ぽち本丸の鬼やらい(鶴さに)

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Pawooの刀さにワンドロワンライ(https://pawoo.net/@tousani
お題『節分』
1時間でおさめなくちゃいけないのに、2時間かかっちゃいました~
でもワンライ初参加だったので楽しかったです♪
鶴さにというより、鶴→さに風味。

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 まさかあそこで検非違使が現れるとは思わなかった、と鶴丸国永はため息を落とした。
 『夜にはみんなで豆まきをしましょう』と珍しく声を弾ませた彼女に、意外な心地になった。この娘が愉しげにする様はなかなか見られるものでもない。それは初手を誤った己の責でもあったのだが、今更取り返しがつかぬこと。せめて、今日は早く帰って、鬼の役割を振るなり、己が鬼になるなりして、一役買うつもりはあったのだ。それなのに。
「だれもけがをしていないのです。おそくなったといっても、ぽちとあそんであげるにはもんだいないでしょう」
 そう言って前を歩く今剣の足取りは常よりも早い。続く山姥切や加州も、口を開くことこそなかったが、随分と手早く風呂を済ませてこうして広間に向かっているあたり、多少は気に掛けているということか。
 もう夕餉が始まっていることだろう。廊下の角を曲がり、開け放った障子の前で、今剣はなぜか驚いたように足を止めた。
「なんだなんだ、いったい……」続いた厚も広間の入り口で同じように足を止める。山姥切も加州も同じように部屋に入るのを躊躇するように立ち尽くすのを訝しく思いながら、視線をやって、固まった。
 普段食事は、刀剣男士たちが互いに向かいあうように並べた列を二列作り、彼女だけが上座でそれを見渡すようにして食べるのが常だった。ところがどうだろう。今日は全員が上座を向き、彼女がそれに対峙するかたちとなっていた。
 一段高い『主』の場所に座す彼女はといえば、やけに太い海苔巻きを切り分けもしないまま両手で持ち、一心にむぐむぐと食べていた。
 その姿を前に、ちらちらと様子を窺う者、興味なさげに箸を進める者、自身の食事そっちのけで見入る者と様々だ。
 最前列。彼女のすぐ前に座す天下五剣は「ほれ、ぽち。がんばれがんばれ」と朗らかに声を掛けている。どう見ても、あれが首謀者に違いない。

 この本丸に彼女が来て、半年が過ぎた。引き継ぎで審神者が代わるのはこれで5人目のことだ。
 最初の審神者は平凡な女だった。それなりに役目をこなしたが、早々に審神者を降りて嫁いで行った。次に来たのは男の審神者で、随分な頻度で出陣を繰り返し、折れた刀剣も出たがそれは戦場でのこと。犠牲が出るのはやむを得ない。錬度が上がっていくことにだけは充足感を覚えていたものの、皆の疲弊が限界に達した頃、突然交代が告げられた。
 次にやって来たのはまた女の審神者。どうせすぐに嫁いでいなくなるのだろうと、彼女には采配を求めずにいると暇を持て余した主は夜伽を命じるようになった。仮初めの身でも人の子たちのまぐわいをそっくりそのまま真似られることを教えた女は、徐々に欲に溺れ、また交代と相成った。
 四人目ともなればもう期待もしない。離れに住まうようになった男が手入れさえしてくれればこの本丸は機能した。そうして構うことなく放っておいたら、ある朝、初期刀で己を貫き果てていた。
 そうしてやって来たのが、彼女だった。主として据えても、どうせすぐにいなくなる。手入れだけしてくれればそれでいいのだ。そうは言ってもあまりに放っておけば、心を壊して果ててしまう。人の子は本当に面倒だ。
 だから、一計を案じた。
 おとなしくおかざりとして居てくれるよう、籠絡してしまおうと企てたのだ。
 広間での初対面の日。彼女がやけに鶴丸を見ていた、というただそれだけで白羽の矢がたった。
 主としての矜恃を折って、散々可愛がってやった後のこと。
「お役目なんぞ気にせずに、何もしなくていい。きみはただここに居てくれればいいさ。なァ、主殿」
 精一杯の甘い声音で囁いたあの時の彼女の顔は、きっとずっと忘れないだろう。照れ臭そうにはにかんでいたはずの口元を引き結び、瞠った目はしっかりとこちらの真意を汲んでしまった。
 優しく撫でてやろうとした手をぱしりと音をたてて払いのけると、「主と思えないものを主と呼んでくださらなくて結構です。ただ、私はここに役目を果たしに来たんです。タダ飯食らいになるつもりはありません」ときっぱりと言い切った。
 手の内に抱き込んだ猫の子に急に爪を立てられたように腹がたち、思わず「きみが役目を果たすって?はっ、せいぜい俺たちに可愛がられるくらいしかできないんじゃないのか」などと口から滑り出たのは、彼女がまっさらな新人だと知らされていたからだ。
「わかりました」
 悔しそうに顔を歪めるか、なんなら泣くかとも思ったが、女は「欲を吐き出したいならばいつでも使ってくださって構いません。愛玩犬くらいにはなれますかね。これからはどうぞ主ではなく『ぽち』とでも呼んでください」と微笑んだ。
「ふはっ、愛玩犬ときたか。きみは存外面白いな。いいぜ、ならばきみは今日からぽちだな。皆にもそう伝えておこう」

 以来、彼女は『ぽち』となった。
 愛玩犬などと言い出した彼女ではあったけれど、役目には随分と真摯に取り組んだ。邪魔にならぬように、それでも熱心に教えを請う姿は、どうせすぐにいなくなる者という目で見ていた皆の心を多少は揺さぶった。
 もっとも、初手で手ひどく彼女の矜恃を傷つけたのは共犯で、誰も彼女を『主』と呼べないままに今日まで過ぎてしまっていた。

「おいおい、こりゃいったい……」
「ああ、鶴丸。戻ったのか。なに、恵方巻きという習慣をな。ぽちと楽しんでいたところだ」
「恵方? それなら、そら、きみらもこの子と同じ方を向いたらどうだい?」
「なあに、末席とはいえ神の端くれ。人の子が俺たちの方を向いて食せば、それでいいんじゃないか」
 鷹揚に笑う千年刀を前に、形ばかりの笑みを作る。
「よく言うぜ。仮にも『主』に遊女の真似事をさせるなんざ、さすがに冗談が過ぎるんじゃないか」
「ほぉ、遊女の真似事と、それをお前が言うのか。鶴丸」
「──っ」
 痛いところを突かれて、ぐうの音も出ない。この本丸で彼女をそう扱ったのは、他でもない鶴丸だったからだ。売り言葉に買い言葉。いつでも欲を吐き出せと言ったそれに便乗して、その後も幾度か彼女を抱いた。
 もっとも、あの発言は鶴丸の胸だけに留められており、他の男士が彼女に手を出さないよう、制していたのもまた鶴丸だったのだが。
「遊女って……あの、これ、行事ですよ、ね?」
 口いっぱいに頬張ったものをどうにか飲み下した彼女が、遠慮がちに口を開く。なるほど、彼女はこれが遊郭で行われていた遊びのひとつだとは知らないらしい。
「行事は行事だけどさ……」
 言い淀む加州の言葉の先は「だぁっ、ほんっとに知らないでやってたんだな。これは、あれだ。女が太いモノを咥えるのを愛でる遊びだ」と和泉守の苛々とした声音が引き継いだ。
「ああ、そういう……」
 いつかの夜のように、彼女はつまらなそうに微笑んだ。
「まあなんにせよ、途中でしゃべっちゃいけないというのもこうして破ってしまいましたし、興醒めでしたね。すみません」
 へらりと笑って謝ると、残りを口に押し込んで、吸い物の椀をすする。
 怒りもしない彼女を前にあっけにとられる一同を前に、ご馳走様でした、と手を合わせた。
「はっはっは、『主』は相変わらず肝が据わっていることだな」
 三日月の声を苦々しく聞きながら、辛うじて舌を打つのを留める。
 肝が据わっているわけではない。俺のやらかしたことも、この行いも、彼女をなにより手酷く傷つける行為だ。そういう日々からどうにか逃げ出して、彼女はこの本丸に来たのだから。
「ぽちで十分。さて、一軍の皆さまも帰ってきたことですし、全員が夕飯を済ませたら豆をまきましょうね」
 そんな過去などおくびにも出さず、彼女は自らの膳を下げるべく立ち上がった。

 本丸を上げての豆まきの後。一同は再び広間に介した。
「これは俺が写しだからか?」
「まさか。平等に、ですよ」
「これ、ぽちや。平等と言う割に、俺のは随分と多くないか?」
 配された豆の量に、さすがの三日月も頬を引きつらせる。
「多くないですよ。年の数だけ、食べましょうね。がんばれ、がんばれ、って応援しましょうか?」
 涼しい顔で言った彼女は、誰より少ない自分の分をぽりぽりと音を立てて咀嚼した。
 ああ、本当にこの女は一筋縄ではいかない。だからこそ──。
 とんだ巻き添えとしか思えないが、仕方ない。今回は連帯責任としてやるさ。
 鶴丸もまた、音をたてて豆に歯をたてた。
 
 


 
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