好み

 
「祐一先輩、ブラックですか?」
「ああ」
スプーンで自分のカップをかき混ぜていた珠紀は、何も入れずにカップに口をつけた祐一に声をかけた。
宇賀谷家の居間には、コーヒーの馥郁とした香りが漂っている。
ゴールデンウィーク。
連休で退屈しているに違いない珠紀の元を訪れた真弘が居間に通されてみれば、テーブルを囲んでいたのはいつものメンバーだった。
「卓さんだけかと思ってました。あれ? 慎司くんも?」
「はい。気分次第ですけど」
「ふふ、コーヒーをブラックで飲むってなんとなく大人っぽくて格好いいよね。私はミルクたっぷりだなぁ」
珠紀の言葉に、真弘はシュガーポットを手にして、しばし固まった。
そしておもむろに、ミルクピッチャーを手にしたまま固まっている拓磨へと差し出す。
「拓磨、遠慮なく使え。おまえは甘ーいコーヒーが好きだったよな」
「なっ、ま、真弘先輩こそ。ミルクどうぞ。真っ白になるくらいミルク入れたコーヒー、好きっすよね」
「ば、バカ言ってんな。オトナな俺様がコーヒーにミルクなんて入れるわけないだろうっ。で、何杯入れるんだ? 後輩思いの俺様が入れてやる」
真弘は手にしたシュガーポットにスプーンを突っ込んで、砂糖を山盛りすくうと拓磨のカップへと手を伸ばした。
その腕を拓磨がすかさず掴んで阻止する。
「ちょ、なにするんすか!? 俺だってブラックっすよ」
「嘘言ってんな。じゃあなんでミルク入れようとしてたんだよ」
「これは、もちろん先輩の為にっ。どのくらい入れますか? 全部入れていいっすね?」
真弘の腕を掴みながら、もう片方の手で拓磨が真弘のカップへとミルクを注ごうとする。
「てめぇ、拓磨! 俺はブラックだって言ってるだろうがっ」
シュガーポットをすかさず置いて、ミルクを注ぎかけた手首を掴んで阻止しながら、真弘は拓磨を睨み付けた。
互いの腕を掴んで牽制しあっているふたりをよそに、珠紀たちは和やかに話を続けている。
「確かに。牛乳もいいけど、生クリームを入れてもおいしいよね」
「珠紀さんは、甘党の男はお嫌いですか?」
卓の言葉に、真弘は掴んだ腕をそのままに、全神経を耳に集中させた。
拓磨も同様のようで、腕を掴む指先の力が弱まっている。
「いいえ。男の人が甘い物好きでもいいと思いますよ。すごく大人っぽい男の人が、コーヒーとかに砂糖やミルクをたっぷり入れてたりしたら、なんだか可愛いじゃないですか」
そう言って微笑んだ珠紀は、ようやく互いの腕をつかみ合ったまま固まっている真弘たちの異様な光景に気付いたように、「なにしてるんですか?」と小首を傾げた。
「いや」
拓磨の腕を放して首を振ると、拓磨も「なんでもない」と首を振った。
そして、なんとなく互いに顔を見合わせる。
拓磨も多分考えていることは同じだろう。
 
──女の好みは、よくわからない。

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