01 「よそ見したおまえが悪い」
02 「俺がいるのに他の奴のことなんか考えてんじゃねえ」
03 「だからおまえはバカだっつうんだ」
04 「おまえには俺だけいればいいだろ」
05 「好きだって言うまで離してやんねぇ」
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*** 01 「よそ見したおまえが悪い」
「あぁっ! それ私の!」
真弘の言葉に釣られてよそ見をした珠紀は、彼がつまみあげて口に放り込んだエビフライを目で追い、盛大な抗議の声をあげた。
「ひっかかって、よそ見したおまえが悪い」
もぐもぐと満足気にエビを咀嚼しながら開きなおる彼に、よりによってお弁当のメインのおかずを奪うなんてと、むぅと膨れる。
不機嫌に卵焼きを口へと運んだ珠紀は、ふと屋上の入り口を振り返った。
「先輩、あの綺麗な女の人、新しい先生ですかね?」
隣に座った彼を軽く肘でつついて促すと、「なに!?」とすかさずそちらを振り返る。
珠紀はその一瞬を逃さずに、真弘の目の前に置かれたデザートのプリンを奪い、「エビの代わりにいただきまーす」と抱え込むように自分のお弁当に並べた。
「ばーか」
慌てて取り返しにかかるとばかり思った真弘は、勝ち誇ったように鼻で笑う。
「それは最初からおまえんだ」
「え?」
「俺様がわざわざおまえ用に購買で買ってきてやったんだからな。感謝して食え」
「……はい」
嬉しいけれど、悔しい。
珠紀はフクザツな気分のまま、得意げにこちらを見る彼に「アリガトウゴザイマス」と口にした。
初掲:2010/03/06 ▲
*** 02 「俺がいるのに他の奴のことなんか考えてんじゃねえ」
「今日は誰と誰のデートだ?」
「先輩と私に決まってるじゃないですか」
「で? お前は誰のプレゼントを選ぶって?」
「聞いてなかったんですか? 慎司くんです」
冬休み目前の日曜日。クリスマス色に染まった街を真弘と歩く珠紀は、先ほどの言葉を繰り返した。
12月27日は、犬戒慎司の誕生日だ。
デートのついでに、守護者にして可愛い後輩である彼へのプレゼントを選ぶ。
というのは口実で、本当は真弘に贈るクリスマスプレゼントをこっそりリサーチするのが目的だった。
リクエストを聞くのが確実ではあるけれど、欲しい物を突然差し出して喜ばせたい。
その為に、先ほどからいろいろな店を覗いてはさりげなく真弘の反応を窺っているのだが、そこはかとなく不機嫌な彼の欲しがっている物はさっぱりわからないままだ。
「だいたい慎司の誕生日以前にだな、もっとこう……つきあっている男女にとって重大なイベントがあるだろうが」
言いたいことはわかる。
なんといっても、つきあって初めて迎えるクリスマス。
彼女自身、たぶん真弘が考えている以上に楽しみにしている。
けれど、例え街中にジングルベルが響こうとも、目の端にプラカードを持ったサンタが映ろうとも、今はその話題に触れたくはない。
「えーと、……終業式ですか?」
「なんで終業式がっ、……もういい。とっとと選べ」
「とっととって……好みもなんにもわからないんですもん。先輩だったら、どんな物が欲しいですか?」
「知るか。慎司の誕生日なんざ、商店街の鯛焼きで充分だ」
「そんな、拓磨じゃないんだから。あれ? 拓磨の誕生日っていつですか?」
「だぁかぁらぁ」
我慢ならないとばかりに声を荒げた真弘は、俺がいるのに他の奴のことなんか考えてんじゃねえ、と。
ぼそりと言われたそのひと言が、なんだかたまらなく嬉しい。
珠紀は顔に集まる熱を意識しながら、本当のことを言ってしまおうかとちらりと迷う。
「そんなの」
でもやっぱり、驚かせて喜ばせたいから。
「私は先輩のいない時だって、いっつも先輩のこと考えてますよ?」
恥ずかしい気持ちを一生懸命抑えて、嘘のない言葉に笑顔を添えてみた。
初掲:2010/03/08 ▲
*↑の話はその後のお話があります。→ Joy to the world
*** 03 「だからおまえはバカだっつうんだ」
「ど、どうした?」
途中までは、いつもの珠紀だったはずだ。
通い慣れた学校から宇賀谷家への帰り道。
春休みの予定を話して、明日の卒業式後に予定している卒業パーティのメニューにやきそばパンを加えるように交渉して。
並んで歩いていた珠紀の歩調が緩やかになって、手を繋いでいるというよりも、なかばひいて歩くようになってからすぐのこと。
ふいにスンと鼻をすする音が聞こえて振り返ると、俯く彼女の目からはほとほとと涙が零れていた。
「珠紀?」
繋いだ手を軽くひいて呼びかけると、珠紀は真弘の肩に顔をうずめて泣き出した。
「おい、どうしたよ?」
一瞬どうしようかと浮遊させた手は、彼女の頭と腰に着地させ。
迷いながら、慰めるように柔らかく抱きしめる。
「せっ……、そつ、そつぎょっ、しちゃ……っ」
嗚咽まじりの珠紀は、真弘の背中に腕をまわしてしがみついてくる。
「会えなく、な、なっちゃう」
大学進学を決めた祐一は、この春村を出て寮暮らしを始める。
しかし真弘はといえば、一度は進学を考えてはみたものの、結局それを取りやめて『浪人生』として村に残ることに決めていた。
珠紀だってそれを知っているはずで、なんでこんな風に泣いているのかわからず、真弘は困惑するばかりだ。
「んなもん、いつでも会えるだろうがよ」
言ってやっても、珠紀は顔をあげないままにフルフルと頭をふり、そのまま泣き続けている。
何を泣くほど悲しんでいるのかはわからないけれど、こんな風に泣かれてしまえば胸が痛む。
「珠紀」
「……」
「おい」
「……」
「泣くなって。卒業したって、俺はここにいんぞ?」
『おまえの傍に』とまでは照れ臭くて言えず、ただ『ここ』と表現してみる。
離れるつもりも、離してやるつもりもない。
それが出来るなら、鬼斬丸を壊した後で再びこの閉鎖的な村に戻ってくると言った珠紀の手を、取りはしなかった。
「だって、昼休みに屋上に行っても、3年生の体育を窓から眺めても、先輩はいないじゃないですか」
ひとしきり泣いた彼女は、まだ顔をあげないままにぼそぼそと話す。
そっと肩に手をかけて柔らかな体を離すと、彼女の真っ赤な瞳が濡れた睫に縁取られている。
「朝一緒に登校することも、帰りに校門で待ち合わせることもなくなっちゃう。……留年だったらよかったのに」
うつむき加減のその頭を、わざと乱暴にガシガシと撫でてやると、いつものように「髪がぐちゃぐちゃになっちゃう」と唇を尖らせた。
「だからおまえはバカだっつうんだ。俺様が留年なんてするわけないだろうが」
「……浪人はしたくせに」
「あぁ?」
いえ、と小さく微笑むその表情に、真弘もようやくホッとする。
やはり珠紀は笑っている方がいい。
泣いているのも、唇を尖らせるているのも。
怒っている顔も、不思議そうに小首を傾げる仕草も。
珠紀のどんな表情も、愛しいと思う。
それでも、やっぱり笑顔が好きだ。珠紀に一番似合う、屈託のない笑顔。
「おい、珠紀」
「はい」
「明日はお前、笑っとけよ」
彼女の鼻先に指をつきつけて命令する。
「鴉取真弘先輩様の、晴れの門出だぞ? お前が笑って送らないでどうする」
そうして。
「卒業したってずっと傍にいてやるからよ」
付け足すように言ってやると、珠紀は真弘の大好きな笑顔で「はい」と頷いた。
初掲:2010/03/08 ▲
*** 04 「おまえには俺だけいればいいだろ」
最上級生になってなお、パシリ扱いされることがあろうとは思ってもみなかった。
購買にパンを買いに行かされた拓磨がため息まじりに弁当の片づけを始めると同時に屋上のドアが開き、軽やかな足どりで珠紀がやってきた。
こんなに遅れてやってきた理由を知る拓磨は、ようやくやってきた彼女にやれやれと思う。
「先輩、遅かったですね。何かあったんですか?」
日直で遅れてきた慎司は箸を止め、上機嫌の珠紀に不思議そうに訊ねた。
シマッタ。
慎司には言っておくべきだった、と思ってみても時既に遅し。
「ふふ。あのね、告白されちゃった。モテ期って本当にあるんだねぇ。可愛いとか言われちゃった」
そんな姿に、せっかく言わないでおいてやったのに、と再びため息が漏れる。
慎司の隣に座った珠紀は、いそいそとお弁当を取り出した。
「告白って……たしか一昨日も」
タンっと。
二人の背後で、重力を無視した軽い音を立てて、降り立った影がひとつ。
「だぁれがモテ期だって?」
不機嫌そのものの声音で言った私服姿の彼は、腕を組んで珠紀を見据えた。
「「先輩っ!?」」
珠紀と慎司が、驚愕に満ちた声をあげて振り向く。
卒業したはずの先輩がこんな時間に学校に現れれば、さすがに驚くに決まっている。
無論、昼休み開始直後は拓磨もその一人だった。
「どうしたんですか? みんなでお昼を食べに来たんですか?」
「んなわけあるか! 進路指導の先生に用があってな」
そんな用事はとっくに済ませた真弘が、みんなと──否、珠紀と昼食を共にする為に今まで屋上で待っていたのを知るのは拓磨だけだ。
もっとも真弘の主張は、久しぶりに購買のやきそばパンが食べたくなった、だったが。
「ああ、進路の……。そうなんですか」
「で? モテ期がどうした?」
「えへ、告白されちゃったんです」
楽しげに報告する彼女の姿に拓磨は、これは駄目だと空を仰いで息をつき、せめてとばっちりがこちらに来ないようにと心から祈った。
「今週2人目なんですよ。びっくりですよね。これっていわゆるモテ期かなぁって……」
「お前には俺だけいればいいだろが。違うか?」
真弘は、腕を組んだままに言い放つ。
偉そうな口調にうっかり聞き流しそうになるが、なかなかに恥ずかしいセリフだ。
つい最近買った雑誌の特集『女の子を夢中にさせる30の秘策』にも確か書いてあった。
『時には相手が喜びそうな恥ずかしいセリフを、さらりと言いましょう』と。
拓磨は、滅多に尊敬することのない小さな先輩へ羨望の眼差しを向けた。
そんな視線の先で、珠紀は得意げな表情を浮かべている。
「ふふーん。ちょっとは灼けますか?」
地雷を踏む瞬間を、見た気がした。
真弘の扱い方に慣れてきたように見える珠紀も、まだまだ甘いと拓磨は思う。
『ちょっと』のはず、ないだろうが。
心の内で言ってはみても、よもや口になど出せるはずもない。
案の定、なんだと? と頬をひきつらせた真弘は「おまえ、生意気さに拍車がかかってんじゃねえか?」と珠紀の腕を掴んで立ち上がらせると、そのまま歩き出した。
「ちょっと来い。教育的指導だ」
「え、ちょっと先輩。私ちゃんと断って……、ま、真弘先輩!?」
無理矢理給水塔の向こう側へと引っ張られていく彼女を見遣りながら、モテ期ねぇ、とひとりごちる。
モテ期なるものがあるのだとしたら、彼女のそれはとっくに到来していた。
なにしろ男5人が、ほぼ同時期に珠紀に惹かれていたのだから。
残念ながら、告白されなければ欠片も気付かないという鈍さゆえに、人生最大だったかもしれないモテ期に気付くことなく、彼女のそれは過ぎて行った。
「珠紀の奴、弁当食えないうちに昼が終わるな」
「ですね」
建物の影で何が行われているかなど考えたくもない二人の頭上には、この日梅雨明けを宣言された青い空が広がっていた。
初掲:2010/03/09 ▲
*** 05 「好きだって言うまで離してやんねぇ」
夕立に降られたから、とか。
たまたま俺の家が近かったから、とか。
珠紀の服が濡れたから、とか。
頭の片隅では言い訳を並べ立てている。
家には誰もいなくて。
貸したTシャツに袖を通した姿は少し目の毒で。
羽織れと渡したパーカーを暑いからと断られて。
そして今、──キスをしている。
「先輩、私のこと好きですか?」
視界にいれないようにバイク雑誌に目を落とし始めてすぐ、珠紀が突然訊いてきた。
今更過ぎる質問を、なんでよりによってこんな時に、しかも寄り添って来ながら言うんだ、こいつは。
内心舌打ちしてみたところで、そういうコトには特に鈍いらしい彼女には伝わるはずもなく。
「おまえはどうなんだよ?」
「ずるい。私が先に訊いたんですよ?」
頬を膨らませる顔が可愛くて。
わざわざ視界に入ってくる彼女はやっぱり甘すぎる毒で。
少しは気付けとばかりにキスをして──止められなくなった。
「好きだって言うまで離してやんねぇ」
そんな風に口走りながら、そんな隙を与えないのは俺の方で。
けれど、珠紀の指先が強く苦しげに肩を掴んだから、押しとどめるようにして解放した。
「言えよ」
言ったら、ヨシ、と笑って離れてやったのに。
そうして何事もなかったように、なんか飲みもん持ってくる、と言って部屋を出たのに。
今度触れたらきっと止められなくなるから、だから言うのを待ってやったのに。
軽くあがった息のまま、潤んだ瞳で言ったひと言は致命的。
「言ったら……離しちゃいますか?」
こいつはきっとわかってない。
わかってないから、そんな風に言えるんだ。
それでも。
答えの代わりに、止められそうにないキスを始めた。
初掲:2010/03/10 ▲