梅雨晴れ 青空 白熊日和 のその後

「先輩、本当は私の誕生日知らなかったでしょ?」
「……知ってたに決まってる」
「……いいですけど」
唇を尖らせながらも、シロクマを抱えた珠紀は機嫌のよさがにじむ表情だ。
そんな珠紀の鞄を持ってやりながら手を繋いでいれば、ちらちらと好奇の視線を向けられはするが、先ほどまでたったひとりでぬいぐるみを抱えていた時に比べれば遥かにマシというものだ。
あんなのは二度とごめんだと思いながら息を吐いた真弘は、そういえば、と口を開いた。
「パーティの計画はいつからしてたんだ?」
拓磨達は先週くらいには昨日のパーティの予定を聞いていたらしい。
卒業して昼休みに集まることもなくなり、ちょっとした情報も共有できなくなっていることを今回のことで痛感した。それにしても、珠紀とはなんだかんだと2日とあけず顔を合わせているのだから、わざと隠していたのは間違いない。
「先月くらいかな。美鶴ちゃんが計画してくれたんです」
「先月って、おまっ…なんでもっと早く言わないんだよ!」
1ヶ月、いやせめて3日間の猶予があれば、皆と一緒にプレゼントを渡すことだって出来たのだ。
「だって……」
「んだよ?」
ほんのり頬を染める珠紀に気をとられ、水たまりに足をつっこむ。
「「あ゛」」
ふたり同時に声をあげて、真弘は盛大に溜息をついた。今日は本当にツイていない。珠紀に泥がはねなかったのが、せめてもの救いというものだ。
「大丈夫ですか?」
「も、いい。どうせ濡れてたしな。で? だって、なんだよ?」
「なんでしたっけ?」
小首を傾げて目をそらす珠紀の頬は、相変わらずほんのり赤い。わかっていてとぼけているのが見えみえだ。横目でこちらを窺った珠紀も、誤魔化すのは無理だと観念したようで、真弘の手をやんわりほどくと、両手でクマを抱きしめながら照れた声音で話しだした。
「だって……私だっていろいろ楽しみにしてたんです。誕生日は学校があるから、その前の休みにはちょっと特別なデートに誘ってくれないかなぁとか」
「……」
「か、彼氏がいる誕生日なんて初めてだったし。でも、考えてみたら先輩に誕生日を訊かれたことなかったし」
『彼氏』。
頭の中で復唱する。いい響きだと連呼しながら、思わず緩みそうになる口元を片手で隠して、ぐっと奥歯を噛みしめてから「あー、……悪い」と素直に非を認めた。
確かに知っていたら週末はどこかに出掛けたかもしれないし、プレゼントだってもっと前からあれこれ考えて準備したことだろう。
「8月17日。ですよね?」
「は?」
「先輩の誕生日。私は、ちゃんと知ってますよ?」
私は、が少しばかり強調されていたのは、たぶん気のせいではない。やはり美鶴の影響を受けているに違いない珠紀は、けれどその表情に剣呑なものはなく、ただ嬉しそうに笑っている。
「俺様の誕生日を盛大に祝うのは当然としても、だ。来年は、徹底的に祝うからな、誕生日」
「徹底的に……」
「おうよ! か、彼氏らしく祝ってやる!」
「徹底的に彼氏らしく、ですか?」
「来年は大学通ってるはずだしな。ふたりでもするぞ。パーティ」
「はーい」と、シロクマの片手をあげて照れ臭そうに答えた珠紀に「ガキか」と笑って言えば、「ガキじゃないですよ?」と胸を張る。
「先輩と同じ18歳です」
「……俺様はすぐ19だけどな」
「ですね。じゃあその時は徹底的に祝いますね、彼女らしく!」
「お、おう」
自分で言った『彼氏らしく』を棚上げして、『彼女らしく』にほんの少し邪な願望が過ぎって顔が熱くなる。
8月17日。
梅雨が明ければあっという間だ。

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