味見(鶴さに)

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「なにをしてるんだ?」
 誰もいない厨の作業台の前。ボウルの中には、湯煎で溶かした大量のチョコレート。ちょっとだけ、と指先でひとすくいしたタイミングで声がかかり、びくりと肩が揺れた。
 味見をしようとしただけで後ろめたいわけじゃないけれど、溶かしただけのチョコに味見も何もないこともわかっていたりして。だからこれは甘い香りに誘惑されただけだ。
 肩越しに振り返ると、もうあとは寝るばかりなのだろう。濃灰の単衣姿の鶴丸が隣にやってきて、ボウルの中を覗き込んだ。
「味見、する?」
 たった今すくいあげた、チョコまみれの指。それを薄い唇の前に差し出して「なーんて」ね、とすぐに引っ込めようとしたのに。
 軽く瞠った金色がすっと細められ、引きかけた手首を掴まれた。そのままチョコレートを下から上へとすくい上げるように舌を這わせられ、息を呑む。
「──っ、つ、つるま……」
 咎めるように見れば、金色の双眸はひたとこちらに向けられていた。ねっとりと幾度も舐め上げられ、熱くぬめる感触から逃れようとも、手首はがっつり掴まれたままだ。
「も、チョコ、ないっ、ひぅっ」
 指の間に感じた柔く熱い感触に、変な声があがってしまい慌てて唇を噛みしめる。
 すると、相変わらずこちらに向けられたままだった視線が愉しげに弧を描いた。これで満足しただろう。そう考えながら抗議の視線を送れば、途端にぱくりと指を口の中に含まれて舐られて、更に甘い疼きが背筋を駆
け上った。
「〜〜〜っ」
 最後にちゅぱっと音をたてて離れた唇がにんまりと笑みを象る。
「ごっそさん」と。ぽんと頭をひと撫でして厨を出て行く背がやたらと浮かれて見えて腹立たしい。なんてことをするんだと言ってやりたいものの、元を正せば自業自得でそれも叶わない。
 だから。
「鶴丸にはチョコあげないんだからねっ」
 出て行く背中に投げつけると、顔だけ振り返った彼は息を吐くような笑みをこぼす。
「きみを貰うからいいさ」と。しれっと返した神様は、こちらの返事も聞かずに厨を出て行った。
 
 


 
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