お題あれこれ

どれくらい好き?
弱点は彼女の涙
輝き続ける未来予想図
独り占め。

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*** どれくらい好き?
 
 
「じゃあ、私のことどれくらい好きですか?」
 むくれた顔で珠紀が詰め寄る。
 その顔を見つめながら、なにがどうしてこんな話になったかと考えてみる。
 いつもの学校の帰り道。
 制服のままふたりで肩を並べて歩きながら、最初は確かいつも通りにくだらない話をしていたはずだ。そのうちに食べ物の好みの話になり、目玉焼きには醤油に決まっているという真弘に、珠紀は塩胡椒が好きだと答えた。次にゆで卵は固茹でか半熟かという話になり、焼きそばパンに青のりは必要かという話になったところまでは覚えている。
 あれこれヒートアップしていくうちに、なにがどうなったのか珠紀の口からそんな言葉が飛び出した。
「そ、そういうおまえはどうなんだよ!?」
「質問に質問で返すのはやめてくださいっ」
 なにが彼女の逆鱗に触れたのか、どうやら本気で怒っているらしい珠紀は足を止めて、たじろぐ真弘に詰め寄った。
 勢いに気圧されながらも、口を開きかけて言葉に詰まる。
 どのくらい珠紀を好きか。単純にして、非常に答えづらい質問だ。
(なんて言やあいいんだ? マリアナ海溝より深くとか、宇宙よりでかくとか?)
 己の想いを一番的確に表せそうな例えを探すが、どうもしっくりこない。
「……じゃあもう焼きそばパンでもいいです。焼きそばパンに例えたら何個分ですか?」
 真弘の沈黙をどう受け取ったのか、諦めたように息を吐いた珠紀は、妥協案でも提案するかのようにそんな言葉を口にする。
「おまえなあ……」
 珠紀はそんな例えでいいのだろうか。ここで焼きそばパン100個分、などと答えたら、却って腹を立てるのではないだろうか。
 焼きそばパンは確かに好きだ。単純に『好きなものはなにか?』と問われれば、焼きそばパンと即答するくらいには。食べ物の中で、焼きそばパンの上をいくものは今のところない。
 ならば珠紀はどうだろう。
 女の中で一番、というのは少し違う。違うというか、男も女もあわせて考えたって珠紀が一番に決まっているし、むしろ人間だけでは比較対照として足りないくらいだ。
 だいたい、珠紀をなにかと比較して好きの度合いを答えるほうが難しい。
 それでも、期待を込めてじっとこちらを見ている瞳を見つめ返しながら、質問に沿った考えを巡らせてみる。
 もし珠紀が、焼きそばパンだったならば。
「……。おまえが焼きそばパンなら、食わずにいられるな」
 もっとも焼きそばパン自らが食べていいと言うならば、その限りではないが。
「それ……好きどころか食べるのもイヤなくらい嫌いってことですか?」
 両の腕を組んでひとり納得しながら頷いて答えると、珠紀は眉を寄せて傷ついたような顔をする。どう見ても真意は伝わっていない。
「ばーか。そうじゃねえ。食えるならとっくに食ってるって話だ」
「意味わかんないんですけど」
 憮然とする珠紀に苦笑が漏れる。
 焼きそばパンと珠紀では『好き』の次元が違うのだから当然だし、例えること自体間違っている。それに、言ってはみたが、男の事情が絡むアレコレまでは伝わらなくていいのだ。
「真弘先輩? 食べられないってどういう……」
「~~~っ、わかんなくていい! 例えられるわけないだろがっ。例えようもないくらい惚れてるっ……あ、愛してるってことだっ!」
 勢いに任せて思うがままを口にすれば、一瞬目をみはった珠紀は真っ赤になってふにゃりと笑う。そのままひどく恥ずかしそうに、目を伏せてしまった。
 照れる珠紀に、真弘も自分がどれだけ恥ずかしいことを言ったか突きつけられた心地になり、そんなに恥ずかしそうにするならこんなことを訊くな、などと思う。
 自分の顔も、珠紀に負けないくらい真っ赤になっていることだろう。
「……言ったぞ。……おまえも言えよ」
「それは……」
 上目遣いにこちらを見た珠紀が、言葉を続けようとしたその時。
「あのぉ、そろそろ通してくれませんかねえ」
「「──っっっ!!?」」
 珠紀とふたりで声のした方に顔を向けると、頬を赤らめた拓磨と、気まずそうな慎司、面白くなさそうにこちらを見ている遼と、愉しげな祐一が顔を揃えていた。
「先輩、もうちょっとだけ待ってあげればよかったのに」
「そうだ、拓磨。ここからが面白いところだった」
 畑の一本道。彼らが背後から近づいて来ていたのを、気づけないはずがない。間違いなく、愉しげに目を細めている男の幻術のせいに違いない。
「祐一、お前……」
 真っ赤な顔で親友を睨み付ける真弘の横を、「……ふん、くだらねえ」と鼻を鳴らした遼が通り過ぎ、それに続くように彼らが通り抜けていく。
 いたたまれないように、珠紀は真っ赤になって俯いたままだ。
「こぉら、待てっ! 拓磨! てめえ、一発殴らせろっ」
「なんで俺だけなんすかっ」
「えっ、ちょっと拓磨先輩。僕を盾にするの、やめてくださいっ」
「照れることはないだろう。真弘が珠紀を愛していることなど皆知って……」
「だぁっ! 祐一、うるせーぞっ。黙れ!」
 珍しく恋人らしく甘くなるはずだった雰囲気が吹き飛んだ、ある日の夕暮れ。
 

*** 弱点は彼女の涙
 
 
 着く頃にはやむだろうか。それならそれで構わない。
 そんなことを思いながら、真弘は叩きつけるように降る雨の中、学校へと足を向けていた。
 夏休み真っ盛りの今日、一部の3年生は登校している。大学受験にさして力を入れているわけでもない紅陵学院でも、進学を希望する生徒に多少のフォローは行っており、今週1週間はそんな生徒を対象にした夏期講習が行われていた。
 昨夜の電話で、今日の講習は苦手な数学が中心なのだと話していた、珠紀のげんなりとした声音を思い出しながら、見るともなしに見ていた自室の窓の外。
 昼を過ぎた頃、にわかに立ち上がった黒い雲はみるみる空を覆い、地響きのような音をひとつ轟かせると、文字通りバケツをひっくり返したような雨を落とし始めた。
 珠紀のことだから、置き傘くらいはしているだろうと思いつつ、念の為、家の傘をもう1本持って真弘はすぐに家を出た。彼女との約束を果たすために。
 
 
 
「おまえ……その手にあるものは飾りか!? なんっでさしてこねえんだよ」
 インターフォンが響き、珠紀だろうとあたりをつけた真弘が部屋を出て階段を降りる途中、「あらあらあら」というひどく驚いた母親の声が耳に届いた。
 珠紀じゃなかったのだろうかと思いつつ、階段を降りきって玄関を見た真弘はその光景に息を呑んだ。
 珠紀は、ものの見事に全身ずぶ濡れだった。髪からも、スカートからも、ぽたぽたと雫が落ちている。
 足早に歩み寄った真弘と入れ替わるように、母親はぱたぱたとスリッパを鳴らして廊下の奥へと走っていく。タオルを取りに行ったのだろう。
「まさかその傘が壊れたとかってんじゃないよな?」
 確かに雨はすごい勢いで降ってはいるが、台風のように風が吹き荒れているわけでもなく、傘をさしていればここまで濡れるはずはない。
「いえ、その……傘をさしたら危ないかなって……。あ、先輩。これは無事ですから」
 そう言って三和土に立つ珠紀が差し出してきた袋は、彼女の姿に反してあまり濡れてはいない。濡れないように抱えて庇ってきたのだろう。中を確かめると、先週真弘が貸したCDが入っていた。
「すごいよかったです。またなにかオススメがあったら……」
「バカ野郎っ。こんなもん庇ってないで、てめえが濡れないようにして来いっ」
 顔に流れる雫をハンカチでぬぐう珠紀を一喝すると、「だって……」と言って、それきり口を噤む。
「はい、珠紀ちゃん。これで拭いて。すぐに上がって着替えなさい。風邪をひくわよ?」
 引き返してきた母親がタオルを手渡そうとすると、珠紀は「いえ」と首を振った。
「こんなだし、すぐに帰……」
 言いかけた珠紀の声を遮るように、玄関の引き戸の向こうが光り、地面が揺れたかと思えるほどの轟音が響いた。
 弾かれたように濡れた体のまま、珠紀が真弘に抱きつく。が、すぐに慌てたように「すみません」と身を離した。
 雷は余韻を引きずるように、ゴロゴロと低い音を響かせている。
 身を縮ませながら、落ち着きなく視線を彷徨わせる珠紀の姿に、彼女が傘をささずにここまで来た理由が見えてくる。
「いいから上がれ」
「いえ、着替えもないし帰ります」
 その語尾を打つ消すように、再び雷鳴が響くと珠紀は怯えたように肩を竦ませた。
「……落ちたかもな。で、この雷の中、帰るって?」
「……」
「先輩に逆らってんじゃねえぞ? いいからあがれ」
 真弘は母親が手にしたタオルを珠紀の頭にかぶせて拭いてやりながら、彼女の濡れて透けた下着に気付き、慌てて視線を引きはがした。
 
「先輩、面白がってるでしょ?」
 真弘のジャージに着替えた珠紀は、むぅと膨れた顔をする。
 珠紀の着てきた服は、乾燥機の中だ。この雨がやむ頃には、乾くに違いない。
「別に面白がってはねえけどな。鬼斬丸をぶっ壊した玉依姫が、雷が怖いってのもなぁ」
 珠紀の隣でベッドに寄りかかりながら、真弘は漏れる笑いを堪えつつ「とりあえずそれでも飲んで落ち着いとけ」とテーブルに置かれたジュースを指した。
 言われるがまま、珠紀がそのグラスに手を伸ばしかけたその時。窓が震えるほどの轟音が響き、猫が尻尾を踏まれたような声をあげた珠紀が、真弘にぎゅっと抱きついてきた。
 苦手というより本当に怖いのだろう。抱きついたまま、恐る恐る開けた目には、涙まで滲んでいる。
「もう少し色気のある悲鳴はないのかよ」
 苦笑しつつその背に手を回し、震える背中を抱きしめてやる。
「そんなこと言ったって……」
 窓の外が光ると、珠紀は言いかけた言葉を飲んで、条件反射のように目を瞑った。
「あのなぁ。部屋にいて雷が落ちると思うか?」
「わからないじゃないですか。話してる電話に雷が落ちたら、感電しちゃうって聞いたことありますよ?」
「今は電話してないだろが」
「それでも怖いものは怖いんですっ」
 腕の中で、開き直ったように強気な口調で言った珠紀は、耳に届いた雷鳴に再び真弘の胸に顔を埋めた。
 ふっと笑いが漏れる。それは別に馬鹿にしたわけではなく、彼女のそんな姿がとても可愛く見えて自然に漏れた笑いだった。
「もぉ、だから先輩、笑わないでくださいっ。……先輩は、怖いものないんですか?」
「俺か? 怖いものなぁ。……。……おまえくらいだな」
 怖いものなど、何も思いつかない。
 けれど、例えば、珠紀が本気で何かを願ったなら、それを突っぱねる自信はないし、自分が悲しいよりも、珠紀が悲しむ方がきっとずっと辛い。彼女を守る為ならば誰よりも強くなれるけれど、裏を返せば、それは珠紀に左右される弱さでもある。
「私? なんで私が怖いんですか?」
「……冗談に決まってるだろが。俺様に怖いものなんかあるか」
「ホントですか?」
「当然だ。だから、まぁ、雷相手でも安心しとけ。俺が絶対守ってやるからな」
「……先輩がいない時には?」
「駆けつけてやる」
「約束ですよ?」
 怯えて緊張した体からようやく安堵したように力を抜いた珠紀の唇に、真弘は己の唇を重ねた。
 
 
 
 暗い空に、光が走る。
「また色気のねえ悲鳴あげてんだろうなぁ」
 ひとりごちた真弘は、怯える珠紀の姿を描きながら、泥をはねさせて駆け出した。
 

*** 輝き続ける未来予想図
 
 
「受験生なのに手伝わせてすみません」
「こんくらい余裕だ、余裕。つか、お前も受験生だろが」
 年が明け、連日初詣の参拝で賑わい続けた玉依毘売神社も、3日目の夜にしてようやくいつもの静けさを取り戻しつつある。
 玉依毘売神社が一年のうちで一番賑わう季節。猫の手も借りたいこの神社では、鴉を始めとしたカミの末裔たちが、祝詞をあげ、お守りを売り、甘酒を振る舞った。
 それもようやく今日で終わり、珠紀と真弘は最後の見回りとばかりに夜の境内をふたりで歩いていた。
「そうですけど。先輩は1度失敗してるし」
「生意気を言うのはこの口か? あぁ?」
 真弘が珠紀の頬を両手で掴み、左右に引っ張る。
「いはいえふっ」
 抗議の声を上げるとすぐに手は離され、乱暴に頭が撫でられる。
「風邪とかひくんじゃねえぞ。ここはいいから、もう家んなか入っとけ」
 髪をかきまぜるように撫でる仕草は雑なくせに、こちらを見る眼差しとその口調はひたすら優しい。
「大丈夫です。あ、先輩。おみくじひきましたか?」
「いや。んな暇なかったしな」
「私もです。一緒にひきませんか?」
「俺はいい。ひきたいなら、ひいてこい」
 去年の正月も、真弘はおみくじをひかなかった。こういうものは率先してひき、凶だ大吉だと大騒ぎしそうなタイプに思えるのに、少し意外な気がする。
 そんな珠紀の考えを察するように、「神さんにお伺いたてるようなこともねえからな」などと言って、真弘はからりと笑った。それは未来を手にした真弘が、何に頼るでなく、自分の思うがままに己の力だけで生きていくのだと言っているようにも思えた。
 珠紀は柏手を打って拝んでから、威勢良くみくじ筒を振る。静かな境内に、カシャカシャという小気味よい音が響いた。
「えい!」
 気合いを入れてひと振りすると、筒から竹の棒が一本顔を出す。番号に従って小引出からおみくじを取り出す。大吉だ。
「おっ、大吉か。よかったな」
「はい。……願い事、よろづ叶う。学業、努力実る、って書いてありますよ。今年は先輩受かりますね」
「それはおまえの大吉だろが」
「私のですけど……先輩が幸せじゃなかったら、私も幸せじゃないですから。だから、私が大吉をひくってことは、先輩が大吉ってことです」
 胸を張って主張すると、真弘がからかうような声色で「凶だったら?」などと訊いてくる。
「その時は……先輩、気をつけてください」
「俺かよ!?」
「冗談ですよ。ふたりで半分こなら、凶もなんとかなりますよ!」
「ばーか、この俺がいて悪いことが起こると思うか?」
「ですね」
「だろ?」
 目を合わせて笑いあいながら、初詣用に設けたおみくじを結ぶ場所に結びつけようとするが手がかじかんでうまくいかない。
「貸せ。おまえがやると破りそうでおっかねえ」
「そこまで不器用じゃないですよ」
 手に息を吹きかけて再チャレンジするが、なかなかうまく結べない。その手に重ねるように背後に立った真弘が手を添えて、なんなく結ぶ。
 背の高さは相変わらず珠紀と大して変わらないのに、その手は大きく、耳元にかかる真弘の息に心臓を跳ねさせながら「先輩の手、すごくあったかいですね。お子様体温?」などと精一杯の照れ隠しで茶化せば、「だ・れ・が・お子様だって? ったく、冷たい手しやがって」などと言いながら、さっさと珠紀の片手をとって、繋いだまま真弘の上着のポケットにつっこまれてしまった。
 そのポケットの中、指先にあたる感触に、繋いだ手をほどきながらポケットのそれを取り出してみる。単語帳だ。
 あ、と思わず声が漏れる。手の中に収まるそれには見覚えがあった。
「あ、お、おぉそんなとこにあったのか。しばらく見なかったから、どこに行ったかと思ってたんだ」
 そう言いながら受け取ろうと伸ばしてくる手から逃れるように、単語帳を両手で包む。
 この単語帳は、去年も真弘が熱心に見ていたものだ。去年のお正月、こうして神社に手伝いに来てくれていた真弘は、姿が見えないと探しに行くたび、皆の目から隠れるようにこっそりこれで勉強していた。今年もきっと、そんな風に勉強していたのだろう。
 そうして熱心に受験に備える真弘の姿を見るたび、去年の珠紀はひっそりと願ってはいけないことを願った。
「おい?」
「……先輩。私、先輩に謝らなくちゃいけないことがあるんです」
「……なんだよ?」
「私、去年先輩が受験した時、落ちちゃえって思ってました」
 体調を気遣いながら、きっと大丈夫と励ましながら、頑張ってくださいと応援しながら、けれど願ったのはまったく逆のことだった。
「あ?」
「受かるといいですねって先輩には言ってたけど、本当は落ちちゃえばいいって思ってました。ごめんなさい」
 罪を告白するように、珠紀は緊張した面持ちで真弘に謝罪した。
 怒るかもしれない。呆れられてしまうかもしれない。そんな怯えをまじえながら、そっと真弘の顔を窺い見れば、「おまえ、ばかだろ?」などと笑っている。
「おまえが願っただけで俺が落ちたのか? んなわけあるか」
「でも」
「でもじゃねえ。言っとくけど、俺が落ちたのは誰のせいでもないからな。でもまぁ理由くらいは聞いてやる。……そんなに俺と離れたくなかったってことか?」
 真弘は単語帳を持った珠紀の片手を取ると、再び温かなポケットへと珠紀の手ごと突っ込む。じんわりと伝わる温かさが、珠紀をいつもよりも素直にさせた。
「それもあります。それに……大学に受かって村を出たら、フィオナ先生みたいに綺麗な人なんていっぱいいるし……、私なんて全然大人の女でもないし、スタイルだってよくないし……」
 言っているうちにどんどん情けなくなってくる。
 街でデートしていて、ふと真弘が視線を向ける女のタイプは、色香漂ういわゆる大人の女だ。そんな女性は大学に進学すればいくらでも身近に現れるだろうし、真弘が惹かれないとも限らない。そうでなくとも離ればなれになることを考えるだけで淋しくて仕方ないというのに、そんな想像をするだけで胸が潰れそうに苦しかった。だから願った。先輩が大学に落ちますように、と。
「おまえなぁ……」
 真弘が盛大に落としたため息は、白く闇へと溶けていく。しばし訪れた沈黙に、やはり呆れられただろうかとそっと顔をあげて様子を窺うと、意を決したようにこちらを見つめる眼差しがあった。
「珠紀、……一度しか言わないからな?」
「……はい」
 何を言われるのだろうか。怯えつつ、息を詰めて言葉を待つ。
「俺はおまえが思ってるよりも、多分、もっとずっとおまえが好きだ。……初めて逢った時から、その、なんだ、可愛いって思ってた。こんな可愛い女が玉依姫なら、守護者もまあ悪くはないかって思ったよ」
「……」
「こんなに綺麗で可愛い玉依姫は、きっと今までだっていなかった。これからも……。……他の女なんか相手にするか、バカ」
 夢でも見ているような気になる。普段の真弘ならば、絶対に言ってくれないような言葉のオンパレードだ。
「……なんだよ?」
「だって、最初の頃なんて、美鶴ちゃんと比べられて散々だったし」
「しょうがねえだろが。おまえのこと、まだよく知らなかったしよ。しかも、顔に似合わず気がつえーし、向こう見ずだし、その割にすぐ泣いてたしなぁ」
「ひどいです」
「ま、でも自慢の玉依姫だ。……誰より大切な、俺の女だからな」
 照れたように目を逸らしながら、零れる言葉のひとつひとつに幸せになる。
 これはさっきひいた大吉の御利益かも知れない。というよりも、新年三日目にして、今年の運をすべて使い切った気がしてくる。それでも。
「先輩、一緒に受かりましょうね」
「落ちるんじゃねえぞ?」
「それはこっちの台詞です」
 運ではなく、きっと自力で幸せを掴まえることが出来るだろう。ずっとふたりでいる為に。
 

*** 独り占め。
 
 
「──っ!?」
「んぁ?」
 ふいに奪われたぬくもりとベッドの揺れる気配で眠りの淵から引っ張り上げられた真弘は、うつ伏せたままもぞもぞと腕を伸ばして目覚まし時計を引き寄せる。
 億劫に思いながらどうにか瞼を上げてその時計を目にすれば、時刻は9時43分。十分朝寝を楽しんだはずの時間だというのに、なんでこんなに眠いのだろう。
 まわらない頭のまま枕に顔を埋めれば、すうっと眠りに落ちて行きそうになる。
「真弘先輩?」
「んー? ……──!?」
 瞬時に記憶が蘇り、ガバリと身を起こせば、ベッドの上でタオルケットを巻き付けて壁に背を預ける珠紀と目が合う。
 声にならない悲鳴をあげて目を逸らす珠紀に、ふと己の姿を見下ろせば、一糸まとわぬ姿が陽の光に晒されている。
「なっ、──っ!」
 身を引きかけた真弘は、見事ベッドの下へと転げ落ちた。
「先輩! 大丈夫ですか?」
「見んなっ」
 したたかに頭を打ち付けたが、今は痛みなど感じない。
 急いでベッドの下に散らばる服の中から、自分のトランクスを引き寄せてごそごそと穿く。なにやら情けない気持ちになるが、見せつける趣味もないのだから仕方ない。
「なんでそんな格好でいるんですかっ」
「んなもん、おまえがタオルケットを独り占めするからだろが」
「だって……」
 頬を染める珠紀の髪はほんの少し寝癖がついている。宇賀谷家に泊まったことはあるが、こんな風に寝起きの珠紀を見るのは今朝が初めてのことだった。
 床には珠紀の服も散らばっている。昨日真弘が脱がせてはベッドの下に落としたままの状態だ。つまり珠紀がタオルケットを独占しているのは、そういう理由からだろう。
 
『一番にお祝いが言いたくて』
 
 日付が変わってすぐ、そう言って電話してきたのは珠紀だった。
 いつもなら夜遅い電話は遠慮してなかなかかけてこない彼女も、真弘の両親の不在を知っていたせいか、躊躇なく電話できたらしい。
 いつそれが来るともしれないカウントダウン。誕生日とは、それを強く実感する日でしかなかった。
 そんな宿命が消え去り、初めて迎えた誕生日。真弘は初めて生まれてきた感謝を込めて、両親に旅行をプレゼントしたのだ。
 人の気配のない家の中。ただ諦めばかりだった日々は確かに塗り替えられたのだと改めて強く感じていたところに、それを実現させるに至った誰より大切な彼女の声を聞けば、抑えなど効かなかった。
「なあ、泊まりに来るか?」
 もしも一瞬でも珠紀が戸惑ったならば、すぐに冗談だと笑って誤魔化したはずだった。それなのに、まるで待っていたとばかりに弾んだ声で「はい」と即答されたから。
 あとはもう、文字通り彼女の元まで飛んでいき、攫うようにここまで連れてきた。
 
 触れ合って、確かめ合って、昇りつめて。
 空調の効いた部屋の中。
 満たされた心地でタオルケットにくるまり、寄り添うようにして眠りについたのは、夜が明けた頃のことだ。
 
 頬を染める彼女の首筋に残る痕は、きっと自分がつけたものだ。
 なんとなく照れ臭くて、何を話したらいいのかもよくわからない。
 ベッドに顎をのせて珠紀を見上げれば、珠紀の方も戸惑うように視線を逸らしてしまう。
 ふと手に触れた何かに視線を落とすと、彼女が身につけていたアクアブルーのショーツが触れる。
 脱がした場面を頭の中で再生しそうになり、慌ててそれを振り払いながら、「ん」と差し出すと、真っ赤になった珠紀がひったくるようにそれを受け取り「先輩、むこう向いててくださいっ」などと言って、タオルケットにくるまったまま真弘に背を向けてしまう。
 その背を見つめながら、あたたかい気持ちで胸がいっぱいになる。これまでだって珠紀のことは大好きだったし、誰よりも大切だった。けれど、今朝こうして目にする彼女の姿は、これまでよりももっとずっと愛しくてたまらない。
 真弘はひょいとベッドに飛び乗ると、背を向けたままの珠紀を思い切り抱きしめた。
「ちょ、先輩。むこう向いててくださいって……」
「うっせえ」
「そんな……」
「珠紀。俺、絶対おまえを幸せにするからな」
 囁くと、身じろいでいた珠紀はぴたりと動きを止めて、そろりと肩越しに振り返る。
 頬に口づけると、珠紀が嬉しそうに微笑んだ。その笑顔に、真弘もたまらなく幸せな心地になる。
「……私は、今だって先輩とこうしていられて幸せですよ?」
「もっとだ。世界で一番幸せな女にしてやる」
「ふふ、私も先輩のこと幸せにしますね」
 腕の中で体ごと振り返った珠紀は、目元を染めながらも真弘に口づけた。
「先輩、誕生日おめでとうございます」
「おう、サンキュ」
 額を合わせるような距離で見つめ合い、もう一度笑い合うと、今度は真弘から珠紀に口づけた。
 

緋欠片