色づくのを待つ鶴丸の話 (鶴さに)

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ベッターに載せていたものをこちらにも。
どうにも盛り上がりに欠けますが;;
このくらいの距離感を楽しんでる鶴丸も結構好きです。

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 絵になる姿というものがあるのなら、ああいうのを言うんだろう。
 本丸の庭の片隅──紅葉の樹に寄りかかって立つ彼を見つけ、そう思う。
 どこか儚げな気配を漂わせる彼が幹に背を預け、そっと宙に手を伸べる。その頭上に広がるのは、今が盛りの緋色の梢だ。差し掛けた野点傘のような赤と、浮き世離れした白のコントラストは、日頃彼が口にする『目出度い』だとか『鶴のようだ』などと言い表すものより遥かに風情がある。
 見慣れたはずの庭の一角。なのに今は、美しく完成されたそこに自分のような者が入り込んで行くことに気後れして、呼びかけることすら出来ず立ち尽くしてしまう。
 そんな視線の先で、ひらりと舞ったひとひらを捕まえた美丈夫は、こちらに気付くと蜜色の瞳をやわらかに細めた。
 見慣れたはずのその笑顔も、紅葉の下ではやけに艶めいて見え、思わず息を呑む。
 これだからイケメンはタチが悪い。ふとした仕草すら、時にこちらには打撃となるのだから本当にほんっとうに心臓に悪い。そんなイケメン──もとい刀剣男士の皆さんに囲まれての生活も三年目に入った。
 当初は右を見ても左を見ても端正な顔立ちばかりで、日に何度も顔を赤らめ、心臓を跳ねさせてはこんなんじゃ仕事にならないと頭を抱えていたけれど。それでも、そんな日々が続けば慣れたもの、近頃では心臓もちょっとやそっとじゃペースを乱すこともなくなった──鶴丸さんを除いては。
 彼がこの本丸に降りたってから、季節はざっと一巡りと半分。顕現してくれたのは、私がようやく新人と呼ばれなくなった頃だった。
 『鶴丸国永』といえば人を驚かせるのが好きだというのは審神者仲間の共通認識ではあったけれど、驚きに限らず単に相手の心が動く様を見るのが愉しいらしい、と気付いたのは自分の本丸に彼を迎えてからのこと。
 顕現当初から快活で友好的な印象は強かったけれど、近頃は出掛けたついでにと私の好きな甘い物を買ってきてくれたり、珍しかったから、綺麗だったからなんて理由で遠征先で花を摘んできてくれたりとエトセトラ。
 己の容姿を添えてする行いのどこまでが計算なのかは見当も付かないけれど、彼が言うところでの驚かせたいという目論見は勝率九割。何かされるたびに、私の心臓は、きゅうと縮んだり、うっかり跳ねたりと律儀に反応を返していたり、する。
 そんな鶴丸さんとは近頃顔を合わせている時間がやたらと長い。というのも、彼は最近執務室の隣部屋、書庫にいる時間がやけに長いからだ。
 好奇心旺盛な彼の知識欲を埋めるためか、はたまた驚きの材料を仕入れるためなのか。理由は定かではないけれど、非番の時にも本を読みに来たと言ってはやって来て、ちゃっかり休憩のお茶を一緒にしては茶菓子を摘んでいたり。
 ああ。時々変に思わせぶりなことを言うようになったのは、書庫で過ごす時間が長くなった頃からのような気がする。何を読んでいるかは知らないけれど、あそこには少女漫画も多いから、もしかしたらそのあたりを実践してみているのかもしれない。

 そんなことを考える視線の先。白い神様は相変わらず紅葉に寄りかかったまま猫の子でも呼び寄せるように指先だけをちょいちょいと動かす。そんな絵画の中の住人に誘われるまま、見えない壁を抜ける心地で思い切って足を踏み出した。
 
「俺に用かい?」
「おやつの時間ですよ」
「もうそんな時間か」
 
 そうやって話しだせば、先ほどまでのどこか近寄りがたい雰囲気はなりを潜め、いつも通りの鶴丸さんだった。
 なんとなく安堵を覚えながら近寄って、幹から離れたその背を覗き込む。
 内番服とはいえ、真っ白な衣だ。無頓着にそんな場所に寄りかかって汚れてはいないだろうか。そう思ってのことだったのに、背へと視線を走らせる私の肩に手が添えられ、やんわりと押される。
 え? と思う間に、先ほどまで鶴丸さんが寄りかかっていた場所に立たされてしまった。
 
「な、なんでしょう?」

 ほんの一歩分の距離もないほどの場所に立たれて、目のやり場に困りながら視線を彷徨わす。美しく仕上がった造形というのは、それだけでなんというか圧迫感がある。なにごとかと意図を計るようにそろそろと蜜色を見上げると、愉しげに唇の端を引き上げた鶴丸さんは、「いや、俺ではなくてな。上だ、上」と頭上を指さした。

「うわ……」

 頭上は見事な錦の織だった。遠目にはすっかり色づいて見えた紅葉も、まだ緋色に染まりきらずに濃いオレンジのグラデーションを残している。秋の淡い陽射しに縁取られた視界いっぱいのそれは、見惚れるほどに綺麗だ。

「気に入ったかい?」
「はい。すごい、すごくきれいですね」
「……見るごとに秋にもなるかな、とな」
「はい?」
「いいや」

 ふと頭上の視界を遮って伸びてきたのは、鶴丸さんの腕だった。華奢に見えるそれは間近に見ればしっかりと筋肉のついた男の人のそれだ。その手をそのまま幹につくと、そろそろと顔を近づけてくる。
 
「!?」
 
 咄嗟に身を退こうにも、背中の紅葉がどいてくれるはずもない。
 軽く傾けた顔が間近に迫り、その美麗な迫力に負けて、思わずぎゅっと目をつぶる。
 次の瞬間。
 唇に触れたのは、思っていたのとは随分違う乾いた感触。同時に、かすかな吐息とほんのりと甘い香りを感じて息を詰める。
 
 まさかキス!? いやいやいやいや、さすがにそれはない! よね!? だったらこれはいったいなにがどうしてどうなってどうっ!?
 
 動揺のあまり目を閉じたまま硬直していると、間近に感じた気配も香りもすぐに離れていった。けれど、唇の感触は相変わらずそのままだ。

「きみなあ」

 ため息混じりの声に、そろりと片目を薄く開けてみる。そこには、片手を腰にあてて、呆れたようにこちらを見下ろす蜜色がふたつ。
 キスじゃ、なかった。
 当たり前のことを認識して、ゆるゆると息を吐き出す。ならば、鶴丸さんが私の唇に当てているこれはいったいなんだろう。

「男の前でそうやすやすと目を閉じるもんじゃないぜ?」

 やれやれとでも言いたげに息を吐く白皙の美貌を前に、なかば呆然としながら確かめるように唇に手をやる。けれどもそれは私の指先を躱すようについと離れ、目の前に差し出された。

「もみじ……」

 それは、先ほど鶴丸さんが捉えた紅葉の葉っぱだった。
 そうだよね。そんな、だって、キスなわけないし。でも、これは絶対にそう思わせようとしたに違いない。
 むぅと非難がましく見上げると、そんな抗議もどこ吹く風。鶴丸さんは手にしたそれにちゅっと口付け、悪戯を成功させた子どものようにしてやったりと目を細めた。
 そんな様にもうっかり鼓動が跳ねてしまうのだから、悔しいったらない。
 
「ははっ、きみ、紅葉より真っ赤だな」
「そ、それは鶴丸さんが」
「俺が?」
 
 ほんの一瞬真剣な表情で問う眼差しは、あっという間に愉しげに弧を描く。
 これ以上何か言ったところで、どうせ口では鶴丸さんにかないっこない。揶揄われるネタをこれ以上増やすのも癪で、なんでもありませんと唇を引き結んだ。

「ふーん……。ああ、そういえば、きみ、俺を呼びに来たんだったな」

 気持ちを整えながら体を横にずらし、少しだけ距離をとる。最初からこうして逃げればよかったのだと気付いたところであとの祭り。今後の教訓にするしかない──いや、こんな悪戯はもう勘弁してほしいけれど。

「そうですよ、おやつ。今日はプリンだけど食べますか?」
「お、ぷりんか。光坊か?」
「はい、今日のはきなこプリンだそうです」
「ああ、きみが一番好きなやつだな。急いで行かないと、他の誰かに食われちまうんじゃないか?」
「え、まさか……いや、でもそうですね。急ぎましょう、鶴丸さん」

 そう促して、母屋へと歩き出す。
 うっかり余ったものと見做されて、じゃんけんの賞品にされてしまったら堪らない。光忠さんの作るおやつの中でも、あれは私の中でベストスリーに入る逸品なんだから。

「……俺の竜田姫殿はなかなか色づかないなァ」

 ぼそりと背後から聞こえた声は、どこかぼやくような色をしている。
 竜田姫。秋を彩るお姫様の名前だ。鶴丸さんお気に入りの紅葉には、名前までついているらしい。歌仙さんあたりが喜びそうなネーミングだ。

「今でも充分綺麗じゃないですか。でも、もう二、三日もすればもっと綺麗に色づくかもしれませんね」
「二、三日か。はは、そいつはいいな」

 オレンジの部分まで全部紅く染まったなら、それもまた息を呑むほどに綺麗かもしれない。
 秋の陽射しを受けたそこに、先ほどまで儚げに佇んでいた白い神様は愉しそうに肩を揺すって笑っていた。

「私はあのくらいが好きかもです」

 紅葉と、それを見上げる鶴丸さんと。もう一度あの美しい光景を見たい衝動に駆られながらそう口にする。

「ふうん、覚えておこう」

 それすらも面白いというように再び目を細めた。

「ま、俺はきみのそういうところも嫌いじゃないぜ?」
「は?」
「いいや。そら、早く行こうぜ」

 追い抜き様に手を伸ばしてきた鶴丸さんは、そのまま私の掌を捕まえて歩調を緩めることなく歩く。
 本当に本当に、これだからイケメンは心臓に悪い。なんだかちょっと悔しくて、掴まれた掌をほどき、指を絡めて繋ぎなおしてみる。

「!?」

 振り返り瞠られた蜜色にささやかな意趣返しが成功したのを感じて、私は小さく笑みを返した。
 
 
 
 
  


 
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