらけの顔がこちらを見つめていた。
「……久し振りに聞いた。おばあちゃんのそれ」
「あぁ、そうだ。のんちゃん。ちょっとおいで」
「うん?」
 おばあちゃんに手招きされて行った先は、台所だった。
「ここにね」
 シンクの下の収納スペース。そこに頭をつっこんだおばあちゃんは、「ほれ、ここにね」と収納スペースの下の板をはずして見せた。子どもの頃からこの家に住んでいたのに、こんな場所があるなんて初めて知った。
 私がびっくりしているのも予想の範囲だとでも言いたげな、悪戯を成功させた子供のような顔で笑ったおばあちゃんはいっそ得意げにも見える。
 そっと背後から覗き混む。板をはずした下は石造りの収納スペース。そこに大きな瓶の蓋がいくつか見えた。
「ここにね、梅酒があるから。覚えておいてね」
「梅酒?」
「久則さんが好きだったから毎年漬けてたんだけどねぇ。ほら、ばあちゃんは飲まないし、でも腐るもんでもないからね。ここにあるから。ね?」
「なん、で今?」
「そりゃ、ばあちゃんはもういつ死んだっておかしくないの。言える時に、言っておかないとね」
 唇が震える。胸にせり上がった何かがぎゅうぎゅうと詰まって「旅行はやめて」と言いそうになる。だけど、やっぱり私はそれを言っちゃいけないんだ。
「そっか……おばあちゃん、あのね。……大好き。私を育ててくれて、ありがとう」
 なかなか言う機会なかったから、と。笑ってはみたけれど、あまり上手に笑えなかったかもしれない。それでも皺を深くくしゃりとしたおばあちゃんは、嬉しそうに目を細めて、子供の頃と同じように私の頭を撫でてくれた。

 
 
◇  ◇  ◇    ◇  ◇  ◇

 

 結局、おばあちゃんの家を後にしたのはもうすっかり日が傾いてからのことだった。名残惜しさを振り切って「またね」と嘘をつく。そんな私を励ますように、三日月さんがぎゅうと手を握ってくれていた。
 お土産にと持たされたのは、おばあちゃんが今年の梅で作った甘露煮だ。毎年梅酒と甘露煮を作ってくれたのが恒例だったけれど、去年は家にいなかったから食べ損ねていた。
 葬儀の時に訪れたあの家の冷蔵庫には入っていなかったから、てっきり作らなかったものと思っていたのに、ちゃんと作っていたらしい。 
 食べなかったはずのこれを私が貰うことも、歴史の改変なんだろうか。そんなことを呟けば、そのくらいはどうということもないと近侍が楽しげに目を細めた。
「主や」
「はい」
「俺は其方が愛おしいと思う」
 ふと足を止め、真摯な声音で囁く。
 もう幾度となく言われたその言葉が、今日はいつもよりも深く響く気がした。
 三日月さんの言葉に嘘があるとは思わない。けれども、私よりも遙かに以前から存在し、私がいなくなったずっと先までも在る三日月さんとでは、そういう想いを共有できないんじゃないかと、これまでは尻込みしていた。
 けれど──。
「ありがとう、ございます」
 夕暮れの道。人通りはないものの、道の向こうに見える下町には不似合いな黒塗りのピカピカのあの車、あれは絶対に事務局のお迎えの車だ。昼に三日月さんが来てから、ずっとあそこで待たせていたんだろうか。さすがに申し訳なさを覚え、気もそぞろになる。
 そんな私に気付いたように「待たせておけばよい。今回のこと、あやつらにも責任はあるからな」と斬って捨てるように言った美丈夫は、繋いだ手をついと引き寄せ、そのまま正面から顔を寄せてくる。
「なあ、主。主は俺に恋をしてくれているか?」
「そっ、れは……」
「俺として御婆様の見立てを信じたいところなのだが……どうだ?」
 己の武器をよくよく知っている彼は、軽く小首を傾げて体を折り、私の表情を覗きこんでくる。こんなに麗しい顔を間近に見て、いつもの私ならば平常心でなどいられるはずもない。
 けれども今日は、その頬をそっと撫でながら、瞳に浮かぶ月をまっすぐに見つめ返した。
 頭の片隅には、人通りがなくたって、あの車の中からは見られているかもしれないなんてことがちらりと過ぎるけれど、それよりも今はこちらが大切だと思った。
 『今』は。
「三日月さんの今は、私の今に重なっているね……」
「そうだなあ。俺を乞い降ろしたのは主ではないが、俺が今、主と思い、おなごとして沿いたいと願うのは目の前の其方だ」
「うん。うん、ありがとう」
「礼よりは」
 言いかけた三日月さんの胸に、ぽすんと額を預ける。そっと背にまわされた腕に抱き寄せられるままに身を預ければ、心を満たすのは安堵だった。ここが確かに自分の場所だと、そう繰り返してくれるような鼓動を感じながら、ほうと息を吐く。
 体を重ねてしまったことや、主として認めて貰ったこと、想いを告げられたこと、そうして自分の想いに気付いてしまったこと。いろんなことの順番が前後して、糸はひどくこんがらがっているように感じていたけれど、そうじゃなかった。ただ、ずっとは一緒にいられないことが怖かっただけだ。
「あのね。私、三日月さんとは同じ時間を歩いて行けないなって思ってたの。私は少しくらい霊力があって審神者なんてやってったってやっぱりただの人間だし、三日月さんとずっとは一緒にいられないって」
「……」
「でも、そういうことじゃない。それは関係ないんだね。私の今は三日月さんの今に重なってる。それが大事なんだってやっとわかった」
「主」
「正直、まだ妻とかそこまでは考えられないけど、私も三日月さんが好き、です」
 途端に緩く背にまわされていた腕に力が籠もる。ぎゅうぎゅうと抱きしめられて、息が詰まりそうになる。
「ちょ、みか、くる、苦しい」
「お、おぉ、すまぬ……はは、すまぬ」
 見上げると、蕩けるような笑みを浮かべてこちらを見下ろす夜空色の眼差しがこちらをまっすぐ見つめていた。
「主が人の生を終えるその瞬間まで共に今を歩むと誓おう。だが、もしも其方が許してくれるなら、永劫の時をも共に歩んで欲しい。其方とずっと今を重ねていきたい。考えてみてくれぬか?」
 出逢った頃の三日月さんならばきっと、考えておけと言ったに違いない。ほんのささやかな、けれど大きな違いを感じてふと笑いが零れる。
「考えてみますね」
 答えると、唇を寄せてくる気配を感じ、慌てて両手でブロックする。さすがに人に見られたままそんなことをする気にはなれなかった。
「み、見られてますから」
「見せてやればよいではないか」
 私の手を掴まえて、掌にちゅっと口づける。それだけで、せっかくの夕風をも台無しにするほどに体温が跳ね上がる。
「よく、ないですからっ。ほら、帰りますよ」
 急いで手を引いて、車へと向かう。
「そういえば、三日月さん。帰り際、おばあちゃんと何を話していたんですか?」
 帰る間際。私がトイレに行っている隙に、ふたりはなにやら笑みを交わして頷きあっていた。悪巧みをしているようにも、内緒話をしているようにも見えたあれはなんだったんだろう。
「気になるか?」
「なります」
「まあ……、御婆様と俺との秘密だな」
「な、なんですか、それ」
 おばあちゃんと三日月との間にかわされた密やかな約束が明かされたのは、それから随分経ってからのことだった。

 


 
 
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