「”今日の俺はクリスタルだぜ!”」
その台詞を耳にするのは、今日はもう4回目だ。
あと1話でこのDVD収録分はすべて見終わるけれど、この分ならもう1枚位は見るに違いない。
珠紀の夏休みが始まってすぐの頃、真弘が買ったDVDセット【クリスタルガイ・セカンド コレクターボックス 】。
買ったばかりの頃は珠紀も一緒になって観ていたが、同じ話を3回も観ればさすがに飽き始め、5回目を迎える本日に至ってはTV画面よりも真弘の横顔を見ている時間の方が断然長い。
ここのところ真弘の部屋でふたりきりの時にはいつも、彼は筋肉質のヒーローに夢中で、恋人のことなど眼中にないのではないかと思えるほどだ。
キャミソールは少しだけ大人っぽく。
マニキュアは控えめに艶やかに。
逢うたびおしゃれに頭を悩ませているというのに、見て欲しい肝心の相手は、ほとんどこちらを見てくれない。
ぴったり寄り添って座ってみたり、その肩に頭を預けてみたり、先ほどからささやかなアピールを繰り返す珠紀は、「そんなにひっついて暑くねえか?」などと真顔で訊かれ、そろそろ我慢も限界だった。
画面の中では、世紀のヒーローが可憐な少女を前に鼻の下をのばしている。
それを眺めながらなんとなく気になって触れた自分の足首が、ぷっくり膨らんでいた。
「先輩」
「あ?」
「蚊に刺されました」
「そこにキンカンあんぞ」
真弘はこちらを見もせずに、机の上を指さす。
「先輩のこと刺した蚊ですかね?」
「かもな」
先ほど真弘も蚊に刺されていた。ポリポリとかいていたはずの彼の左腕の跡は、すでに赤みも引いている。
「先輩を刺した蚊にさされたら、吸血鬼みたいにカミの血がうつったりなんて、ないですよねぇ」
もうこうなったら話題はなんでもいい。とりあえずTVでなく、こちらを見てほしい。
そう思って口にした言葉は、確かに一瞬真弘の視線を己に向けさせることに成功はしたけれど。
「おまえなぁ。暑さで頭茹だってんじゃねえか? そんな程度でカミの血がうつるんなら、今頃村人全員守護者になってんだろうよ」
呆れ顔の彼は、画面の向こうからあがった少女の悲鳴に呼ばれたように、すぐに視線を戻してしまう。
クリスタルガイは、吸血鬼にされてしまった大勢の人に取り囲まれたその輪の中心──少女の傍に降りたって彼女を抱きしめる。
この先の展開だって、もう覚えている。
少女を抱えあげて走り出したクリスタルガイの首筋に、既に吸血鬼となっていた彼女がその牙をたてて仲間にしようとするのだ。
真弘だってもうわかっているはずなのに、食い入るように画面を見つめている。
その横顔を見つめながら、密やかにため息を落とす。
なんだか近頃、自分ばかりが真弘のことを想っている気がする。
四六時中彼のことを考えていて、傍にいたくて、構ってほしくて。
たくさん──触れたくて、触れて欲しくて。
私ばっかり好きなんて、ずるい。
珠紀はちっともこちらを見てくれない真弘に抱きついて、吸血鬼の少女より先にその首筋に歯をたてた。
「なっ!? おまっ、なにやって……」
赤い顔で口をパクパクさせながら、ようやくこちらをまっすぐ見てくれた真弘に言い放つ。
「少しは私の好きな気持ちがうつればいいのにっ」
そう言って立ち上がった珠紀は、勢いよく襖を閉めて部屋を出て行ってしまった。
見送る真弘は、あっけにとられて襖を見つめる。
数瞬そのままの姿勢で、なにがどうなったのかと考えて。
そうして、好きな気持ちがうつればいいのに、などと言い放った珠紀のことを思い、盛大なため息を落とした。
「人の気も知らないで……」
夏休みに入り、ふたりで過ごせる時間がぐんと増えた。
当初はそれを素直に喜んでいた真弘も、喜ばしいばかりではないということに気づいて苦慮していた。
つきあい始めた時には緋色だった葉が、散って芽生えて、旺盛に茂る季節に移行してなお、ふたりの関係はキス止まりだ。
そのキスも1度だけ深くしようとしたものの、珠紀に驚かれて飛び退かれ、以来それ以上は試みてすらいない。
ふたりでいれば楽しいけれど、最近本当にイロイロ我慢も限界なのだ。
それなのに、夏の服は露出も透け具合も真弘の視線を釘付けにしようとする。
DVDで誤魔化そうとすればするほど、珠紀は無防備に甘えて体を寄せてくるのだから、ますますもってタチが悪い。
一緒にいたくて触れたくて。
けれどその触れたい種類は、きっと珠紀が真弘に望んでいるものとは違うのだと、あのキスの時に思い知った。
せっかく買ったDVDも珠紀と一緒に見ると、触れ合う温度ばかり意識してちっともストーリーに集中できない。
「ったく、あの姫さんは」
ぼやきながら、かみつかれた首筋をさすって立ち上がる。
「うつしたいのはこっちだっつうの」
欲しい気持ちも少しは感染すればいい。
そう思いつつ、真弘は珠紀を追うべく部屋を出た。
「”今日の俺はクリスタルだぜ!”」
誰もいなくなった部屋の中、本日5度目の決め台詞が響き渡った。