ひとりじめの口実(鶴さに)

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七さん(https://twitter.com/sette_tkr)がダッフル丸を描いてくれたので、イラストに寄せてのSSです♪

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「鶴丸、そんなにここの珈琲好きだったっけ?」
 小首を傾げると、淡い陽射しに照らされた金色が何かを探すようにこちらに向けられた。
 
 
 現世に放たれた遡行軍の穢れを祓え。
 政府から申し渡された任務に祝詞を奉じての浄化かと思いきや、現場の廃ビル内は見事なお化け屋敷と化していた。
 生ゴミのような臭いの中。足下を這うウニョウニョとした何かを靴底越しに感じて体中に鳥肌をたてながら、周囲を警戒する鶴丸の邪魔にならないように左側半歩後ろを歩く。
 襲い掛かってくる何かは、憑依された人間だったり、怨霊そのものだったりで、時折舌打ちをしては白刃を閃かせる鶴丸の不機嫌度が急上昇していくのを感じ、危険な場に放り込まれるようにして連れて来られたことよりも、ただただこれ以上彼の機嫌が損なわれませんようにと祈るばかりの深夜二時。たどり着いた最上階は、穢れが充ち満ち溢れ、私はひたすらその浄化を。鶴丸は、その作業を阻む何かを切り伏せ続けた。
 ようやく全てを終えた頃には、割れた硝子の向こうの空は濃闇から蒼い世界へと変わり始めていた。
 政府の施設へと戻り、血やら何やらで汚れた一切はシャワーでさっぱり洗い流したものの、積み上がった疲労はそうもいかない。これはもう早く帰ってお布団に入りたい、鶴丸だってそうに違いないと思っていたのに。
『前にきみと行った店、あそこの珈琲を飲んでから帰ろうぜ』
 上がったのは鶴のひと声。加えて「あれは浄化というより戦闘だったよなァ」と担当官に迫り、いろんな手続きをもすっ飛ばして数時間の滞在権も手に入れた。
 そんなわけで今。テイクアウトしてきたドリンクをふたり肩を並べて歩きながら啜っている。
 寒いから店内で飲もうと誘ったのを黙殺されたあたり、鶴丸も早く帰ろうという意志はあるのだろう。それにしたって帰るのを引き延ばしてまで足を運びたいほどにこのお店の珈琲が好きだったなんて、彼の口から聞いたことはなかったはずだ。

 

「鶴丸、そんなにここの珈琲好きだったっけ?」
「まあ……そうだな」
 湯気とも息ともつかない白い答えは、またたくまに空中へと溶けていく。冬の凜とした空気には不似合いな歯切れの悪さで答えた鶴丸は、昨夜とは別人のように穏やかな眼差しをしていた。
 夜目にもわかるほどに金色を爛々と輝かせ、怒気を隠すこともなく刀を振るっては返り血を浴びるその姿は、普通なら狂気じみて見えたかもしれない。それなのに──綺麗だと思った。その姿こそが彼の本質なのだと感じた。
 けれども今。ふっと瞳を和ませて「きみは本当にわかってないな」などと唇を尖らせる鶴丸は、時折すれ違う人と同じように街の中に溶け込んでいる。そんな姿がいつもより近く感じられて、ちょっとだけ浮かれそうになる。
 神様だとか人だとか。主だとか道具だとか。そんなものを取っ払って、ただ同じようにカップを手にしていることがなんだか嬉しく思えた。
「何が?」
「別に珈琲じゃなくてもいいのさ。昨夜みたいにきみに危険が及ぶようなものでなけりゃ、このままあと二つ三つ任務を引き受けたっていいし、なんなら甘ったるいぱんけーきとやらの店につきあうんでもいい」
 ああ、そっちの方がいいに決まっているな、と愉しそうに目を細めてくつりと笑う様に、とくんと鼓動が跳ねる。
 なんだそれ。なんだそれなんだそれ。そんなの、うっかり私と同じなんじゃないかなんて思っちゃうじゃないか。
現世(ここ)に来るんでもなけりゃ、本当の意味ではきみを独占できないからな」
 そう言ってちらりとこちらを見た鶴丸は、再び珈琲に口をつけた。
「な、に、それ……」
 ぐるぐるとまわるばかりの脳は、彼の言葉をうまく処理できない。
 やけに乾いた口の中を潤すようにココアを含むと、甘ったるいホイップの味が舌に広がる。その甘さがまるで彼の口から紡がれた言葉のようで、なんとなく息を詰めて飲み込んだ。
「なんだ、つれないな。ま、きみは俺とこんな寒い中を歩くよりは、早く本丸に帰りたかったようだからな」
 拗ねたのが透けて響く声音だ。
 鶴丸は年長者で、頼りになって、いつでも余裕綽々で。
 だから、早まる鼓動とは裏腹に、つい笑いが漏れた。
「寒いの? だったらせめて前を閉めたら?」
 全開のダッフルコートを軽く指すと、「きみは? 寒くないのか?」などと軽く肩を竦めた神様はつまらなそうに口にした。
「そりゃ寒いよ。……とでなきゃ、こんな寒いとこダラダラ歩きたくない」
 鶴丸とでなきゃ、と。
 もごもごと早口で言ったそれは確実に届いたようで。
 コートのポケットにつっこまれていたはずの手が、ちょいちょいと手招きをする。悪戯げに細めた金色は、何かを企む顔つきだ。
「なに……──っ」
 手招きしておいて、さっさと距離を詰めてきた彼のコートの中に包まれる。
「ちょっ」
「こら、暴れたら珈琲が零れる」
 きみはここあだったか、と息を溢すような言葉が、見た目よりは逞しい胸越しにダイレクトに響いた。
 動くとお互いの飲み物が零れちゃうから。
 彼の差し出してくれた言い訳にのっかって、大人しく腕の中におさまると、腰にまわった手にきゅうと力が籠もった。
「なあ……」
 ひそり、と。珈琲の香りと共に耳に吹き込まれた囁きに、寒さも思考も吹き飛んだ。
 

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