記憶の欠片 幕間 月明かりの部屋

 明日の決行を珠紀が報告に来たのは、先ほどのことだ。
 玉依姫の術を教えて欲しいと言って伏した時とは違う、何かがふっきれた強い目をしていた。
 
『私たちふたりで決めたことです』
 
 鬼斬丸の封印の儀を行おうとしたあの日。
 真弘と共に現れた珠紀は、可能性を諦めない同じ眼差しでそう言っていた。
 
 他に方法はないと思っていた。
 恨まれても、悪役でしかなくとも、それで世界が救われるなら他に選択肢などあるはずもなかった。
 だからこそ、罪悪感を殺すことができていたのに。
「私も言えばよかったのかしら……?」
 月明かりの差し込む部屋で、飾り棚の隅に置かれたフレームにそっと語りかける。
「嫌だと言ったら、あなたは力を貸してくれましたか?」
 そこには彼女の知る穏やかな眼差しが、あの日と変わらずにこちらを見ている。
 この部屋は。玉依姫という名は、牢獄に似ていた。
 逃げることも敵わず繋がれたまま、ゆっくりと心が死んで行く日々。
 先代の玉依姫が結婚相手を決めた時にも、年頃の娘らしい華やいだ気持ちになることはなかった。
 守護者の一族である彼は知らない相手でもなく、次代の『血』を残すのに相応しい相手なのだろうと思っただけだ。始めは。
 重ねた時間に、降り積もった想い。それに目をつぶることすら、義務の前では容易かった。容易く、思えた。 
 すべてを諦めていた。
 変えられるはずがないと決めつけて、道を開こうとしたことなどなかった。
 その勇気が、なかった。
 だから、彼を失った。
「私だけ、死に損ねてしまったわ……」
 珠紀には告げなかった、伝える必要もなくなったもうひとつの役割。
 けれど静紀がそれを負う必要も、今となってはない。
 先ほどの珠紀の顔を思い出し、静紀は写真を指先でなぞりながら小さく笑った。
 静紀は、珠紀が村に帰ってくることはないだろうと思っていた。
 何も知らなかった頃ならともかく、玉依姫となった珠紀を娘が村に寄こすはずなどないと思ったからだ。
 けれどその反対すら退けて、珠紀は村に戻ってきた。玉依姫である為に。
「誰に似たのかしら? ねえ?」
 願わくば『玉依姫』が、未来を拓いた珠紀の枷にならぬように。
 祈るように、語りかけるように。
 たったひとりの孫を案じながら、ただ静かに写真を見つめ続ける。
 『静紀さん』と。
 どれほど懐かしんでも取り戻すことの出来ない穏やかな声が、聞こえた気がした。