Joy to the world

「外出るんなら、上着くらい羽織っとけ」
 真弘が境内へ行ってみると、珠紀は室内にいた時の服装そのままに、己の腕を抱き寄せて縮こまりながら、なにやらキョロキョロと探している最中だった。
 舌打ちして、足早に近寄り、彼女のコートを差し出すと「ありがとうございます」と袖を通す。
「せ、先輩。その、紙袋……」
「あ? 美鶴がおまえにって。あいつからクリスマスプレゼントじゃねーの?」
 美鶴に珠紀の上着と共に渡された小振りの紙袋は、クリスマスらしい柄のシールで口が閉じられ、いかにも贈り物という様子だ。
 珠紀に差し出してやると、「はぁ」と複雑な表情でそれを受け取った。
「もうおみくじひいたのか? つか、おみくじひくなら朝にしろ、朝に」
「まさか。こんな時間におみくじなんか引きに来ませんよ。みんなが、私へのプレゼントを境内に置いてあるから見て来いって。すぐ見つかると思って上着も着て来なかったんですけど……どれのことですかねえ?」
 彼女の言葉に、真弘はどっと力が抜ける思いのまま「あいつら……」と呻くように呟く。
 なにが、珠紀が散歩に行っただ。
 美鶴まで、珠紀様は夜おみくじをひくのが近頃の日課なんです、だ。
「プレゼントってどれのことですかね? 先輩は知ってますか?」
「……おまえ、それ本気で……」
 この状況でまだ気付かないのだろうか、と問うように見つめてみる。
 珠紀はといえば、やっぱり不思議そうに「はい?」と真弘を見つめて小首を傾げている。
「言ってんだよな」
 ああ、そうだ。こいつはこういうヤツだ。
 真弘はもう、ため息しか出ない。
「なんですか、その『こいつバカだ』的なでっかいため息は」
 なんでこんなことを説明しなければならないのかと不本意な気分で、ガシガシと頭をかく。
 しかし、言わなければ彼女はわからないのだ。
「……俺だ」
「なんですか?」
「だから。あいつらからのプレゼントが、だ。気ィきかせたつもりなんだろ」
「それは」と呟き目を見開いて、彼女の動きが停止すること数瞬。
「最高のプレゼントですね」
 ふわりと幸せそうに笑う。その笑顔が、自分同様ふたりで過ごす時間を望んでいたのだと教えてくれるようで、真弘は嬉しかった。
「安上がりなヤツ」
 照れ隠しに呆れたように言いながら、上着のポケットに入れていた小箱を彼女に差し出した。
「クリスマスだからな」
 その手の上に置いてやる。
「ありがとうございます。開けてもいいですか?」
「おう」
 水色の包装紙に、金の縁取りがされたクリーム色のリボン。
 珠紀はそのリボンをほどくと、ちまちまとラッピングされた包装紙のテープをはがす。
 手がかじかんでいるのだろう。たったそれだけの動作が、なかなかに大変そうだ。
「破いちまえばいいんじゃね?」
 見ているこちらの方がもどかしくなって促してみても「ダメです!」と断固とした態度で、綺麗にそれらをはがしていく。
 現れた淡いピンクの小箱。
 真弘はその瞬間を見逃さないように、珠紀の表情をじっと追っていた。
「これ……先輩……」
 現れたのは、小さな青い石がヘッドについた、シンプルなデザインのシルバーペンダント。
 彼女が欲しかったはずの、もの。
 先週末、二人で街に出かけた。珠紀は慎司の誕生日プレゼントを選びたいと言い、二人でいろんな店をはしごした。
 そんななか彼女と一緒に入った、いかにも女の子が好みそうな雑貨の店。
 真弘はファンシーな店の雰囲気に居心地の悪さを覚えながらも、ここならば目的は果たせそうだと、珠紀の行動に注意を払わないふりで、密かに必死でその視線や、手にとるものを目で追っていた。
 あの時。足を止めた珠紀が手にとって、値札を眺めて、ため息をついて置いたわりに、店を1周してもう一度手に取ってやっぱり買わなかった、それ。
 驚きに見開かれた目は、先ほどよりももっと幸せそうな笑みへと変わり、真弘もつられて幸せな気持ちになった。
 死ぬほど恥ずかしい思いを押し殺して、あの店に一人で足を踏み入れた甲斐があるというものだ。
「これだったよな?」
「そうです、けど……ずるい、私も先輩が欲しい物を贈りたかったのに」
 悔しそうに言った彼女が差し出したのは、先ほど美鶴に手渡された紙袋だ。
 なるほど、珠紀が用意していたプレゼントだったから、複雑そうな表情をしていたのか。
 納得しながら、中を見ると、毛糸で編まれたらしい何かとカードが入っていた。
 先にカードを読もうとしたら、それは帰るまでは見てはダメだと止められた。
 袋からもうひとつのそれを取り出してみると、マフラーだった。
 タグもなにもついていないそれは、買ったものではなさそうで。
「手編みか?」
 尋ねながら巻いてみると、肌触りのいい暖かな感触で、真弘は目を細めた。
「はい、編み物は得意なんです」
「すげーな。編み物得意って、なんか意外だ。ありがとな」
 編み目の揃ったそのマフラーは、売り物として並んでいてもまったく違和感がない出来映えだ。
「意外ってなんですか」と唇を尖らせた珠紀は、困ったような笑みを浮かべて「……すみません」と呟いた。
「本当言うと、先週一緒に出掛けた時に、先輩が欲しい物が知りたかったんです。でもわからなくて」
 残念そうに告白する珠紀の頭を撫でながら、「そうじゃねえかと思ってた」と告げる。
「気付いてたんですか?」
「そりゃおまえ、なにかにつけ、俺ならどうか、俺なら何が欲しいかってあんだけ何度も訊かれりゃ、もしかしたらって誰でも思うだろうよ」
「そこまで気付いてたならいっそ教えてくれればよかったのに。私だって先輩が一番欲しい物をあげたかった」
「んなもん……」
「なんですか? あるんだったら今からでも教えてください」
「……った」
「なんですか?」
「もう貰った」
「マフラーだったんですか?」
「ばーか」
「?」
「これだ、これ」
 腕を引いてそのまま抱きしめて、もう俺のもんだろ? と囁いてみる。
「……はい」
「ありがとな」
 彼女が顔をあげようとしたから、それを許さないように抱き込んで。
 こんな恥ずかしいこと、顔を見ながらなんて絶対言えない。
「こないだ、おまえが慎司のプレゼント選ぶって言うから、ムカついてたんだけどよ。途中から、俺のプレゼントを選んでくれてんのかもしんないって思って……おまえがこっちをチラチラ見ては何が欲しいかって聞いてんのが、照れ臭いっつうか、なんつーか……」
 自分のことを一生懸命考えてくれているらしい彼女を見ていたくて、少し不機嫌なフリで買い物につきあい続けた。
 そうして、せっかくだから自分も珠紀が欲しい物を探ってみようと考えた。
「すげー嬉しかった。マフラーも。ありがとな」
 欲しい物なら、多分ないこともない。
 バイクや免許、アメリカへの切符。プラモデルや、珠紀にはとても言えないようなDVDソフト。
 でも、本当に欲しくてたまらなかったものは、もうここにある。
 『いつか』に怯えなくていい今日も、なにより大切なたったひとりも。
 それらは彼女に出逢うまでは、手を延ばすことも許されなかったはずのものだ。
 珠紀はそっと身を離して真弘に口づけると「プレゼントのおまけです」と恥ずかしそうに微笑んだ。
「つけてみてもいいですか」
「あぁ」
「あれ……」
 かじかむ手でうまくできないらしい姿に、貸してみろとペンダントを受け取ると、珠紀はお願いしますと髪を片側に寄せた。
 覗く首筋のラインに少し心臓を跳ねさせながら、平静を装ってつけてやる。
「できたぞ」
「ありがとうございます。この石……」
 ペンダントを手に、視線を落とした珠紀は、ナイショごとを教えてくれるような子供の顔で話し出した。
「この石の色、先輩と初めて逢った時の空の色みたいだなって思って……綺麗だなって思ったんです」
「ああ、この俺様をつかまえて、小学生とかなんとか言ったあの時か」
「あははー」
「笑ってごまかすな」
「先輩だって人を初対面でバカっぽいとかなんとか」
「俺様は正直なんだ」
「むぅ」
 可愛くて、格好よくて、俺の自慢の玉依姫。
 あの時、本当は想像していたより可愛くて驚いただなんて、きっと一生言ってやらない。
「正直ってなんですかっ? もうっ。クリスマスくらい『可愛い』とか『綺麗だ』とか褒めても、バチは当たりませんよ?」
 拗ねるように言った珠紀はもう一度ペンダントに視線を落とすと、幸せそうに微笑んだ。
 確かに。
 今日はクリスマスだ。
 そこらじゅうのカップルが、恥ずかしい台詞を言いまくっているに違いない日。
 便乗して自分が何か言ったって、それはもうクリスマスのせいだ。
 無理矢理納得しながら、少しくらいは言ってやるかと心に決めて、息を吸い込んで。
「かわ…」
 いいと思ってるに決まってる、と。
「いつまで外におるのだ? 皆、そろそろ帰ると申しておるぞ?」
 言ってやるはずだった言葉の先は、偉そうな少女の声に攫われた。
 二人で声の方に視線を向けると、アリアが呆れた顔で立っていた。
 雪を踏みしめながら近づいてきた彼女は珠紀の手を取り、すっかり冷えておるではないか、などと宣う。
「迎えに行くと言って立ち話とは、遣いの役にも立たぬな」
「てんめー! このクソガキ!」
「人をガキなどと呼ぶ人間の方が、よほどガキで幼いのだと教えてくれる者はいなかったのか?」
 教育の必要があるのではないか? などと珠紀に提案する少女の姿に、真弘の中でなにかが切れた。
 先ほど皆の前で賛成はしたけれど、あれは取り消し、無効、前言撤回。
「珠紀っ。俺はこいつをここに置くのは絶っっっ対反対だ!」
 再び舞い始めた雪の夜空に、真弘の怒声が吸い込まれた。

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